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■ 『エミリー・L』
あなたはわたしといっしょに笑う。わたしは言う。 「わたしがこわいのは、あなたなのよ」 あなたはその言葉にほとんど驚きもせず、冗談に仕立ててしまう。 「ぼくの何がこわいのさ」 「あなた全部よ」 わたしはなおも恐怖についてあなたに語る。 あなたに説明しようとつとめる。それがうまくゆかない。 わたしは言う。「わたしの心のなかで起こることよ。わたしから分泌されて。天与のものでありながら同時に細胞の活動にもかかわる、逆説的な生命力をもって生きているものよ。そこが大事な点よ。自分はこうなのだと述べる言葉をもっていない。せいぜい言えることは、それがむき出しの、口のきけない、わたしからわたしにむけられる残酷性で、わたしの頭のなか、わたしの心の監獄に住んでいるものだということね。厳重な防護壁に守られている。ところどころに理性、真実性、光にむけての明かりとりがついているのだけど」 あなたはわたしを見つめ、そのままほうっておく。もっと遠くのほうを眺めている。 あなたは言う。 「それは恐怖だ。いま言ったことはまさに恐怖だ。そうさ、それ以外の定義はない」 (マルグリット・デユラス/ 田中倫郎訳『エミリー・L』河出書房新社、1988)
2005年10月26日(水)
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