★神主の遠吠え日記☆

2007年08月16日(木) 慰霊は心静かに行うもの

そもそも8月15日の靖國神社参拝は静かに行われるべきものであるはず。
賑やかにしてきたのは、特定新聞を始めサヨクと呼ばれる部類の人たちだけである。
特定新聞にとっては閣僚の参拝がなく騒ぎ立てるネタもないためかいささか拍子抜けのようである。


《朝日新聞社説引用開始》
靖国参拝―静かな夏に見る変化
 敗戦から62年。靖国神社の夏は例年より静かだった
 小泉政権の間は、首相が自民党総裁選で公約した8月15日の参拝をするかどうかが関心を集めた。とくに15日参拝を断行した昨年は、首相を見ようと集まった群衆から「万歳」があがるほどだった。
 それが今年はどうだろう。小泉氏の後継である安倍首相は参拝するともしないとも言わないとしつつ、姿を見せなかった。85年の中曽根首相の公式参拝以来、定例化した閣僚の参拝だが、今年は高市早苗内閣府特命相だけである。
 全国戦没者追悼式で安倍首相は、アジア諸国への加害責任を認め、「深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します」と語った。持論の「戦後レジームからの脱却」を思い起こさせる言葉はなかった。
 一方、河野洋平衆院議長は、戦後日本は「海外での武力行使を自ら禁じた、日本国憲法に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んで参りました」と述べ、逆に「レジーム」の継承をうたった。さらに「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでおられる方々」という言い方で慰安婦にふれ、謝罪を述べた
 こうした変化が一時的なのか、時代の深い潮流なのか。即断はできないが、歴史認識の問題をめぐる最近の新しい動きが背景にあるのは疑いない。
 ひとつは、参院選における自民党の惨敗だ。年金問題や閣僚スキャンダルに翻弄(ほんろう)された結果ではあるが、憲法改正や集団的自衛権の行使容認や歴史見直しなど、「美しい国」を掲げた復古的、保守的な路線が、国民の関心からズレていることが根底にあった
 靖国賛美派の基盤をさらに突き崩したのは、昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に反対だったことが史実として確定したことだ。
 天皇が参拝を中断した背景に合祀があることは、関係者の間で指摘されていた。だが、昨年来、故富田朝彦宮内庁長官のメモや、故卜部亮吾侍従の日記、さらに歌人の岡野弘彦氏が故徳川義寛侍従長から聞いた証言でも裏付けされた。
 このことは、天皇の意思をまず尊重する保守派の内部に、A級戦犯の合祀に対する疑問の声を広げた。
 また、首相の参拝に関していえば、安倍内閣で修復した中韓との関係をこわしたくないという外交判断もあるだろう。
 そして、国際社会の目も変化した。米下院の慰安婦決議から分かるように、過去に向き合わない日本への批判は、アジア諸国にとどまらない
 静かな夏の底流で進む変化を見落としてはならない。戦前の軍国主義のシンボルである靖国神社に戦争指導者をまつり続けることは、ますます受け入れられなくなってきた。小泉内閣で一度は検討した「新たな国立の追悼施設」の構想を再び動かすときである
《引用終了》

衆参両院の議長は三権の長とはいえ、もはや本当の日本人ではないので、こうした発言は、またか、程度で捨て置く。
「憲法改正や集団的自衛権の行使容認や歴史見直しなど、「美しい国」を掲げた復古的、保守的な路線が、国民の関心からズレていることが根底にあった」なとどどうして言えるのか不思議。
参院選の自民敗北は、年金問題に閣僚の事務所費問題、不適切発言によるものが最大で、民主党の政策が良くて第一党になったわけではないことはご承知の通り。他に受け皿的な政党がなかっただけのことである。
戦後レジウムからの脱却が、美しい國の提唱が、何故復古的と断定できるのか。国民の関心が生活第一だとすれば、このようなマスコミは国家として国としてもっと大事なものに感心を懐くようにすべきではないのか。
戦争は終っていない、という人がいるが、まさにその通り。
靖國を軍国主義のシンボルだとか、過去に向き合わないとか、一体どこの国の人間なのか、どこの国のマスコミなのか。



2007年08月09日(木) 残暑お見舞の時季になっちゃいました

暦の上では秋。
とんでもない、秋とは程遠い真夏の暑さです!

