DiaryINDEX過去の日記
2026年06月14日(日) 休日

今日は8時に起きて身支度を済ませ、朝ご飯を食べて、家を出て大森道場へ向かいました。途中で次男の通う中学校の野球部が遠征に行くところに出くわし、私が手を振ると野球部の子供達が全員大きな声を出して挨拶してくれました。次男も私に手を振り、何人かの子は「マッシーのパパだー!」と手を振ってくれました。先生にも「お世話になってます!」と挨拶して通り過ぎました。そして大森道場に着き、柔軟体操で身体をほぐし、今日の個人レッスンで指導をする型を稽古しました。10時30分から1時間、廣田さんに最破と五十四歩を指導しました。ほぼ休みなしで稽古をしました。廣田さんは頑張って型を覚え上手になっていました。その後、ジムに移動しトレーニングをし、鷲神社に参拝し、榊󠄀を買いに行き、道場の神棚の榊󠄀、塩、米、酒、水を替えて道場の発展を祈願し今までの活動のお礼を言いました。その後、妻のトレーニングを1時間個人レッスンしました。帰宅したあとゆっくりと入浴して、夕食を取りました。次男の通う中学校の野球部は残念ながら試合に負けてしまったそうです。長男は今日もアルバイトでした。週4で1日5時間働いているので、良く頑張っているなと思います。夕食は家族全員揃って食べるのが習慣だったので、長男がいないのは少し寂しいです。まあ大人になって来たのだから仕方がないなと思います。長男はたぶん親離れも早いと思います。妻とはいろいろ話しているようですが、私には野球の事以外ではあまり話さなくなってしまいました。私も一昨年から野球を先になったので、本当に良かったと思います。


2026年06月13日(土) 今の自分にとってはやり過ぎだった

右膝には常に傷みと違和感があるのですが、久しぶりにそれが酷くなってしまいました。少し頑張り過ぎてしまいました。30代40代の自分だったら、やり過ぎどころか、甘いぐらいだけど53歳の私にはやり過ぎだったようです。この経験をしっかりと見つめて自分のトレーニングメニューを作って行きたいと思います。


2026年06月12日(金) やっと落ち着いた。

昨日に脳の手術をした親友から、手術が無事成功し集中治療室を出て一般病棟に移ったと本日の昼前に連絡が来ました。その連絡が来るまでは、なんか気が気じゃなかったので、私の気持もやっと落ち着きました。昨日の13時に手術が始まったので、それから今日連絡が来るまで、無事終わっていてくれとずっと心の中で思っていました。親友の手術が無事に終わった事に感謝しています。また一緒に飲める日が待ち遠しいです。親友はなかなか波乱万丈な人生を生きているので、命が助かったのが何度目かだと思います。だからこそこれからは助けられた人生を健康に生きて少しでも長生き出来るように頑張って欲しいと思います。親友が私より先に亡くなられては、寂しくて仕方がありません。僕達、地元の仲間が繋がって来れたのも、その親友がいたからだと思っています。だからまだまだ長生きして欲しいと思います。


2026年06月11日(木) 新しい出会いに感謝

今日は新しい生徒が2人入門してくれました。新しい出会いに感謝しています。空手をやりたいと思い私の道場を選んでくれた事にも感謝しています。本当に感謝、感謝です。責任を持って一生懸命に指導したいと思います。


2026年06月10日(水) 何処をゴールに決めるか?

故郷が恋しくなるぐらい私も歳を取ってしまいました。この前、福島に帰郷した時にそれを思いました。年を取れば取るほど、故郷が恋しくて東京に帰るのが辛くなって来ています。東京に家族や生徒達がいると思うから頑張って帰って来れている感じです。でも子供達が成人するまでは絶対に福島に帰ることは出来ませんし、1人でも生徒がいる以上は道場を閉めるわけにも行きません。自分が好きでやり始めたのだから、責任を持って最後まで続けなければいけないと思っています。あとは自分が何処をゴールに決めるか?です。もうそんな事を考えなくてはいけない歳になったのだと思います。


