水野の図書室
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2001年12月15日(土) 乃南アサ著『忘れ物』

小説を読み終えた時、「驚いた」という思いが飛び出すことがあります。
わたしのこの「驚いた」には二種類あって、どういう発想からこんなストーリー
を考えだしたのだろうかという驚きと、小説にはこんな書き方があるのかという
驚きのふたつです。ストーリーで驚くより、書き方で驚く方が衝撃が大きく、
作家の名前も忘れられないものになります。

最近では、乙一著『夏と花火と私の死体』に驚きました。
すでに読まれた方ならおわかりかと思いますが、この作品は、殺された「わたし」
の一人称によって、物語はすすんでいきます。冒頭部で死体になった9歳の女の子
が自分の死体がどこに運ばれ、どんな状態なのかを実況するかのような書き方は
この作品を強く記憶に刻みました。'96年ジャンプ小説・ノンフィクション大賞
の大賞受賞作です。

そして、今日再び、驚く作品と出会いました。乃南アサ著『家族趣味』から『忘れ
物』です。解説で、柴門ふみさんが、「悔しいと唸らざるを得なかった。小説とは
こんな技をきかすことができる表現形式なのかと羨ましくなった。とにかく見事で
ある」、と絶賛しているように、短編ながらもラストの大ドンデン返しに声もでま
せんでした。

ストーリーは、極めてわかりやすい社内恋愛ものです。
美希の上司、本橋課長は仕事もできて人望もあります。課長に憧れる美希は
頼まれるより先に、自分から課長のためにコーヒーを入れに立つことが楽しい
くらいです。「課長の今日のスーツ、素敵ね」なんて、女子社員にささやかれる
本橋課長。嫌みにならない程度のほめ方、心に傷を残さない程度の叱り方を心得て
いて、話し方は爽やかで歯切れよく、微かな香りを漂わせ、細かな気配りを決して
忘れません・・

いいですね〜こんな素敵な上司!僕のことかな?なんて、思ってますか?笑

この課長、接待では、いくら飲んでも決して乱れず、座は盛り上げても下品
にならず・・って、すごいですね〜他の課の人から、自分の上司の良い評判を
聞くのは悪い気はしません。わかりますわかります。

ある日、異動で若い男性社員がニューヨーク支社からやって来ます。
坂口隆弘、30歳すぎで独身です。途端に女子社員の視線は坂口に向けられ、
美希も坂口が気になります。美希がひとりで残業しているときに坂口が
書類を取りに戻り、それがきっかけで、ふたりは密かにつきあうようになり・・
(こういう設定、安易で好きじゃないのですが・・)

課長と美希の間の空気が少しずつ変化を見せ始め、事件は会議の時に・・

この物語はドラマ化はできません。漫画にもできません。
なぜかは、あまりに大技がきいた小説だからです。

乃南アサ著『家族趣味』(新潮文庫)に収録の『忘れ物』は54ページ。
ラストに、おお!!も わお!!も忘れてポカンとした20分。
小説でしか、この物語を楽しむことはできません・・

乃南アサ作品、面白いのに、世間では地味な存在のような・・
宮部みゆきさんにライトあたりすぎではないでしょうか。
もちろん、宮部作品は素晴らしいですが。








水野はるか |MAIL
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