鵰日記
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お互い様なんですよね。
というか、なにをおっしゃいます、困った時はお互い様ですよ、とかっこよく 援助できる心もちでありたいものですが。なかなか。
初孫に生まれたい。
予約した歯医者さんに行きました。
眼鏡もかけないで。
今まで麻酔なんか平気だったのに、麻酔すると言われたら体が起き上がってしまう。
レントゲンだけ撮ってまた来週に持ち越しました。
血圧の薬を飲んできてくださいということでした。
まだ飲んでないなあ。
会ったとき旧交を温めたかったけどこんな生ぬるい私ではだめか。死なないで
お元気で。
なんだかなあ。結局なるようにしかならないのだ。
ぼけることもある。
衝突を回避したいし。
なにかが抜けている。間抜け?
おかあさん。私を迎えにきて。
おかあさん、いないのか。
お前がおかあさんなんだ、と彼は言った。
だから?
だから?
何なの?
子供はここで眠っている。
犬ももそもそ動くけど。
あなたと会話を続けたいのに。
せっかく答えてくれたから。
ようこそお越しくださいました。
お前がおかあさんなんだ、と言った人が、ようこそお越しくださいました、と返事をする。
いろいろな原因要因があるんだろうけど、駄目なものは駄目なのか。
離れていてもメッセージが届くインターネット。
電話もそうね。
あなたは私に死んではいかんとおっしゃったけど。
私と気が付かずに返事をしたの?知っていて返事をしたの?
友達の妹を嫌だと言ったら角がたつ、どうせ相手がOKするわけないからよしもらったと答えた、と言った人が、友達はいません、と言った後で、友人の書いた本をアップする。
ああわからない疲れてきた。
あなたもわからないのね、疲れて死にそうな病気になった。私もだ。
ここに眠っている子供はあなたの子供ではないし。
あなたの責任の子はあなたの手を離れたのだから。
私は気が違っているのだろうか?
仲が良かった私たちを引き裂いた人は責任を取らない。
私たちよりずっと年配の人だった。
神様、神様はどうしてこんな仕打ちをなさるのですか?
イエス様は平和のためにこの世にきたのではないとおっしゃった。
親を捨てて自分についてくるのでなければ私にふさわしくないとおっしゃった。
私も親の元を離れてあなたの元に嫁いだ。
帰るところはない。私は不良品だったの?猫に引っ掻かれた傷が問題だったの?
不良品だから子供だけ引き取って返品したの?
違う。あなたにもわからないから人の助言を求めた。客観的にはなれないから。でもできる限りのことはしたよね?
改善は困難か。
日韓関係の改善が困難なことと、子供の父親との関係の改善が困難なことと、 何か関係がある?
彼は韓国の女性に魅力を感じたというようなことを語ったことがあるけれど。
それで私は怒らなかった。
心は縛れないからな、と彼は、あなたは言った。
まだ独身だったころ。
縁あってしばらく一緒に暮らした人。私の生んだ子供を育ててくれた人。 生みの親より育ての親ですよね。
愛は煩悩かもしれません。
煩悩でも構わない。
大きな悲しみが倦むことなく常に私たちを照らしているから?あなたを照らしているから?
我を照らしているから?
煩いから?
娘の父親がブログで私の小さい頃兄たちが介抱して飼うことになった犬の写真を見たいと機嫌よく言って私のコメントを公開してくれたので、見せたいと思って探しているうちに、彼が高校生の頃に美味しそうにアイスクリームに食いついているペコちゃんのように愛らしい笑顔の写真やら、娘の高校生の頃の写真やら、小さい頃の写真、今は亡き人々やお世話になりっぱなしの方々、はたまた今の夫や息子の成長の写真やら父や母の表情、自分自身の今までのことが走馬灯のように思い出される。
二十歳過ぎだという若者に自分の魅力のことなんかで悩むな、とメールしようとしたが、ポイントとやらが不足しているとかで送信できなかった。
祭の屋台の焼きそばに、マヨネーズはありかなしかというご質問。私はあり。
でも、醤油ソース鰹節紅ショウガくらいの方が無難かな。キャベツ豚肉。 塩コショウの焼きそばというのもありと思う。
わたしにとって八月六日というのは、娘の父親と兄が私に結婚について打診してきた日です。私はどうしてあの二十歳過ぎの夏、卒業間近の夏、まだ結婚など考えていないと断らなかったのでしょう?
その日の前、塾の先生からもお見合いの話があって、会ってみようかと思っていたのですが、娘の父親に会ってからそちらの方はお断りに参りました。
娘の父親を初めてみたのは私が中学生の頃ですが、その頃はただ兄の友人として見かけただけです。
娘の父親は、兄の結婚式の司会を引き受けてくれました。
兄の結婚式の前日だったか、娘の父親は私の実家に泊って結婚式の式次第のことなどについて、また自分が家庭教師をしている少年の抱えている問題などについて話したりしていました。
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犬は子供と元気でしたが、朝顔などの水やり頼んでなかった。朝顔は持ちこたえていますが、南瓜はしょげている。
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どこに子供をエリートにするために育てている親があるものか。あれはきっと子供を育てたことがない人の記事だろうな。
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南瓜の葉も今朝水をやったらまた元気になった。
水槽の水もだいぶ蒸発していた。
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心臓の鼓動が今飛んだ。
薬持って出なかったしな。 でも、もうおむつなしでも大丈夫だ。
娘のひいおばあちゃまが山蕗の筋を炎天下の中で取っていた姿を思い出す。 手指が真っ黒になりますね。
まだ生きているのに生きているうちに会えないのか。
結婚なんて大嫌いだ。
横浜の主人の単身赴任先の部屋にいます。
金曜の晩は一泊池袋の叔父叔母のところに泊めてもらって。
高速バスの中でトイレ休憩までおもらししませんようにしませんようにっていっしんに祈ったりしていました。
果たしてトイレまで2時間程は祈りで凌ぎました。
それにしても今日は亡父が娘の祖父に「お詫びの言葉もありません」と言ったことを思い出しました。
テレビにうつされるような結婚式では、今まで育ててくれて有難うございました、私幸せになります、といったような言葉を両親に贈った、そういうものを見たことがありますが、私自身は両親にそういう言葉を口にしたことはありません。
久しぶりに会った主人の姿を見て。車寅次郎の子分かなという感じがしました。
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