DiaryINDEX|過去の日記
私のこれからの夢を書きたいと思います。やはり空手道と言う物を突き詰めて行く事、自分が行ける限界の所まで頑張って進んで行きたいと思います。その次は極真空手の素晴らしさを1人でも多くの人に伝える事です。極真空手と言う素晴らしい物を使って、たくさんの若者を騙してこっちの世界に引きずり込みたいです。私も極真空手の魅力に騙されて魅了されて、こっちの世界に引きずり込まれた1人です。そして若者だけではなく、私達が若い頃の極真空手の世界に引きずり込まれる事を事情があり出来なかった壮年の方々に極真空手の魅力をもう1度見せてあげたいと思っています。極真空手大好き同好会を作りたいと思います。私は歳を取った人にも極真空手の魅力を伝える自信があります。歳を取った人でも前に進める稽古方法を私は知っています。極真空手で一生を青春にしたいです。
自分で言うのも何ですが私はけっこうオールラウンドな空手家だと思います。オーソドックスでもサウスポーでも組手が出来ますし、サウスポーの人に苦手意識もありませんし、サウスポーの人にオーソドックスでも戦えますし、サウスポーの人にサウスポーでも戦えますし、オーソドックスの人にサウスポーでも戦えます。柔軟性も左右均等ですし、ウエイトトレーニングでもあまり力に左右差はありません。基本稽古でも苦手な技はありませんし、胴回し回転蹴り、カポエイラキック、アクセルキック、などの飛び技を一通り出来ます。自分が引退してから出てきた内回し蹴りやカーフキックもそつなく使う事が出来ます。若い頃は前宙、側宙、バック宙、身伸のバック宙なども出来ました。マラソンも全日本の代表メンバーや三峰の合宿で走っても3位ぐらいにはなれます。ウエイトトレーニングの記録もベンチプレス170キロ、スクワット260キロ、ショルダープレス90キロ上がったので力もある方だと思います。ポイント制の試合でも準優勝しましたし、型競技では全日本35歳以上の部で優勝しました。上段回し蹴り、中段回し蹴り、下段回し蹴り、カカト落とし、中段突き、で技有りや一本も取った事があるので、けっこう技もたくさん使える方だと思います。接近戦や押し合いもそんなに苦手意識はありませんし、延長戦も嫌だと思った事はありません。なのでけっこういろんなタイプの人を指導できると思います。
嫌いなトレーニングランキングを書こうと思います。私も嫌いなトレーニングがあります。1位は背筋です。背筋は、斜めになっている器具で行うバックエクステンションという種目を行います。その器具に身体を固定して10キロのダンベルを首に乗せて40〜30回を3セット行います。これが地味にメチャクチャキツイです。2位は首の後側のトレーニングです。15キロのプレートを頭に乗せて40〜30回を3セット行います。やり過ぎると吐き気がします。3位はくひの前側のトレーニングです。ベンチに寝て頭だけを出しておでこに15キロのプレートを乗せて65〜45回を3セット行います。これもメチャクチャキツイです。これが私の嫌いなトレーニングベスト3です。でも腹筋と背筋と首は身体の中心と頭と上半身と下半身を繋ぐとても大切な部位なので、絶対にサボらないようにしています。
野球部の試合に出る次男と一緒に仕事に出ました。少し先に出た次男のあとをついて行き、信号で止まっている次男を写真を撮り、追い抜く時に「頑張ってね!」と声をかけ、振り返って写真を撮りました。あとで写真を確認すると次男は私に手を振っていた事に気が付きました。とても嬉しかったです。本当に幸せだと思いました。次男はいつも私を幸せにしてくれます。
空手道と言う物を38年やって来て少し分かって来た事があります。私なんかは、まだまだ頂上には届いていませんが富士山で言えば7合目から8合目までは来ているような気もしています。それで思う事は打撃系の武道や格闘技ならば、流派が違っても、習う先生が違っても、どこの国でその格闘技が生まれたとしても、何十年も突き詰めて稽古して行けば頂上は同じになるのではないか?と思っています。そして最後は我流になるのだと思います。我流と言うのは、本当の言葉の意味は「師匠につかず、正式なやり方をとらないで、自分だけの勝手なやり方で行う方法」の事なのですが、その我流ではなく、先生や先人の教えを突き詰めて行けば、いつか先生の教えを超えて、自分に合うやり方を編み出します。その時に自分の流儀が出来ます。でも自分の流儀も、それをさらに突き詰めて行くと、皆が同じような場所に辿り着きます。私も他の流派の人な本を読んだり、他の格闘技の人の考えを聞く事がありますが、「あれっ!その考えけっこう自分が考えている事と近いんじゃないか?」と思う事があります。でもそれはけっこう歳を取った人だったりします。だからフィジカルで強い時期ではなく、自分が枯れて来た頃の技術なんじゃないかな?と思います。これから極真空手はどんどん良くなって行きます。なぜなら今の師範や先生と呼ばれている人は、昔の師範や先生と呼ばれていた人よりしっかりと稽古をしているからです。全員がそうではありませんし、すごい境地に達した尊敬している師範もたくさんいます。ですが極真空手の師範は現役を退くと稽古をしなくなる師範や先生が多かったと思います。なので教える事もフィジカル面で強くなることしか出来なかっのでは?と思います。現役時代はそんなに成績を残せていなくても、試合に出た事が無くても、何十年もしっかりと稽古している方はそれなりの境地に辿り着いています。私もその仲間に入れるように頑張りたいと思います。