淀媛神社の夏祭りも終わり、一昨日昨日と京都に出かけてきました。
大学時代の倶楽部のOB会でした。二十数名と出席は少なかったのですが、久しぶりに先輩・後輩と酒を呑む機会を戴いた。
その折、日本青年会議所が作成した「誇り~伝えようこの日本のあゆみ~」というDVDを愛知県の○嶋君から戴いた。
帰ってから拝見したが、どこぞの教育委員会か何かが教材?としての採用を中止したらしいが、なかなかよく纏めている。どこが問題あるんでしょうね?正しい事実・歴史を語り、伝えようとすることが・・・

広島の原爆殉難者の慰霊式典では、市長は米国のみ対象としたような宣言をし、目の前にある危険極まりない北朝鮮の核には触れず。
長崎の平和宣言はまだ耳にも目にも触れていないのだが、核兵器を本当になくしたいという思いは伝わってこない。余りにも政治的で偏りすぎているように思える。
慰霊の八月が何だか日本の暗い将来をみているようで寂しい・・・

京都でのOB会の翌日、午前に北野天満宮を訪れた。
梅を干す作業で職員の皆さんは汗を流していた。境内一杯に梅の香り。
宮司さんのお話によるとこの秋から紅葉狩りも楽しめる工夫をされたとか・・・
境内も参拝者が次々と・・・どこかの鞆のお宮とえらい違い(笑)
午後には石清水八幡宮に顔を出して、義父の墓参りをして帰りました。


前の日誌に安倍総理頑張れとエールを送りましたが、まさに正念場の様子。
情けないことか、自民党の内部から批難の声。
自分達には責任はないかのように。今は党挙げて踏ん張るときでしょ!
意地をみせなさいよ!こんなのみてたら国民はみんな他所へ行っちゃうよ!



2007年08月02日(木) 風が強くなってきました

「国民はあぜんとしている」そうである。2~3日前の朝日社説。
国民を代表する新聞なんですね。思惑・扇動通り、自民大敗。嬉しくて仕方ありません。でも安倍首相は続投するという。次はどんな手を打とうか。

ここまで自民が敗れるとは思いませんでした。選挙に至るまでの間、安倍首相が特別悪かったわけでもなく、年金問題は、民主党と仲のよい自治労がそもそも起したもので、また社保庁の解体を恐れて民主党にリークしたとの話もあります。大臣の交代も個人の資質によるものも多分にあり、任命責任といわれれば仕方ないかもしれません。
国民の多くは民主党のいう「生活」に重きをおいて、自民党以外での政党からの選択より他に手立てがなかった、のではと思います。
しかし今の民主党は、旧社会党出身者から旧自民党と思想・政策の違う議員の寄せ集めです。この政党に本当に任せられるのでしょうか?
我々、日本の歴史や伝統、風土に適した国のあり方を守るべき立場の人間は、この国の将来に深い憂慮を覚えます。
「生活」は確かに大事です。でもそれは日本という国が日本であって日本人が日本人であってから成り立つものと思います。
早く目覚めましょうよ。
我が国は神の末なり神祀る、昔の手振り忘るなよゆめ。
安倍首相、頑張れ!今が正念場。


七月下旬は宮司の兼務する、走島の各社の祭礼が続きました。
漁師中心の島ですから、信仰も篤く、皆さん熱心でした。
四日四晩祭りと直会(祭りあとの宴会)、少しこたえました。
4~5日には淀媛神社の祭典。
これで夏祭りはすべて終わりです。

台風もまた近づいています。
くれぐれも注意されますように。


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