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阿修羅場に生きる
aya

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2006年10月24日(火)
Ⅲ. 一番呼ばれる名前



「ayaさん。」


「はいっ!」


「これ、コピーお願い。」


「一部でイイですか。」


「うん。」


「いつまでです?」


「今日中でイイから。」


「はーい。」




―今日中って言われて、夕方に仕上げてるようじゃ、ダメよね。



「コピー、ここに置いときますね。」


「ありがとう。」




―うっ。今回は、笑顔が見られなかったわ。残念。



「ayaさん。」


「時間あります?」


「ありますよ。何ですか?」


「これなんですけど、いいっすか?」


「こうやればいいんですね。分かりました。いつまで?」


「できれば、早めで…。」


「今日中でイイですか。」


「んー、もうっちょっと早くできます?」


「何時ですか。」


「3時頃とか。」


「・・・分かりました。」


―まったく。初めから言えよ、期限を。



「ayaさん。」

「なんでしょう。」

「これって、どこにあるか知ってる?」

「それは、・・・ココです。ココにありますから。」

「これはないの?」

「それは、高いので。あった方がいいです?じゃ、頼みましょうか?」

「うーん、いいや。これでなんとかなるやろ。」

「そうですか。」



―贅沢言うな。アタシだって、欲しいのは山々なんだ。便利だもんね。

 アタシはイイのよ、別に。

 でもさ、うるさく言う人がいるから。大変なのよ、これがまた。





「ayaさん。」

「これさ、こうしてくれますか。」

「はい、分かりました。これでいいんですね?」

「そう。そうそう。」



「これでよろしいですか。」

「うーん、どうしようかな。」

「・・・」

「じゃあ、ここをこうしてくれますか。」

「分かりました。」



「ayaさん、やっぱりさ、さっきののをここに持ってこよう。」

「はい。」

「うん、これでいいだろ。」

「分かりました、訂正しますね。」



「ayaさん、これ、お願いします。」

「はい。ありがとうございます。」

「あっ、そのコピーいただけますか。」

「分かりました。」

「それと、白紙のものも何枚かください。」

「はい。」


「ayaさん、これさ、これで出しといて。」

「はい。」




「よしっ。  ・・・ayaさん。」

「はい。」

「これでいいです。」

「じゃあ、これで送っちゃいますね。」

「そうしてください。」



―うっ、かんなり、振り回されてるなぁ。

 もうそろそろ、外でないかなぁ。

 もしかして今日、このまま支店に居る気なのかぁ?



―おっ、出かけた。



「ふぅ。」



―ほんと、人を振り回すんだから。

 さぁてと、自分の仕事しよぉーっと。




このオフィスで、一番呼ばれている名前は、
間違いなく「ayaさん」だと誰もが認めるところだ。
理由は簡単だ。
私が、「なんでも引受け屋」だから。


なんでも引受けられるだけのキャパと、

なんでも頼みたくなるだけの能力と、

どことなく声をかけたくなるだけの雰囲気が、


「なんでも引受け屋」を繁盛させているのだ。





―オフィス・レディたるもの、頼まれなくなったら「終わり」だろう。












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2006年10月23日(月)
Ⅱ. 小さな相棒




―あぁ、どこに行ったのよ、アタシのシャープペン。



昨日、帰りがけに無くしたペン。
お揃いで購入したボールペンが、いつもより存在感を放っていた。
忙しいと思いながら、私は手を休めるたびに、席を立ちオフィスを眺め、
ペンが隠れていそうな隙間を見つけては、目を光らせた。

シャープペン不在のまま、一週間が終えてしまった。
私とともに戦う、戦友ともいえるシャープペン。

私は、迷わず、再び地元の商店街の文房具店へ向かった。
レジの横に置かれたボールペンとシャープペンのセット。

「すみません!シャープペンだけ分けてもらえます?
 シャープペンだけ無くしてしまって。」

自分でも驚くほど、惜しい顔をしながら、
入口ではたきを片手に、店じまいをする店主のおじさんに声をかけた。

「もちろん、いいですよ。」

知っていたけど、次に購入するのが、二本目であり、
それを至極気に入っているのを私は、強調したかった。他に理由はない。




―やっぱりこの書き心地、最高ね。さすがよ、アタシの相棒。


オフィスに入り、自分の席につくなり、私は青いチェックの紙袋から、
昨日購入したシャープペンを取り出した。
手から離れてしまった一代目に一瞥し、早速二代目を使い出す。



―このグリップ感が、たまらないのよ。
 これじゃなきゃ、駄目ね。


二代目は、私の神経を通るべき道に真っ直ぐ走らせた。
長雨が続いた後の、すっかりと晴れた青空のような感覚が脳を駆け巡る。



―文房具ったって、馬鹿にできないわね、ほんと。



オフィス・レディたるもの、小物に手を抜いてはいけない。
できるだけ、可愛いものを、
思わず手に取ってしまいたくなるほど、
とびきり愛嬌のあるものを、
デスクに並べ、気持ちをコントロールするのだ。




