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■ y=axということ。
『バカの壁』という本がばか売れしているようで、 わたしもそれを一気に読んでしまった。
養老孟司というひとは頭のいいひとだとおもう。 彼の世界観は、解剖学者であるだけにいつも脳みそを中心に 視点を定めており、またそれが圧倒的な説得力をもって 読者をうならせる。
物事を「わかっている」という思い込みがどれだけ「壁」を つくっていくのかということ。 「わかる」と思い込むことは恐ろしい。 「話せばわかる」という思い込みは、もっと恐ろしいと思う。
詳細の解説はその筋の人々に任せるとして、ふんふんと 鼻息を荒くしながら読んだこの本に、ひとつ気づかされた ことがある。
五感から入力して運動系から出力するという作業の間、 脳は入力された情報を処理している。 この入力をyとして、出力をxとすると、y=axという 一次方程式のモデルが考えられるという。(ほほう!) 入力された外的情報に脳の中でaという係数がかけられ 結果xが出力される。 つまり、ひとつの物事に対して各個人のaという係数の大小が 出力としてのxを規定していくのである。 むろん、このaという係数は人生の中で変動していく。 aという係数がゼロか、あるいはそれに近い値であった場合、 反応はゼロに近くなる。 (つまり、聞く耳を持たなかったり素通りしたり、など)
常々、わたしはいわゆる「頭の良いひと」が好きだと 公言しているけれど、一方でその定義はいったい何なのかと 自問していたが、このy=axに当てはめてみると、なんとなく それが明確になってきた気がしている。
つまり、たとえ未知なる世界のものを見聞きしたとしても、 自分の中のaという係数を変動させる準備のできているひと、 またそのaについて、いつでもそれを向上させる前向きな姿勢を とっていて、かつそれをxに反映できるような人に対し、 わたしはいつも好意を抱くのだ。
そのような姿勢を、ある意味貪欲な好奇心や知的向上心などを 持っている人と接することができたとき、そのポジティブな パワーについて、ある種の波及効果が期待できる。 つまり、わたしもいい影響をうけることができる可能性が高い。
これに気づいたとき、電車の中でひとり頷いた。
ただ、このような傾向が強いからといって、むろんそれだけで 恋人や友人を判断したりすることはできないけれど。
そういえば、冬の陽だまりの鎌倉を、犬を連れて散歩する 養老氏をみかけたことがある。 とても感じの良い、古本屋の前であった。
2003年08月30日(土)
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