☆言えない罠んにも☆
モクジックス
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ごくたまにだが、彼女のほうからメールがくることもあった。
Date:Oct,15 Title:None From:Catherine
”ひまひまー あそんでー”
Date:Oct,15 Title:None To:Catherine
”よし、なにしよう?”
Date:Oct,15 Title:None From:Catherine
”えっとねえ、しりとり”
Date:Oct,15 Title:None To:Catherine
”しりとりかあ”
Date:Oct,15 Title:None From:Catherine
”雨ー”
Date:Oct,15 Title:None To:Catherine
”め?メイド服”
Date:Oct,15 Title:None From:Catherine ”曇り空”
Date:Oct,15 Title:None To:Catherine ”ら、ラジオトープ”
Date:Oct,15 Title:None From:Catherine
”プリン”
”プリンじゃ終わっちゃうよ?”
”プリン食べたい”
”こんど食べようね”
”いま”
”もう12時だよ?太っちゃうよ?”
”いま、朝だもん”
”もう寝ようか”
”プリンたべたい”
”こんどいっぱいもって行くよ”
”ばーか。だいきらい”
”寝ておちつこう~”
そこで、返信はこなくなる。 彼女からメールが来るときはだいたい、こんなかんじだ。 ぼくは、彼女からのメールがまたくるように祈る。
そして、ネットでプリンの通信販売のサイトを探し、 彼女宛に10個入りの箱を5ケース、注文する。
彼女がプリンを食べたいわけじゃないってことは、ぼくでもわかるよ。 でも、ほかに、方法が、わからないんだ。 難しいんだよ。 愛情を示す方法ってさ。
ーーーーーーーーーーーーーーー 貧乏な画家が、バレエダンサーに恋をした。 舞台を遠くから一瞬見ただけで、彼女以外のなにも考えられなくなってしまった。 画家は、自分の絵と家財道具をすべて売り払って、 知り合いすべてに借金をして、ダンサーの誕生日に百万本の薔薇を贈った。
ダンサーは、その薔薇を金持ちの道楽だと思った。 見る前に捨ててしまった。
画家は困窮して死んでしまった。
フランスのシャンソンの歌詞だ。 画家がかわいそう?そうかな。単なるナルシストだよ。 せめて毎日1本ずつ贈ればよかったのに。 親愛さは接触回数と正比例する。
ただし、一定量まではね。
冬が始まったからかもしれない。 うす曇の日が増えた。 町はクリスマスソングばかり。 ばかでかい飾り付けが始まる。 ネットワーク障害が増える。(12月と2月に増えるのはきっと、ごちゃごちゃした飾り付けに関係あると思う) ランチのデリバリーが遅くなる。 実家から、正月には帰ってくるのかと手紙がくる。
クレジットカードが嫌いなのは、ダイレクトメールが来るせいだ。 この時期は、毎日毎日集中攻撃ともいうべき枚数だ。 現金決済が拒まれない日本が懐かしい。
オモチャ広告の多色使いもやる気を萎えさせる。 Saveとかいう字は呪われてしかるべきだ。
町だけじゃなく、オフィスまで汚染は進んでいる。 同僚は朝からネットで妻宛のプレゼントを選んでいるし、 郵便係の女の子はサンタ服でクリスマスパーティのチラシを配っていた。 ぼくのデスクの脇にあった観葉植物は、ごてごてしたベルやリボンを巻きつけられた。
街の喧騒に我慢ができなくなったころ、ぼくは頭痛を患って2日休んだ。 ちょうど、クライエントがクリスマス休暇に入る日だった。
クリスマスのクの字も入ってないようなヘビィなミュージックをヘッドフォンで聴いた。
道は目の前にある。 道はいつだってある。 手をのばすだけでいいんだ。 いつだって手に入るさ。
部屋は落ち着く。 少なくとも、赤や緑はない。 グレイのカーテン、ガラスのデスク、黒のマシン、ピアノ、ベージュのリネン。
本棚がすこし色にあふれて来た。スキャンして捨てよう。
つやが消えたシルバーのケータイ。 浮かぶブルーの文字。
同僚から。 ネットワークの仕事はやっておくから、ゆっくり休めだって。 彼女に振られたんだな.
母親から。 ネットで注文したシャンパンのセットがとどいたらしい。 過分なプレゼントに驚いていますって、値段調べたのか。
そして。
”げんきー?”
元気じゃないときほど、この、ありふれた挨拶というのは心に突き刺さる。 「元気じゃないんだ。鬱か、ホームシックか、ありふれた罠にひっかかっちゃったんだ。 元気じゃないんだ。」
涙が出た。 これはもう、ほんとうに、明日にでも、カウンセラのとこに行かないといけないな。
返信画面になったら、何を書くかふっとんだらしい。
”帰るんだ。明日帰るよ。”
3時間くらい、床で寝ていたらしい。 ケータイは左手の近くに落ちていて、頬では涙が伝った後がカピカピになっていた。
のっそり起き上がって、マシンの電源を入れる。 ヒゥィーン。静かに立ち上がるマシン。冷たく輝くディスプレイ。
やっぱり、クリスマスは嫌いだ。 ディスカウントなら3回往復できる金額でエコノミィを予約して、コートを着た。 冬服、いらないっていったの、誰だ?
TAXIに乗らなくていいのにほっとした。地下鉄は比較的通常の姿を留めていた。
空港は、幼稚園みたいだった。サンタにトナカイに 巨大なクリスマスツリー。 困惑しているビジネスマンは皆専用ロビーにいた。 静けさに20ドル払うのはけして高くない。 もっと賢いのはこの時期空港を使わないことだろう。
ただ、ぼくはもう、それほど苛立ってはいなかった。 スターバクスのコーヒーのおかげか、成田行きのチケットのおかげか。 飛行機が吸い込まれる雲の先を見つめていた。 テラスに出た。 息は白くなってすぐに消えた。
”10年に一度の大寒波らしー。”
行くときすれ違ったピザガールはノースリーブにマフラーをしていた。
ヘッドフォンのボリュームを上げた。 心地よい眠りがきた。
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