読書日記

2002年04月11日(木) 永井龍男「蜜柑」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。

永井龍男「蜜柑」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。
これは不倫の男女の話。妻子持ちの中年男と十五歳年下で三十歳のバツイチの女が二人の関係を清算し別れることを決めて乗ったタクシーでの帰り道に、行く先を尋ねる黒人米兵が現れたり、運転手から黒人兵と日本女性の愛の物語を聞かされたり、道いっぱいにまかれた蜜柑に進行を遮られたりする話である。
別れを決意した二人が何事もなく帰還すれば、この後何事も起こらないことを確信できたが、この終わり方は余韻を引く。
所々で艶かしい文章があるせいか、男の再度の決意にも関わらず・・・という終わり方である。
ここまでいくつか永井龍男の短篇を読んできて流石と感じるのは、出だしと最後の文章の印象の強さである。もちろんその間もいいのだが、最初と最後がもっともうまい。
達人の手を感じた。



2002年04月10日(水) 永井龍男「私の眼」「快晴」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。

永井龍男「私の眼」「快晴」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。
「私の眼」は、ほとんど関わりのない通夜に真顔でやって来た男がある種の狂人だったという話。語り手がこの男であるところが怖い。始めはただの一人称の話と思って語り手の調子に合わせていると徐々に異次元の世界に引きずり込まれていくのだ。
SFやホラーを読むつもりでいればまた別の興趣も湧くがこれは不意打ちである。
奇妙な味わいを持つ作品。
「快晴」は、「私の眼」の続編で、こちらは三人称。告別式から骨上げまでの様子を描いている。世話係の者たちに通夜に現れた狂人の噂話をさせることで「私の眼」という話の解説としている。
十四、五人の中にたった一人だけ狂人が混じっている。ありえない事ではない怖さである。
最も怖いのは、けだるそうに寝そべっている赤犬の脇から男がゆっくり立ち上がる場面だった。
日本のモダン・ホラーといっても全然おかしくないできである。
「付け足し」
「青梅雨」の「太田と」なのか「太田さんと」なのかについて。
その後、小学館の「昭和日本文学全集」に当たってみた。なんと、こちらは「太田と」であった。新潮文庫が間違いとは言えなくなった。
定本はないのか。二種類あることになってしまう。



2002年04月09日(火) 永井龍男「電報」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。

永井龍男「電報」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。
これは家族を持とうとしない男の話。三十五、六歳の働き盛りの男が列車内で五年前に別れた女を目撃する。女は男の連れがいて二人は途中の熱海で下車する。
その直後、女に電報が届いている旨の車内放送が入る。女が階段を降りていくのを見ていた男は自分は知り合いだから電報の内容を女のところへ打ち直してもよいと申し出る。
そして見せられた電文は男の詮索心を満足させるものでは全くなかった。
むしろすべてを知っている者にからかわれたような気がする男だった。
十ページ程度の小品で、見事にオチのつく小気味よい作品である。
短い作品しか読めない日が続く。
味わいの深い作品があって良かった。



2002年04月08日(月) 永井龍男「枯芝」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。

 永井龍男「枯芝」(新潮文庫「青梅雨」1969/05/15発行2002/06/20改版所収)を読む。
これもまた家族の話で、中年の夫と二十代の若い妻のほのぼのとした家庭生活を描いたものかと錯覚するような始まり方が徐々に崩れていき、実は夫の方が年上の妻と離婚したばかりでその離婚の原因ともなった愛人を妻に迎えていたのだということが分かる。
そんな二人のやりとりが続いて、妻の若さが強調される。
都会から離れて仕事をしようとしてなかなか集中しきれない夫と時間を持て余す若い妻の艶かしい悪ふざけを覗き見していた御用聞きの少年が、その雰囲気に誘われようにして再び覗き見にやって来る。これが最後の場面になるのだが、少年は信じられない光景を見ておかしな気持ちになって変な空想に落ち込んでいくのである。
洋室でケント紙に向かって製図している男の姿を見た直後に庭で寝そべっている同じ男を見てしまったのである。ほとんど同時に別々の場所にいる同一人物を目撃したことになり、少年はとりあえず、
「なあに、あしたの朝になればなんだって分かるさ」
と思って深刻さを受け流そうとするのだが、より深みにはまっていく。
「狐」と同じように「この後どうなるのか」や「これはどういうことか」についての答えはないので、こちらで勝手に考えるしかない。
この話もホラー小説といえなくもない怖さを持っていた。
短篇小説の名手という評判は嘘ではない。驚くべき腕前の作家であった。


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