―あぁ。アタシもすっかり、人並みのオフィス・レディね。







―やなこったっ。











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2006年10月22日(日)
第一章 オフィス・レディ


【Ⅰ. 朝の儀式】


 「まもなく一番線から電車が発車します。」
 
 「ピーーーッ」

 ―今日も一日が始まった。

 始点から終点まで38分間。
名古屋の中心街へ出れば、次は地下鉄で一駅。
そこはビジネス街。
行き交う人は、皆一様にスーツを身にまとい、
疲れた表情は、改札に飲み込まれ、外へと押し出されてゆく。

 改札の手前にある小売店で、私はいつものシュガーレスコーヒーを買う。
二日酔いの時と寝不足の時は、きまってピンクグレープフルーツ100%のジュースだ。
必ず、手提げのビニール袋に入れてもらい、改札へと向かう。
A3サイズがすっぽり入りそうなほど大きなカーテン地の鞄から、
定期券入れを取り出す。
改札機は、①から⑤まで、①を除いて両方向通行可能だ。
ときには、人の流れに任せて③を通らざるを得ないときもあるが、
私は、②か④を選ぶ。10番出口に近い②を通ることがほとんどだ。
出口を出ると、地下の息苦しさからは開放され、新鮮な空気が全身を包む。
歩きタバコをする中年のサラリーマンを睨みつけながら5分ほど歩けば、
会社のある9階建てビルだ。
私は、迷わずエレベータの「9」のボタンを押し、「閉」を押す。
僅かな時間、エレベータの壁にもたれかかる。
ドアが開き、いつもの掃除のオバチャンに
「おはようございます。」
と元気に挨拶すれば、会社のドアを目の前にして角を左に曲がり、
男子トイレを横切り、給湯室を左に曲がり、女子トイレの中へ
逃げるように身を隠す。
持ち歩き用のさつまつげの櫛を、洗面台の右端の常備しているポーチに忍ばせ、
私は、鏡の中にいる自分の顔に目をやる。鼻のあたりの脂をチェックし、
オフィスへ入る。


 ―今日も、私が一番ね。

オフィスの中を眺めながら、真ん中より奥の方にある自分の席へと向かう。
まずは、パソコンを立ち上げる。次に、鞄の中から携帯電話を取り出し、
お腹の引き出し左端にすべり込ませる。
裏紙を利用したメモ帳と、伝言メモ、
地元の商店街にある文房具店で見つけたお気に入りのボールペンと
おそろいのシャープペンを取り出す。
右の3段に分かれた引き出しの一番上からは、
3種類の大きさのふせんとクリップが入った横長の小さな洋菓子の缶を取り出し、
デスクの右端の、いつもの位置に置く。


 ―私は、もう出社してるんだから。


鞄を右の袖机の一番下の引き出しに入れ、
私はオフィスの入口近くにあるお茶棚へ向かう。

 オフィスでの一日の始まりだ。
木製の丸いお盆に、昨日使ったままの急須と、スプーン入れに、
その中に入ったスプーン、布巾用のタオルを載せ、
冷蔵庫の上に置かれた電気ポットを左手に持ち、右手でお盆を支え、
足早に女子トイレ手前の給湯室にへ向かう。
布巾掛にかけられた手拭用と茶器拭用の2枚のタオルを右下にある赤いバケツに入れ、漂白剤に浸す。
左下に置かれたタオル掛には、
昨日のうちに漂白剤に浸し乾かしておいたタオルが4枚かかっている。
2枚は、布巾掛にかけ、残りの2枚は、台所の右端に二つ折りにされた灰皿拭き用のタオルと台拭き用で、それぞれきれいなものに取り替える。
昨日一日使った台拭き用のタオルは、4つの応接と会議室を拭くために、
もう一度お湯で洗いなおし、きれいな台拭用タオルは、お湯で湿らす。
電気ポットに、熱湯を注ぎいれている間に、急須など洗い物を終え、
再び、新・旧の台拭き用タオルとともにお盆に載せる。
熱湯を線のところまで入れたら、行きと同じスタイルで、両手に抱え、
茶棚に向かう。


―まだ二人か。

オフィスを見渡せば、カスタマー担当の中年の男性社員が二人席についている。


―さすが、オジサンは朝が早いってのは嘘じゃないわね。

茶棚に向かって左にある木製の扉を開くと、そこから右側に応接が二つ並び、受付を過ぎたところに、4つある応接室の中で一番ランクの高い応接とやや大きめの応接がある。
扉から一番遠い大きめの応接から、順にテーブルを拭いてゆく。


―もう誰のよ、この吸殻。

応接のテーブルに置かれたお客様用の灰皿の中を覗き込む。


―支店長のものではないようね、この銘柄、若手のうちの誰かね。

20人ほど収容可能な会議室を最後に、私は吸殻入りの灰皿を持ち、
エレベータを横切り給湯室へ向かう。


「おはようございます!」


この時間になると、フル稼働のエレベータからどんどん人が降りてくる。
私は、きれいに洗った灰皿を応接に戻した後、
トイレへ逃げ込み、洗面台で二度目の脂チェックを行い、
櫛で髪を軽くとかした後、オフィスへ戻るのだ。




**今日の四字熟語**



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