昨日、書いた日記の内容に少し加筆したいと思います。心技体は、もともとは心気体だと思います。心と身体を繋ぐものが気と言う事です。本当にそうだと思います。心と言うのは、思う考える感じると言うメンタルの事です。体と言うのは柔軟性や筋力や持久力と言う肉体の持っているフィジカルやコンディションの事です。気と言うのは生きている力と言うか魂というか命と言うか生命力の事です。なので身体のコンディションをいつも整えておく必要があります。コンディションが整っていれば、心というメンタルも整っていきます。そうすると生命力も強くなっていきます。そしてその心気体の上に乗っかる物が技術です。いくら素晴らしい技術を知っていても、それを使える身体と勇気と闘魂がなければ技を使う事が出来ません。なのでいつも心気体を強くする事に努めた上で空手の技を稽古していかなければいけないと思います。
私が自主トレで突きや蹴りの稽古をする時に心がけている事は、脱力すること、呼吸と動作を合わせること、自分の技に意識を入れること、自分の技が決まる瞬間に身体の中に爆発が起きるイメージをすることです。力を抜く時も力を入れる時も呼吸が大切です。身体を脱力させる呼吸と身体の中で爆発を起こす呼吸と心を整える呼吸と心を燃やす呼吸があります。人の意識は呼吸でコントロール出来ようになると思います。最後的には自分が必死に動いている時には呼吸の事を考える事は出来ないので、何をしている時にもその時にあった呼吸を自然に出来るようにしなければ行けないのだと思います。技を出す時も倒そうと思わなくても倒そうとする呼吸と技を出す感じです。最終的には何も考えなくても何を思わなくても何を感じなくても自分の身体がオートマチックのように自然に動くようにしなければならないのだと思います。「武備志」に残る「拳法八句」の言葉を書いておきたいと思います。「人心同天地、血脈似日月、法剛柔呑吐、身随時應変、手逢空則入、碼進退離逢、眼要視四方、耳能聴八達」最初の三句は心の教えで、残りの五句は技と体の教えです。私は心技体ともう一つ気と言う物を大切にしています。心技体は心気体だと言う説もあります。心と身体を繋ぐものが気だと言う事です。私もそう思います。この心気技体のコンディションを常にバランスよく高め整えておく必要があると思います。
空手という物の38年やって見て、空手という技術を知って、空手という物の歴史や成り立ちを調べて見て、私が今感じている事は、空手の技術というものは、戦わないためのもの、自分の身を守る技術、自分を鍛える事で心と身体を律するもの、戦わない事で自分と相手の命を守るもの、最後の瞬間までそのように努めて行き、しかし最終的な場面では自分の命も相手の命も平等に見て、自分の命をためらいなくかけてそれまでの人生で学んだ事の全てを技に乗せて出すものだと思います。だからこそ礼儀正しく自分の心を律して、自分の身体をいつも鍛えて、自分の気を高めておかなければ行けないのだと思います。自分の身に付けた武道で自分の人生を輝かせ、自分と周りの人を幸せにし、人や社会の役に立ち感謝されるように心がけて生きて行く、そして自分の命の最後の場面では、自分の人生に悔いがないと言って、この世からされた時にその人は真の武道家だと言えるのだと思います。私もそこに辿り着きたいと思っています。
私は週に6回トレーニングをしていますが、トレーニングをする時に心がけている事があります。それは必ず前回のトレーニングメニューの重さや回数を上げる事です。例えば胸のトレーニングなら、チェストプレス、ペクトラルフライ、ディップス、ケーブルクロスオーバーをやります。その全ての種目で毎回、重さを上げたり回数を上げる事は出来ません。疲れている日は重さや回数が落ちてしまう日もあります。停滞する時期もあります。でも全ての種目で重さや回数を1回上げる事は可能です。なので必ずトレーニングの前に前々回、前回のトレーニングノートに書いてある記録を確認してからトレーニングするようにしています。そうやって一歩一歩前に進んで行きたいと思っています。
私の目指している強さとは、一体どう言う物なのか?具体的に書きたいと思います。以前は相手がどう攻撃してこようと全て弾き返して、相手の技に隙が出来たら、その瞬間に自分の得意な技を入れて一撃で倒すと言うのが理想でした。今は少し違います。今の私が理想にしている強さは、自分が動く中で相手にも自由に動かさせて、その中で自分が相手の動きをコントロールしていき最終的に相手の隙を生み出して参ったを言わせるような組手です。まだまだその境地には、程遠いのですが、だからこそ目指しがいがあると言うものです。なれるかなれないかは?辿り着けるか辿り着けないか?は問題ではありません。ただひたすらにそこを目指して努力精進して行くだけです。
kanno
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