タマちゃんの毎日
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高校時代の友達Nちゃんが亡くなって、もう10年くらい経っただろうか・・・。
「私、病院で癌って言われた」 30歳になったばかりぐらいの年末、突然、Nちゃんから電話があった。 その病名と、その病気を患うには若すぎる年齢と、内容が受け止めづらくて私は混乱した。 なんて言葉を返したのか憶えていない。
Nちゃんという友達。 ワガママを絵に描いたような人だった。このワガママ野郎に立ち向かう勇気はない。こちらが大人になって笑っているしかない。一方通行の友人関係だった。 私は、しょっちゅう、このワガママ女に振りまわされた。 「お腹がすいた」と、突然、夜中に尋ねてきて、育児でクタクタの重い体を引きずりながらお味噌汁とおにぎりを作ってあげたことがある。 育児中女と独身女とでは著しく体力に差がある。当然、むこうは元気満万!私はボロボロ。 だけど、何故か守ってやらねばならんような不思議な雰囲気があったのだ。
手術を終えた春のある日。 Nちゃんと私ともう一人友達と、遅いランチへ出掛けた。 私と友達は、Nちゃんの余命が一ヶ月もたない事を、Nちゃんのお母様から聞かされていた。
細くやせ細った体に反して、元気一杯のNちゃん。 食後の飲み物をたずねにきた店員さんに、 「紅茶はアールグレイにして下さい」と、鼻高々で言った。 「なんじゃ?そのなんとかグレイって?」 キョトンとしている私にザマーミロって顔(^O^)をして、 「紅茶の常識よ!そんな事も知らんのん?遅れてるーーー!!!」と、得意げに笑った。
「はいはい。そのなんとかグレイありますか?」 私は店員さんにたずねた。 その当時、まだ岡山では知られてなかった『アールグレイ』。当然、店員さんは申し訳なさそうに頭を下げるはめになる(Nちゃんは東京で一人暮しをしていた)。 Nちゃんは、その謝っている店員さんの様子も楽しいようだ。ほんと、困った野郎だ。 Nちゃんが言った。 「私、同窓会やりたい!」
その何日後。 私は友達からNちゃんの危篤の電話を受けた。 「たまき。ごめん。わたし、同窓会に行けそうに無い・・・。」 震えるような途切れ途切れの声でNちゃんが言った。
お願い!この人を助けてあげて!心いっぱいに願いながら、Nちゃんの手を握り、 「大丈夫!大丈夫!大丈夫!・・・・」 何度も同じ言葉を繰り返した。 それが、私とNちゃんが最後に交わした会話。
お葬式は清清しい風が吹く初夏を感じる日だった。 私は周りの目を気にすることなくオイオイ泣きじゃくった。 それがトラウマになってしまって、今まで一度も同窓会というものに行った事が無い。 たぶん、これからもずっと、私は同窓会に行かないと思う。
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