【三志塾】 塾長yoneの授業日記

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2005年10月13日(木) なぜ勉強するのか

今日は、中1と中2の授業だった。
中間テストが近いというのに生徒たちにテスト前の緊張感がない。
やや無気力といった感じが漂っている。
つまり、学習に対する「やる気」が感じられないのだ。

こんな時、いつも私は生徒たちに尋ねることがある。
それは「君たちはなぜ勉強しているの?」ということだ。
勉強する目的を尋ねることにしている。

少しおかしな言い方だが、
この質問をする時、私は生徒たちの答えには期待していない。
たぶんいつも通りのありきたりの答えが返ってくると思っているからだ。

例えば・・・
「テストでいい点数を取るため」とか
「いい高校に入るため」など・・・。

私はそんな答えで「そうだね」などと納得しない。
そう答えた生徒には、

「それでは、君はなぜテストでいい点数を取りたいの?」
「なぜ、いい高校に入りたいの?」

と、また尋ね返す。

そうやって生徒が何か答えると、
必ず「じゃぁ、君はなぜそうなるようにしたいの?」と繰り返し尋ねる。

そうしているうちに生徒は、必ず次のようなことを言ってくる。

例えば・・・
(Ⅰ)「将来、自分の望む仕事に就けるようになるため」
  「お金を稼いで楽に生活が送れるようにするため」
  「自分の夢を実現させるため」(←ちょっと抽象的だが)

(Ⅱ)「何か社会のために役立つものを発明するため」

(Ⅱ)のような答えを言う生徒は、なぜ勉強するのかの答えは目の前にある。
(Ⅰ)のような答えを言う生徒も、もうすぐ答えが出る。

(Ⅰ)は自分の幸せを、
(Ⅱ)は他人や社会の幸せを勉強の目的にしている。
どちらも「幸せになる」ということが共通事項だ。

そう、学ぶ・勉強する目的とは、

「幸せになる」ことにある。

しかも自分だけの幸せのためだけでなく、
自分に関わる人々の幸せのためにも。

たくさんのことを学べば学ぶほど、その人は「幸せ」になれる。
自分が「幸せ」になれば、それを他人や社会に還元していける。
そうすればみんなが「幸せ」になっていく。

つまり、「幸せ」のおすそ分け。

様々な分野を広い視野を持って学んだ人ほど、
その場に適した臨機応変なものの見方・考え方ができる。
そして、自分と自分が生きる社会が、
争いごとなく平和で、豊かで、幸せであるためには
どうすればよいのかを考えることができる。

小・中学校の勉強は、そんな「幸せ」の基礎作り。

そして、親や先生がよく口にする、
「しっかり勉強しなさい」という言葉は、
「しっかり幸せをつかみなさい」という愛情たっぷりのメッセージ。

「勉強しなさい」=「幸せになりなさい」

だから、「勉強しなさい」と言われたら喜ばなければならない。

私は、子どもたちに「幸せ」になってほしい。
そして、その「幸せ」を他人や社会におすそ分けできる人になってほしい。

だから、私は子どもたちに言い続ける・・・
「しっかり勉強しなさい!」と。


過去の今日・・・
2004年10月13日(水) 寝不足



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