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2004年08月09日(月) |
8月9日は柳生記念日 |
「仁王くん、僕、今日の帰りに寄りたいところがあるんですけど、…一緒に行ってもらえませんか」
柳生が俺を誘うなんて珍しい。このところの暑さで頭のネジがゆるんでしまったんじゃないだろうかと思いながら、でも俺はとても嬉しかった。すぐに返事をした。
「ええよ。どこに行きたいん?」 「あの、…お祭りに」
柳生は気恥ずかしそうにはにかんだ顔で、それでも楽しそうにそう言った。
「うちの近所に小さな神社があって、今日からお祭りなんです。少しですけど出店も立つんです、金魚すくいとか、射的とか、アメ細工とか、いろんなお店が出て、見て歩くだけでも面白いですよ。…仁王くんは、お祭り、嫌いですか?」 「いんや、好きじゃよ。大好きじゃ。子供のころは縁日の端から端まで遊び倒してよく親父に怒られたわ。…そうか、祭りなんか。ええのう、行こう行こう」
夏休みでも休みにならない部活がようやく終わった夕方、俺たちは連れだって、その小さな祭りを見に出かけた。
「ふーん、今でもやっぱりお面屋さんは繁盛しとるんじゃのう。お、子供らはみんな今でも綿菓子は好きなんじゃなあ、あんなに並んで」 「仁王くん、目がきらきらしてます」
「そうかの? そういうお前じゃって、誘った本人じゃろうが。…嬉しそうじゃ」 「はい、嬉しいですよ」
柳生はにこにことそう答えると、何やら目当ての店を発見した様子で、並んで歩いていた俺を置いて、とある出店のほうへすたすたと一人で走っていってしまった。そして俺を振り返って、大きな声で呼ぶ。
「仁王くん! これこれ!」
紳士らしからぬ大声で柳生が俺を呼びながら指さしているのは、アイスキャンデーの冷凍庫だった。がっ、と硝子のふたを開け、中をごそごそと探っている。 あとから追いついた俺は、柳生がその手にしているものを懐かしく眺めた。
柳生はその店でそれを一袋買うと、俺に微笑で目配せをし、ふたたび歩き始めながら、袋の口をばりっと勢いよく開けた。知っている。その中身は、透けるような空色をした、ソーダ味のアイスキャンデー。棒が2本刺さっていて、真ん中からぱりんと割って2本になる、あれだ。 柳生はそれを袋ごと両手でひっつかんで中身を二分する。がさ、と袋が鳴って、中身がきれいに2本に分かれたのが見ていてわかった。
「はい、こっちは仁王くんのですよ」
柳生はそのうちの1本を俺に差し出す。
「ん、じゃ、いただき」
俺たちは、もともとひとつだったアイスキャンデーの半分ずつをそれぞれにかじりながら、ゆっくりと縁日を歩く。安っぽい甘味料の味がかえってすがすがしい。
「柳生、楽しいか」 「はい、とても」
背負ったままのラケバが少々邪魔ではあったけれど、俺たちはそのあとものんびりと祭りを見て歩いた。柳生はもうそれ以上買い物をすることもなく、何かの店を探すでもなく、ただにこにこと楽しげに俺に話しかけながら、アイスキャンデーを食べていた。そして、ふとつぶやく。
「僕、お祭りは口実でした」 「は?」
「仁王くんと、このキャンデー半分こして、食べながら歩きたかっただけなんです。お祭りならおかしくないかな、と思って」
やっぱり今日の柳生は暑さで少しガードが下がっている。俺はそう思った。でもその言いかたが本当に無邪気で、でもその笑顔は照れくさそうで、「そんなことならいつでもつきあっちゃるのに」という言葉を返すのは気が引けた。その場は「そうか」とひとこと言葉を返すだけにしておいた。柳生は「はい」と言ってまたくしゃくしゃと笑った。
「んじゃ、今日はヒロシの夢がかなった大事な日なんじゃな。忘れんようにせんと」 「そう、そうです。記念日ですね。うふふ」
そのときちょうど柳生が食べきったアイスキャンデーの棒に「あたり」と書いてあるのを見て、俺たちは目を合わせ、さきほどの店へ、今度は走って戻った。本当なら店で回収されてしまうその「あたり棒」を、柳生は「お願いです、ずるはしませんから。記念なんです。持ち帰らせてください」と食い下がり、なんとか許しをもらうと、大事に紙に包んで胸のポケットにしまった。
そして再び手にした、二つめの空色のアイスキャンデー。今度は俺が2本に割って、片方を柳生に差し出す。さっきと同じソーダ味がしゅわしゅわと口の中に広がって、俺たちはもう一度、縁日を端から見て回った。
こうして8月9日が、柳生の記念日になった。来年も来たいですね、という柳生に、俺は人工甘味料たっぷりのキャンデーをかじりながら、うんうんと頷いた。
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あがいてみました。いずれどこかにちゃんとアップを…。
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