2002年02月14日(木) |
ジェフリー・ディーヴァー「エンプティ・チェア」(文藝春秋)の冒頭を |
ジェフリー・ディーヴァー「エンプティ・チェア」(文藝春秋)の冒頭を読んでみた。 最近、知人の家族の死が続いている。しかも、この一年間はすべて父親である。このリンカーン・ライムシリーズ三作目の冒頭では、エド・シェーファー保安官補が容疑者を捜索中にスズメバチの大群の中に踏み込んであえない最期を遂げる。彼にも家族があり、彼自身(五十一才)父親だったのだろうかとつい思ってしまうほどだ。 彼は身を守るために必死に川に向かって疾走しているつもりだった。しかし、実際にはハチの毒がまわり、倒れて足をばたばたさせていただけだった。気がつくと死が目の前に来ていたのだ。 何か今のこの国に似ている。助かるつもりで小泉首相を支持していたのに、実は自らの首を自ら締めていたことにようやく気がつき始めた。しかし、目の前には死が・・・。 死を目の前にすると、今度はそれに気がつかないふりをするかもしれない。 「エンプティ・チェア」の方はこの後の展開に期待できる。 後藤正治「スカウト」は、第一章の始めの方。木庭教の生い立ちが語られる。 小松左京「さよならジュピター」(ハルキ文庫)をなぜか引っ張り出して、序章 火星の部分を少し読む。振り返ると小松左京の長編には軽い偏見がある。短編ほど優れていない、と。だから読み残しがかなりある。そのブランクも埋めていきたい、と突然思ったのかもしれない。
2002年02月13日(水) |
後藤正治「スカウト」(講談社文庫)をようよう読み始め、 |
後藤正治「スカウト」(講談社文庫)をようよう読み始め、30ページまで進。 筆者とスカウトの木庭教(きにわさとし)が一緒に高校野球の試合を見る場面から始まる。高校野球のことやスカウトの仕事のことを具体的に触れながら、徐々に木庭教本人の人間像に迫っていく感じである。 1ページに必ずこちらの興味や関心を引く話題や挿話、文章がある。今日は30ページで読むのを中断したが、これは面白くなるという期待・予感は強い。 単行本自体は1998年に刊行されていて既に評価は高いはずである。 今日は他に、五條瑛の「プラチナ・ビーズ」(集英社)、デニス・レヘイン「スコッチに涙を託して」(角川文庫)も覗いてみた。前者は三人称の堂々たる開幕で奥行きのある物語を予感させ、後者は主人公と思しき語り手の一人称で洒落てはいるが、ややこしい展開の探偵物語を想像させた。 やはりこれでは一冊の本を読み終えるのは難しい。
2002年02月12日(火) |
小林信彦「オヨヨ島の冒険」(角川文庫1974.9.30)を読み終える。 |
小林信彦「オヨヨ島の冒険」(角川文庫1974.9.30)を読み終える。表紙の絵と本文中のイラストは小林泰彦で巻末の解説は石川喬司という豪華さ。イラストは18枚もある。 絵に描いたようなご都合主義の展開と人を食った小道具やギャグの連発で一気に読ませる力を持っている(自分が一気に読めなかったのは事情がある)。 「人類は、むかしから、パイを手でぶつけ合ってきた。あのパイ投げを、予は、さらに近代化する方法を夢みてきた。」(180ページ) このオヨヨ大統領の言葉はマルクス兄弟からの引用なのだろうか。 読むべき人が読めば、いわゆる「原典」がいっぱいあるような気がするのは、気のせいか。 オヨヨ大統領に気を取られて、後藤正治の本が後回しになった。五條瑛の本と「エンプティ・チェア」も同様だ。佐野眞一も、芦辺拓も、いぬいとみこも、上野瞭も、と挙げるときりがない。 一番読みたい本を後へ後へ回して、結局読めず仕舞いであの世へ持っていくのだろうか。
2002年02月11日(月) |
「オヨヨ島の冒険」は冒険スパイ小説だった。 |
「オヨヨ島の冒険」は冒険スパイ小説だった。ただし、今となっては古風な、しかしエレガントなそよかぜのような物語。かつてテレビで人気を博した「ナポレオン・ソロ」シリーズやロバート・ワグナーのシリーズものを連想した。日本ものでは「スパイ・キャッチャー」シリーズ。 主人公である女の子ルミが一端は誘拐されたが、すったもんだの末に無事逃げ帰ることができたと安心した途端、今度はその父親が行方不明になる。今度も誘拐らしいと、死んだことになっていたが実は孤島で生きているという祖父に助けを求めるべく一同はルミを先頭に出発するが・・・。 という具合に話の展開は早く、気がつくと原爆が話題の中心にあり、世界征服を企てる国際的陰謀団が登場してきて、いよいよ古風な雰囲気が増してくる。 冒険物のエッセンスのような、楽しい作品である。 これが角川文庫で出たのは昭和49年(1974年)で、最初に朝日ソノラマから出たのが1970年、今から32年前のことになる。 小林信彦氏のフアンでありながら、軽んじてまったく読んでいなかった。読もうともしていなかった。ここに深く深く(同じ言葉を繰り返すと嘘と思われるが)深く反省する。 こんなに反省しても163ページまでしか読んでいない。まだ読み終わっていないのでした。反省。 それにしても文春の連載エッセイの去年分はどうしていまだに出版されないのでしょうか。何か出版社的理由・事情があるのだろうか。
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