てくてくミーハー道場

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2008年07月10日(木) 3軒茶屋婦人会 第3回公演『ウドンゲ』(ベニサン・ピット)

今日出るゲラは15ページ、と担当者に言われていたので、早朝出勤して18時には終われるな・・・と思って行ってみれば、なぜか机の上にはその約二倍のゲラがドン!


う、嘘つきぃ〜っ!(怒)


嘘つきは針千本飲まされるんだぞ! と、約一名のオペレータが机につっぷして失神(徹夜だったらしい)しているオフィスで、孤独にわめく。

まぁ、一人で怒ってても仕方がないので、しぶしぶ取りかかりました。

案の定、夕方になってもまだ半分しかできない。

早く帰りたい(本日、てくてく予定)オーラを盛んに醸し出していたら、

「明日の昼まででいいんで・・・」

と、すまなそうに言われたので、とたんに満面の笑みを浮かべ、定時に退出した我が輩なのであった。

(ここまで、長い前フリ)




さて、本日のてくてく。

前回(つっても、もう2年半ぐらい前)の『女中たち』をうっかり観逃して(『ヴァニティーズ』はもちろん観てる)、当時も軽く後悔していたのだが、今回の公演を観て、その後悔がさらに大きくなった。

映像化されてないか?! 是非観たい!『女中たち』!!(切実)

・・・ま、観逃した公演のことはさておき、今回の感想。

今回は書き下ろしで、ジャニオタ的には「三宅健と仲がいい」というイメージのある(笑)赤堀雅秋の筆による作品。

この人の芝居はぼくは今までほとんど観ておらず、どんな感じなのか知らないで行った。

正直に言うと、最初にお三方が登場した瞬間に、「あー、そういう話か? きっとな。多分な」と思った、そのとおりの話だった。

あんまりいい感想じゃないみたいな書き方をしてしまったが、そう悪くもなかった(←この書き方自体、全然良さそうじゃないが)

ひたすら、お三方の芝居力(しばいぢから)に快く浸れたのが、一番の価値、だった気がする。

いや、決してホンも演出も悪くなかったよ?(←そうやって、あえて書くから逆に/略)

まあ、何といいますか、今「おばちゃん」を演らせたら日本一、二、三の「おっちゃん」たちなので。

リアル度が半端じゃない(^^ゞ

登場人物たちも、なにせこっちとジャスト同世代。

三人三様の暮らし向きなわけだが、とりあえず、この“Around50”(アラフィー? ・・・アルフィーみたいだが。あ、アルフィーのお三方もアラフィーか←何をごちゃごちゃ言っとる?)たちの誰かしらに当てはまると言っても過言ではない。

誰しもに身に覚えのある「居心地の悪さ」が舞台上では展開しているのだが、やはり何つうか、演じているのが本当は男優さんたちなので、その「居心地の悪さ」が、優しくフィルタリングされて届いてくるのだ。

そのくせ、演じているご本人たちは、絶対におっさんの加齢臭なんぞしなさそうな(コラ)

いや、決してキレイキレイというんじゃなく(別の意味で「超越した」ような可愛らしい男おばさんたちなんだけど/笑)、きっと彼らいや彼女らが放つニオイは、ひなたに天ぷら油を置いたような「男の加齢臭」ではなく、お皿の上に一晩放置されたプロセスチーズ(こらっ)にファンデーションの匂いが混ざった「女の加齢臭」なのではないか、とさえ思わせた(いや現実には、全然臭ってないんですけど。イメージね、イメージ)


とにかく、これが赤堀脚本の基本的スタンスなのかとは思うが、何かが起きそうなのに「結局思ったとおり」何も起こらない。

でも、「何かが」見えないところで起きていた、という終わり方だった。

だがしかし、正直ぼくの感想では、アラフィー世代(勝手に決めんな)の物語としては、「何かが起きた」と思わせるには弱すぎるエピソードばかりだったんじゃないかと思わなくもない。

アラフォー以下のいじらしくも可愛らしいお嬢ちゃん方と違って(「アラフォー」を「お嬢ちゃん」と言ってしまうあたりで観念してほしい/笑)、アラフィー世代は、悲しくなるほど逞しく、心の面の皮も分厚い(←それはアナタ個人のことなのではないのですか?)( ̄^ ̄;)うるせぇ

すんごい「分厚い」感想で(赤堀)青年の夢(勝手に認定──といっても、『ウドンゲ』というタイトルをつけたあたりから察して、やはりこのドラマに彼はある種の「夢」を込めたのだと思える)を砕いて悪いのだが、

「薫が言ってたようなこと(近々また会おう)は、結局ないだろうな」「この後、この三人が次に会うのは、やっぱり絵美が言ってたみたいに、誰かの葬式なんじゃないかな」「いやもしかしたら、三人が揃うのは二度とないかも」

と思った。

きっと、三人がアラサーだったら、確実に「近々会う」と思うのよ。その後何かドラマが起きる起きないは関係なく。

でも、なんつーかな・・・。「自分の生活を持っちゃった」人間て、そう簡単に変わらないんだよな。

特に女は。

あらゆる部分が「分厚く」なっちゃってるからねぇ(−−;)自分で書いてて悲しくなってきた

でも、実はそれをあんまり悲しいとも思ってないとこが、アラフィー女が世に疎まれる(こらっ! また!)原因なのであろうな・・・。

でも、こうも思う。

会わなくたって、それはバッドエンドとは言えないんじゃないか?

会わなくったって、やはりハッピーエンドだったんじゃないか?

ラストシーンの、澄子の「女子高生のような」トーンの声。

あれがハッピーエンドでなくて何なんだ。

これでいいのだ。

(まとめに入ろうとすると、ボキャブラリーがとたんに貧困になるのは何故なんだ? ておどるよ)

・・・ああ、やっぱり『女中たち』を観とくべきだった(>_<。)だってさ、『ウドンゲ』のパンフ見て知ったんだけど、「奥様」を演ったのは深沢敦だったんだって! こんな反則技ないよなぁ〜(感涙)


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