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2004年03月31日(水)
◆東京バレエ団《ベジャール・ガラ》『ペトルーシュカ』『ギリシャの踊り』『ボレロ』 首藤康之、後藤晴雄、(04/05/21up)

(公演後、途中まで書いたものです。時間が経ちましたが一応up)

18:30~ ゆうぽうと簡易保険ホール 〈テープによる演奏〉


今回の公演は何とも感慨深く、会場を後にした時の心境を、暫く引きずりました。
あの場の特別な空気を味わえたことは大変幸せに思います。
渾身の踊りを見せてくれた ダンサー達に感謝します。


【ペトルーシュカ】
 (音楽:ストラヴィンスキー)

青年: 後藤晴雄
若い娘: 井脇幸江
友人: 木村和夫
魔術師: 芝岡紀斗
三つの影: 後藤和雄、平野玲、中島周
四人の男: 高橋竜太、窪田央、倉谷武史、高野一起
四人の若い娘: 佐野志織、太田美和、高村順子、小出領子



この日の『ペトルーシュカ』は、後藤晴雄さんが「青年」役
作品を見るのは2度目ですが、前回の記憶は何故かあまり残っていません。
鏡のセットとか魔術師の衣装は、インパクトがあって覚えていたのですが、内容についてスッカリ忘れていました。いったいあの時は何を見ていたのだろうか...。

古いフォーキン版では、繊細な心を持った人形ペトルーシュカが切なく哀れで、結末も残酷なように思えました。このベジャール版では、人形を青年に置き換えて、新たな世界を作り上げています。

人間関係において、芽生えた小さな不信感から、心が破綻していく様子、そして人間の見えない影の部分を、ベジャールらしく表現した作品になっていました。
鏡の迷宮のような美術を使った演出は、内なる心の世界を表現するのに、良く考えた演出だと感心します。
万華鏡のように映る自分の姿。そして仮面を付けたとたん、影のように現れる「見知らぬ自分」。「周りへの疑念」にも怯え、もがき苦しむ青年の心。
周りの人たちへよせる信頼する気持ちが、ちょっとしたきっかけで崩れていく...。

フォーキン版でも、「ペトルーシュカの部屋」の暗い室内場面は、“人形の心の中”だと考えて観ていたので、大きく設定を変えたようには思いませんでしたが、ベジャールは表現したいことを上手く作っているなぁと感じました。

しかし、青年役は出ずっぱりで踊るのがかなり大変そう。長いソロも多いですし、精神が不安定になっていく様子を見せながら、クライマックスに向けて踊りきった後藤晴雄さんは立派だったと思います。
若い娘役の井脇さんも、(いい意味で)硬質なしっかりした踊りで、良かったですし、友人役の木村さんは、いきいきとした若さに満ちた踊りで、青年との対比が面白かったですね。

魔術師役は、いわば「ココロの隙間お埋めします.」の、某キャラ的役割を思い出してしまいました。(笑)



【ギリシャの踊り】
 (音楽:ミテシ・テオドラキス)

Ⅰ. イントロダクション、
Ⅱ. パ・ド・ドゥ(二人の若者): 大嶋正樹―古川和則、
Ⅲ. 娘たちの踊り、
Ⅳ. 若者たちの踊り、
Ⅴ. パ・ド・ドゥ: 武田明子―平野玲、
Ⅵ. パ・ド・ドゥ(ハサピコ): 吉岡美佳―木村和夫、
Ⅶ. テーマとヴァリエーション (ソロ): 中島周、
  (パ・ド・セット): 太田美和、高村順子、門西雅美、小出領子、
           長谷川智佳子、西村真由美、川口愛美、
Ⅷ. フィナーレ: 全員、



打ち寄せる波の音。
『ギリシャの踊り』は、音楽もシンプルな衣装も爽やかで、気持ちの良い作品。
大嶋&古川さんのテクニシャンコンビも期待通りの出来でしたし、ソロを踊った中島周さんが、一陣の風のような爽やかな踊りで、大変良かったと思います。
中島さんは若さと清潔感があって、観ていて気持ちがいいですね。
最後の青い背景は、綺麗な海や空のように、私の眼に眩しかった。



【ボレロ】
 (音楽:ラヴェル)

首藤康之

飯田宗孝、森田雅順、木村和夫、後藤晴雄



そして最後は首藤さんの『ボレロ』
私にとっては、最初で最後になってしまいました。
これまでにも、首藤さんの舞台を見るチャンスはいくらでもあったのに、そんなに多く見ておりません。東バの公演は、主にゲストが参加する古典ばかりを、見に行っていたことと、ベジャールプロにあまり足を運ばなかったことが原因ですね。
なんでもっと彼の出演する作品を見なかったのかと、今更ながら悔いが残ります。

彼はTVやマスコミで多く取り上げられる有名な方ですし、前からよく知ってはおりましたが、こんなに個性と雰囲気のある、良いダンサーだと認識したのは、M・ボーンの『白鳥の湖』からでした。
その後、後れ馳せながら、とても好きなダンサーになりました。


『ボレロ』ですが、序盤感じたのは非常にゆったりとしていたということ。音楽のスピードがというより、腕の動かし方など、音のフレーズを最後まで使い切り、ゆっくり動かしていたような印象。
始まった時は、まだ気持ち的に淡々と観ていられたのですが、中盤、すべてをさらけ出して踊る首藤さんの姿に、何とも言えない感情がこみあげてきて、涙が溢れてきました。
一瞬一瞬に気持ちを込めた首藤さんの踊る姿を逃さないように、必死に双眼鏡で舞台を見つめていました。

このベジャール振付の『ボレロ』という作品は、首藤さんの与えた命も育んで、まだまだずっと生き続けるでしょう。
でも、もう“彼のボレロ”を観ることは出来なくなってしまいます。

最後の輝きと美しさに、私は胸がいっぱいになるほど感動しつつ、とても寂しい気分になった夜でした。
首藤さんの今後のご活躍を楽しみにしています。