ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年04月15日(火) 八重桜

晴れの予報だったが余程大気が不安定だったのだろう。

午前中時雨れ冷たい北風が吹き荒れていた。

まるで冬が舞い戻って来たかのような一日となる。


染井吉野はすっかり葉桜になってしまったが

遅咲きの桜は八重桜だろうか。

枝先からこぼれ落ちるように咲いており何とも可愛らしい。

幾つもの花が寄り添うように咲き風が吹くと揺れるのだった。

純白の花もあれば桃色の花もある。種類が異なるのかもしれないが

桜の知識には疎く総じて八重桜だと思い込んでいる。

桜の仲間には違いなくしばらくは桜の季節が続くことだろう。



朝の青空はつかの間のこと悪天候になってしまったが

田植えは予定通りに行われ義父の友人が4人も来てくれていた。

冷たい時雨に濡れどんなにか辛かったことだろうか。

衣類は冬構えであったが誰も雨合羽を羽織っていなかったのだ。


私は何の役にも立たないがお昼のお弁当を頼まれていた。

宿毛市の「ほっかほっか亭」に5人分のお弁当を注文する。

山里でもお弁当は手に入るが皆さんほか弁を気に入っているようだ。


11時に予約していたので30分前に事務所を出るつもりだったが

急な来客があり直ぐには出られそうにない。

お昼に間に合わなかったら義父に叱られてしまうだろう。

仕方なく忙しい同僚の手を止め代わりに行ってもらった。

同僚は苦笑いをしていたが本日は田植えで緊急事態なのである。


お昼には5人が事務所に勢揃いしわいわいと賑やかであった。

義父は興奮しているのか誰よりも大きな声である。

先頭に立って張り切っているのが見て取れ闘志満々の様子だった。

肉体的に厳しいことを「骨が折れる」と云うが

義父は最初から首の骨が折れているのだった。

その上に死に物狂いになって無理を重ねている。

田植えは一日では終わらずまだまだこれからの苦労であった。



午後、平田町のお客さんから電話があり車のエンジンが掛からないと。

おそらくバッテリーの寿命だと思われたが明日まで待ってもらうことにした。

しかしお米を切らしており今夜の夕食の分が無いのだそうだ。

「買いに行きたかった」と嘆くのであまりにも憐れに思い

同僚に相談したら直ぐに出張してくれることになりほっとする。

高齢者の独り暮らしである。人助けも大切な仕事に思えた。


工場の仕事は車検尽くしでとても今週中には終われそうにない。

大型車の一般修理もありお客さんから催促があったばかりだった。

とにかく頭を下げて待ってもらうしかないが何とも心苦しいものだ。

義父を恨んでも仕方ないが義父の助けがあればと思わずにいられない。



じたばたしても何も変わらず2時過ぎに退社する。

市内は時雨れなかったそうで洗濯物も乾いていたそうだ。

めいちゃんの微熱は今朝には平熱になっていたが

母親に甘えたかったのだろう今日は学校を休んでいた。

昨夜は宿題どころではなかったのでそれも休んだ理由のようだった。

とにかく宿題が多いのだ。昔の子供には考えられないことである。


我が家は廃業したがまだ海苔養殖を続けている従兄弟が居て

貴重な青さ海苔を届けてくれたのだった。

今年は絶滅ではなかったようだがほんの僅かの収穫とのこと。

有難いより申し訳なくて決して無駄にしてはならない。

娘が天婦羅にしてくれ揚げたてをご馳走になった。

「四万十川の青さ海苔」もう二度と食べられないかもしれない。

夫も感慨深く思ったのだろう。もう私達は川漁師ではなかった。

歳月を振り返りながらまた新たな歳月へと歩み始めている。

「じゅうぶんに生きたのか」問いもせずに答えもせずに。


※今夜も今朝の詩を載せておきます。


           春雷

      空が引き裂かれるのを見た
      稲妻が光り真っ二つになる

      どちらを選べば良いのだろう
      まるで此岸と彼岸であった

      激しい雨音が地面を叩き
      項垂れるであろう花を想う
      春として咲いたからには
      何としても耐えねばならない

      散る花もあれば落ちる花も
      それが定めと知り尽くせば
      もう身を任せるしかないのだ

      打たれ強く在らねばならない
      泣き顔を見せてはならない

      凛として見上げる空には
      引き裂かれた両方が在る

      一瞬の光に命を輝かせていた







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