ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月30日(火) どんとこい

曇り日。にわか雨が降ったり薄日が射したりと忙しい空。

気温も29℃と梅雨らしい蒸し暑さであった。


いつもの朝の道であったが思いがけない事がある。

先日散ってしまっていたねむの木の花が満開になっていた。

それはとても信じられないような光景である。

ねむの木の習性には詳しくないが、もしかしたら二度咲く花かもしれない。

何だか夢を見ているような気持になり今朝は写真を撮った。

明日の朝もきっと咲いているだろう。楽しみでならない。


職場に着くと義父がそわそわと落ち着かず

辛い腰痛を抱えながら畔の草刈りに出掛けた。

「やらんといかん」がもう口癖になり決して弱音を吐かない。

痛み止めを飲み過ぎるとまた腸に潰瘍が出来るのではないかと心配であった。

しかし明日からまたしばらくは雨の予報なので今日しかないのだろう。


月末の経理は安泰。取引先への支払いは昨日の内に済ませてあった。

今日は社会保険料の引き落としがあったが預金残高に余裕がある。

おまけに支払いのお客さんが三人も来てくれて大助かりだった。

おかげで資金は潤い奇跡のような月末となる。

母が助けてくれているのに違いないと思う。

きっとはらはらしながら見守っていることだろう。


2時を過ぎても義父が帰って来なかったので目の前が明るくなった。

今日こそはカーブスへ行けそうだ。うきうきと嬉しくてならない。

定時で仕事を終えられるのは久しぶりのことである。

自動車専用道路を時速90キロで走り抜けた。

一週間ぶりだろうか、お仲間さん達と笑顔を交し合う。

もうその時点で昨日までの鬱々した気分はすっかり晴れていた。


しかしカーブスを終えるなり義父から電話があり

同僚の仕事の事で散々文句を云われる。

昼食を食べに帰ったら同僚が車検整備をしていなかったらしい。

明日はまた大型車が入庫するので義父も心配になったのだろう。

とにかく私の段取りが悪いように云うので一気に辛くなった。

農作業に行くなと云うのではない。社長は義父なのである。

同僚に指図をし段取りをするのが社長の仕事ではないだろうか。

全ての段取りを私に任すこと自体が間違っていると思う。

長い電話となりやっと義父を宥め電話を切った。

むしゃくしゃする気持ちのままサニーマートへ行ったら

駐車場でカーブス仲間のS子さんに会った。

今日は来ていなかったので残念に思っていたが

偶然に会えてとても嬉しかった。

「また会おうね」と笑顔で手を振って別れる。

S子さんはいつも親身になってくれて一番好きなお仲間さんだった。


夕食は「すき焼き」に決める。3割引きの窪川牛を3パック買う。

それでも予算オーバーだったが「どんとこい」と思った。

大船に乗った気分でたまには贅沢も必要である。


夫がまるで肉に飢えていたように食べていた。

その口元が気持ち悪くてならない。

昔はキスもしたのにいったいどうしたことだろう。


私は糸こんにゃくと豆腐だけ食べて「ごっちょさん」と席を立つ。

また夫を置き去りにしてしまったが自室に行けばほっとする。


今朝は中学時代の恩師の詩を書いたが

詩人の「高山京子」さんが読んでくれるのをずっと待っていた。

しかしやはり駄目だった。私が期待し過ぎていたのだろう。

「まあそんなもんだろう」と潔く諦める。

期待はしない方が良い。思い通りにいかないことばかりである。

雑魚が鯛に期待するなんて何て愚かなことだろうか。

それよりも雑魚は雑魚らしく真っ青な海を漂うのが良い。


※以下今朝の詩


      京子先生

  国語の授業が大好きだった
  京子先生は物静かで
  大きな声を上げることはない

  騒いでいた男の子達も静かになり
  まるで母親を見るように
  不思議とおとなしくなる

  「幾山河 越えさり行かば 寂しさの」
  京子先生は節をつけて歌ってくれた
  その透き通るような声が教室に響く

  窓から潮風が舞い込んで来た
  海であることは永遠に変わらない

  旅人が仰ぐ空は果てしなく続き
  どれほどの哀しみも癒されていく

  京子先生は歌い終わるとふっと
  遠くを見るような目をした
  少女時代もあったのだろう
  恋をしたこともあったのだろう

  私は京子先生に母を重ねた
  それはとても切ないことだったが
  現実のはざまでふっと夢を見る

  随分と歳月が流れたが
  京子先生の歌声は生涯忘れることはない






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