Sun Set Days
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2001年09月07日(金) T字路、AM0:00、ガードレール

 昔、事故を目撃したことがある。
 それは社会人一年目の6月か7月のことで、休日の前日の夜に、僕は買ったばかりの車で実家の札幌まで帰る計画を立てた。車を手に入れたばかりで長距離を乗ってみたいという気持ちを抑えつけられなかったことと、突然帰ったら家族が驚くだろうなというのもあった(サプライズが好きなのだ)。
 北海道道路地図というような本はすでに用意していて、夕食をとって、夜9時過ぎにいよいよ出発することにした。夜の空いた道路状況なら、5時間くらいで函館から札幌まで行くことができるかもしれない。
 そう思った。
 途中、地方都市の国道沿いにTSUTAYAがあって、そこでCDを1枚買った。いまでも覚えている。その年に発売された川本真琴の1stアルバムだ。なんでもよかったのだけれど、ドライブにはテンポのよい曲がいいなと思ったのだった。
 そして、僕は買ったばかりのCD(新鮮)を聴きながら、車を走らせた。
 ほとんどはじめての長距離はもちろん緊張があったのだけれど、それでもすぐに慣れてしまった。僕はほとんど混んでなくてスムーズな道路を走りながら、感傷的な気分になったりしていた。夜の地方の道路はどうしたって感傷的だ。流れていく電灯の明かりも、暗く続く山々の稜線も、あるいは忘れられたような明かりを消した町並みも、すべてがまるで遠い過去の記憶のように遠ざかっていく。ふと気がつくとついついスピードが出てしまって、ゆっくりとアクセルをゆるめることの繰り返し。
 幾つものカーブを越えて、長い長い直線を過ぎて、何度か大きな橋を渡った。橋を渡るたびに、どんどん出発地から遠ざかっていくのだなと思っていた。
 そして、気がつくとすでに0時を回っていた。
 基本的には道路標識通りに進んでいて、そのとき僕はある信号で停まっていた。
 名前は聞いたことのあるちいさな町の、随分と静かな国道沿いだった。
 そこはT字路になっていて、僕はちょうどTの字の右側の方から下の方に向かうところで、左ウィンカーを出して待っていた。
 さすがに少し眠たくなっていた。
 信号は随分と長い時間変わらないように思えた。オレンジ色の電灯が遠くまで続いている。
 そして、そのときに僕の目の前を左側から猛スピードで走ってきた車が、そのまま右側のガードレールに突撃したのだ。
 一瞬の光景だった。
 何が起こったのかがよくわからなかった。
 車はちょうどTの字の下の方から付け根のところに向かって突っ込んでいったのだ。そこには白いガードレールがあって、いまではそれがいびつにひしゃげている。
 それから車の扉が開くと、若い男女が何人か車から外に出てきた。
 まるでぐるぐる目が回っている人のように落ち着かない足取りで、みんなばたばたとすぐに地面に膝をついてしまう。
 車からは煙が上がっている。
 僕は車をそのまま道路脇に止めて、車から出た。
 周囲のドライバーたちも同じように車から出ている。
「大丈夫か?」
 誰かがそう声をかけている。若者たちは答えない。酔っ払っているみたいだった。
「すげえな」
 僕の車のすぐ後ろにいたトラックの運転手も車を降りてきていた。腕を組んで、ひしゃげた車の方を見ている。
「すごいですよね」
 僕はそう答える。目の前で事故なんて初めて見たし、自分自身は車に乗り始めたばかりだったから、この便利な乗り物の鋭利な面をまざまざと見せつけられたような気がした。鼓動が早くなっていた。
「ちょうど、このすぐ先に警察があるんだ」
 トラックの運転手がそう言って、僕らは一緒に彼が指差した派出所の建物まで小走りで近づいていった。派出所は本当に、すぐ近くに見えていた。目と鼻の先。
 その明かりのついた小さな建物には警察官の姿はなくって、最寄の警察署への直通電話が置いてあった。
 僕らは電話で事故があったことを伝えた。ちょうど派出所の警官はパトロールに出ているところで、すぐに事故現場にまでやってきた。
 僕らを含めて道路脇には6台くらいの車が停まっていて、それぞれの車のドライバーが車の外で若者たちの様子を見ていた。
 事故現場に戻ると、どうやら(奇跡的に)怪我人が出ていないこと、みんなかろうじて、なんとか無事であることを同じく見物人のドライバーが話してくれた。警察官が僕らの下にもやってきて、状況検分のようなことを行った。僕は聞かれるままのことを答える。警察官は他のドライバーのところに行く。
 車の中には5人か6人の男女が乗っていた。まだ若い、おそらくは未成年も混じっているような集団。近くの町で泥酔していたらしい。言い逃れなんかできないほどの酔払い運転だ。それ以上詳しいことはわからなかった。そして、それ以上そこにいる理由も必要もなかった。一緒に派出所に行ったトラックの運転手と二言三言言葉を交わしてから、僕は道路脇に停めていた車に乗り込んで、路肩から車線に戻るためにゆっくりとハンドルを切る。
 そして、ぶつかった車が走ってきた方向に向かってウィンカーを出した。信号が変わる。窓越しにひしゃげている車を見ながらゆっくりと左折する。道路はすぐになだらかな坂道になる。まだ札幌までは2時間ほどかかるはずだ。
 ハンドルを握りながら、気をつけて運転しよう、と改めて思った。
 事故なんて全国で幾つも起こっている。
 けれども、問題なのは全体の数じゃなくて、それぞれの事故のことだ。
 それぞれの事故の細部と、そこに横たわる偶発性や暴力性や悲惨さだ。
 常にそういうふうに意識することは難しいにしても、全体の数だけで納得してしまうのは、ときに随分と乱暴なことだと思う。


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