昨日言っていた、嶽本野ばら氏の『カフェー小品集』。 お陰でどうやら嶽本野ばら氏に傾倒してしまったらしい。
昨日も書いたけれど、今までほんとーうに、私にとって嶽本野ばら氏は印象が良くなかったのだ。 別になにかきっかけがあった訳でもないのだけれど、名前と言い、その作品風景と言い(立ち読みのみの判断)、すごく嫌だった。 受け狙いだと思った。 だって、あまりにもすべてがわざとらしく感じられて。 もともと私の脳は天邪鬼にできているから、あまりに一貫しすぎて、ばんっ!!とあるステレオタイプにはまって綺麗過ぎる物には警戒心が働く。 「うさんくさい……」と、思っていた。実は。
けれど、興味は持ち続けていた。 いつかちゃんと読まなきゃな、とは思っていたのだ。その気にすぐはならなかっただけで。 だから、大学の本屋でこの『カフェー小品集』を見た時には、これなら欲しいと思った。悪いけれど、買いたいと思ったのは中身の所為ではない。その題材が私は好きだと思った。だから、これなら欲しい、と思った。 そこにあった本は扱いが乱暴だったのか、背が少し日に焼けて、カバーが擦り切れていたから、ちょっと迷ったけれど別の大きな本屋へ行くことにした。 正解だったと思う。
ピンクの表紙。細かな銀の模様。 ほんとうはピンクはそんなに好きじゃないけど、この本にはお似合いだ。
カフェーで生きていくかのような人たちの12のお話。 嶽本氏の文章は、スピードに任せて本を読む私の思考をゆっくりゆっくり止めて、むこうのペースに合わせてしまう。 ゆっくりゆっくりこっちをいざなって最後まで持っていく。 とてもうまいな、と思ってしまった。 どう考えても、私は嶽本氏に屈服してしまったらしい。
カフェーに棲息するということに私は憧れているけれど、いろいろな忙しさにかまけて大好きなひっそりしたカフェーをまだ、見つけられていない。 自分の生きたい生活を生きる事はほんとうはそんなに難しくない筈なのに、どうして難しいと感じてしまうのだろう。 と、自分を省みてちょっと切ない気持ちになってしまった。
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