配属辞令
プラチナブルー第3章 椎名遼平・円香編
April,5 2045 『椎名遼平(しいなりょうへい) 経済産業省情報政策局に配属を命ずる』 「遼平、おかえり」 「うん、ただいま」 「初出勤はどうだった?」 「それがさ円香(まどか)、大変なことになっちまったよ。あぁ疲れた」 茶色の鞄をソファーに放り投げ、ネクタイを外しながら遼平は、首を右に左に回した。 その背中越しに、リビングの西側にあるオープンキッチンから、一定のリズムで 野菜を切り刻む音が聴こえてくる。 「どうしたの一体」 右手から奏でられていた音の変わりに、聴こえてくる円香の声。 「今日、辞令を貰ってさ」 「うん」 「4月のスケジュールが決まったんだけど」 「うん。」 「来週の月曜日から、新人研修があるんだよ」 「うん」 「ところがさ、この研修、研修所に泊り込まなきゃいけないんだ」 「え~、何日間の研修なの?」 円香はキッチン奥の冷蔵庫に磁石でとめてあったカレンダーを手にとり、月曜日に印を入れた。 「うん、月曜から金曜までで、土日は休みで帰れるんだけど・・・」 「うん」 「でも、また次の月曜から金曜まで研修。そして次の週も・・・繰り返し」 「・・・ちょっと なに、それ・・・」 「研修期間の最終日の金曜日にさ、毎週試験があって」 「うん」 「それに合格すれば、研修は終わり、ということらしいんだ」 「うん。それなら遼平、がんばって1週間で終わりにしてよ」 カレンダーの月曜日から金曜日までの5個に印を入れた円香は、冷蔵庫の同じ箇所にそれを戻した。 「・・・うん、がんばるよ。でもさ、なんか今日の話だと、研修の終わりが今ひとつ見えないんだよな」 「・・・ちょっと遼平。アタシを結婚1年目から週末婚の可哀相な女にするつもり?」 ふたたび右手に包丁を持った円香が、まな板に置かれた野菜に包丁を突きたてた。 「勿論、全力でがんばるよ。たださ、いきなりオンライン・カジノ担当とか言われてさ」 「オンライン・カジノ? そっか、経済産業省の管轄だったわね。セキュリティ対策とかが仕事?」 「ううん。今日辞令交付のあとで、説明受けたんだけど」 「うん」 「プレイヤー研修なんだよ。しかも麻雀。僕、学生時代に仲間内でやったことしかない」 「・・・麻雀? プレイヤー? なにそれ」 「なにそれ、だよまったく。なんで僕が麻雀なんか打たなきゃいけないんだよ」 「配属を代えてもらったら?」 「うん、それがさ、同期の奴で、麻雀知らない奴がいてさ」 「うん」 「配置転換希望の話を持ち出したらさ」 「うん」 「『与えられた仕事ができない奴は、明日から来なくていい』 だとさ」 「ひどい話ね~ けど、遼平なら大丈夫よ。がんばってくれないと研修より結婚生活が終わっちゃうわよ」 「おいおい、勘弁してくれよ」 「きゃはは。でも遼平、大変だけど、とてもラッキーね」 突き立てた包丁を抜き、ふたたび野菜を切り始めた円香。 なぜか鼻歌まで始まった。 うなだれている遼平をよそに、円香は随分と上機嫌だ。 (なんだ?円香のやつ、僕がこんなに落ち込んでいるのに、なんでこんなにはしゃいでるんだ?) 「ラッキー? 麻雀が?」 「あらそうよ、だってアタシ、プラチナリーグなのよ」 「なんだそれ、プラチナ? 指輪の種類か?」 ゆっくりと回り続ける3メートル大の換気扇。 ちんぷんかんぷんの遼平は 大の字に寝そべって天井を見上げた。 |