2026年06月09日(火) 当たり前のように

今日と言う1日が終わりました。1日を終えて、今日も1日頑張ったと胸を張って言えると今、そう思っています。頑張った日は、ご飯がとても美味しく、お風呂に入った時にとても気持が良く、お風呂から上がると疲れがどーっと出て、その疲れも頑張った証拠なので、心地が良いものです。私なんか、自分の好きな事をやらせてもらっているだけで、そんなに大した事も出来ていないと思っています。だからこそ、最低でも一生懸命に頑張らなければ好きな事をやらせて頂いてお金をもらっている価値もないと思っています。そんな気持ちで毎日を頑張っています。少しでも人に役に立てていれば嬉しい事です。明日で6月の三分の一が終わってしまいます。うかうかしてはいられません。明日もまた今日と同じく当り前のように頑張ろうと思います。


2026年06月08日(月) 選択肢

私は強くなりたいと思って東京に出て来ました。気が付けば、もう33年も経ってしまいました。福島で過ごした時間より東京にいる時間の方がだいぶ長くなってしまいました。この前、福島に帰った時に母に「福島に帰ってくる気持ちはないのか?」と聞かれました。昔なら二つ返事で「福島には帰らない」と答えていたと思いますが、この前は少し考えてしまいました。少し考えたと言う事は、少々なりとも、その選択肢も自分の中に出来たと言う事なのかもしれません。やはり私も歳を取ったのでしょう。


2026年06月07日(日) 東京へ戻る

昨日は朝方まで飲んでしまったため、今日は二日酔いで昼過ぎまで寝ていました。やっと起きてお風呂に入り、ご飯を食べて、14時30分に母に福島駅まで送って頂き、15時16分発の新幹線で東京へ帰りました。いろんな事が楽しすぎて、東京と言う現実に帰るのが、とても寂しく感じました。何時も通りにママドールとエキソンパイとゆべしを食べながら帰りました。帰宅してお風呂に入り家族で食事をして、8時ぐらいには寝てしまいました。長男がバイトから帰って来た時に少し目を覚まし、また寝て、夜中の2時にまた目を覚ましました。どんなに疲れていても数時間ごとに目を覚ましてしまいます。


2026年06月06日(土) 親友の手術

親友が脳にある動脈の手術をするので急遽、福島に帰りました。もちろん無事に手術が終わる事を信じています。「死ぬわけじゃないし、大変だから、わざわざ来なくても良いよ。」と親友は言っていましたが、そうゆうわけにはいきません。私はその親友に何度も助けられているし、私が苦しい時に福島から私に会うためだけに東京に来てくれた事も何度かあります。ここで行かなかったら私は一生後悔するでしょう。親友が大変な時に駆けつけてあげる事も出来ないのでは親友ではなくなってしまいます。恩返しではないけれど今度は僕が頑張る番だなという気持ちで福島に行く事にしました。朝5時過ぎに起きて、電車で小作まで行き、そこから両親の車に乗せてもらい福島へ帰りました。車のなかで両親といろんな話が出来たのでとても楽しかったです。福島で両親とびっくりドンキーで食事をし、そのあと少し休んで、その親友と温泉に行き、夜は仲間で集まって食事をしました。親友の元気な姿を見て少し安心しました。絶対に元気になると信じています。またお盆には皆で集まって飲もうと約束しました。私は久しぶりのお酒だったので我が分からなくなるほど酔いました。


2026年06月05日(金) 身体の使い方の変化

毎日の稽古の中で自分の身体の使い方の感覚が変化して行く事を感じています。柔軟体操、呼吸法、ウエイトトレーニング、型、基本稽古、ミットへの打ち込み、組手、全てにおいて変化を感じています。もちろんよい変化もあれば悪い変化もあります。よい変化ならば、さらに良くなるようにし、悪い変化ならば修整出来るよう稽古して行きます。若い頃は、出来ない事を減らし、出来る事を増やして行く稽古でしたが、今は出来なくなって行く事も認めて行きながら、出来る事も増やして行くようにしています。自分の出来る事が減っていくぶん、自分の出来る事の中で、出来る事を増やして行く感じです。


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