2004年08月25日(水) |
「ことば」に鋭くありたい |
「ことば」について考えた。
先月、東京が史上最高の気温を記録した日のことだ。おいらは仕事で大阪まである著名な詩人の方を訪ねにいった。恥ずかしながら今まで、おいらはその詩人の方を存じ上げておらず、よって作品も読んだことはなかった。今回の仕事では別に詩の話、文学の話をするわけではないので、その人の作品について知らなくてもよかったのだが、やはり会う以上、読んでおかなければと思い、一冊その方の詩集を購入し、読んでから大阪に向かった。
その詩集はどちらかと言えば前衛的な詩が連なっている詩集だ。おいらがその詩集のなかでひかれたのは、「文章」にせず「単語」を連ねて構成されている詩がいくつもあったことだ。「単語」を連ねることで詩世界を構成していく。これは言葉に対し、日本語に対して普通以上に鋭く、敏感になっていなければできないことである。(これは詩人であるならば、当たり前の思考なのかもしれないが)
正しい言葉遣い、正しい敬語といったそういうものとは違う。今、自分のいる世界、環境、思い、気持ち……を言葉にするために鋭い感覚を持つということだ。
こんなことを思いながらもまったく関係の無い話をして、大阪での仕事は無事終わった。そしてその帰り、その詩人の方はおいらを最寄の駅まで、と言ってわざわざ送ってくれたのである。
とその途中、一軒のすし屋があった。その店は「248」という店名で、多分これで「すしや」と読ませるのだろう。この店の前でその詩人はこんなことを言ったのだ。 「僕はねこういう店で寿司を食いたくないんだよね。こんないい加減な名前つけたら、どんないい素材を使っていたって、寿司がまずくなってしまうよ」 僕らは平気で当て字、俗語を使用するが、それが愚の骨頂だというのだろう。確かにそうだ。僕らは日本語という美しい響きを持つ言語を持っているのだから、それを無理にくずしたり、適当に使用したりする必然性はどこにもないのだ。 こうして僕らは日本語を適当に使うことによって、言葉に対して鈍感になっていく。そんな感覚のままでは、自分のいる世界、環境、思い、気持ち……を言葉にすることなど出来るわけがない。でも、東京で毎日仕事をして、いろいろとアクセクしているとそんなことは、残念ながら正直どうでもよくなってしまうことが多いのだ。若干、言葉を意識しなくてはいけない仕事をしているので、本来ならそれではいけないのであるが……
おいらはこの詩人の背景その他までは不勉強なので、この方がどういう経緯で、言葉に対して鋭く、詩を書くようになったかはわからない。ただ結果として、彼が今まで作り上げてきた詩は、鋭い、敏感な言葉で表現した詩が残されてきているのだ。
===================================== そんな出来事があってから1ヶ月、おいらは再び鋭い言葉が連ねられた本に出会った。その本のタイトルは「極北の詩精神〜西川徹郎論」である。
北海道に住む俳人、西川徹郎の俳句に対する評論集なのだが、僕はこちらの俳人のことも今まで知らなかった。しかしその評論の中に引用されている彼の作品を読むと、その言葉の感覚の鋭さに驚愕してしまうのだ。
その評論を読んだあとなので、受け売りのところもあるのだが、西川徹郎の場合、その言葉の鋭さは幼いころから北海道の厳しい環境の中で、自然と向かい合ってきたところからきているのだろう。
彼の俳句世界で取り上げられる自然は(と言っても自然そのもを俳句で読んでいるわけではない。自然を表す言葉を用いながら様々な事象を俳句にしているのだ)蜻蛉、落ち葉といった極めて日本的な自然風景にだけに留まらず、銀河、宇宙にまで及んでいるのだ。そこまで言葉に対する感覚を広げているのである。
宇宙、銀河というところまで感覚を広げていったというと、おいらは埴谷雄高を思い浮かべるのだが、埴谷は牢獄という閉ざされた世界に追いこめられた時、その精神を宇宙へと解放していった。西川の銀河にまで及ぶ言葉感覚も、これと同じではないだろうか。冬の北海道の厳しい環境は、自然によって作られた閉鎖空間と言えないだろうか。そうした環境のなかでこそ磨かれた感覚から、鋭い俳句を生み出していったのではないかと思うのだ。
===================================== 東京で暮らしているからといって、言葉に鈍感になってはいけない。この文章を書いている今の今もそうだが、パソコンの前にすわりキーボードを叩けば、言葉は次々と生み出されてくる。しかしその言葉は、大阪の詩人の方や、西川徹郎が生み出す言葉とはまったく別のものだ。24時間365日、言葉に対して敏感になっていることは、凡人のおいらには到底できないことだが、場面場面、いざという時には、鋭い言葉を発せるようになっていいたいと思うのである。
===================================== 追記。2004年8月25日という日付を本に刻んでもらった。その人に日付を入れてもらうのは今回で2度目。前回は2001年3月24日。前回その日付を入れてもらった日のことを、おいらは朝起きてから夜寝るまで、事細かに覚えている。いや、夜じゃなくてその日は「朝寝る」までだった。日付を刻んでもらう、そのことだけでその日は特別な日になる。いや特別な日だからこそ日付を刻んでもらうということもあるが。今日、このうだうだ日記に書いたことと、同じようなことをその人と話してきた。おそらく今日の日付も、前回と同じようにいろいろな事を事細かに覚えている一日になるのだろう。深夜3時30分帰宅。今日も「朝起きてから朝寝る」一日になった。
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