ムッキーの初老日記
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どうも。オッサン君です。ちょっと聞いて下さい。
うちのかみさん、なんかいっつも髪型が変なんですよ。 いや、モヒカンに刈ってるとか、 大銀杏を結ってるとかじゃないんですけどね なんか、こう・・・。
昔、ロングにしてた頃は、前髪が異常に短くてね・・・
 こんな感じで、眉毛の上どころか 額が半分以上出てましてね。 ええ、鳳啓介、ぽてちんって感じで。
初めは 「ああ、美容室で切られ過ぎたんだな」と思って 「失敗されたんだね」って言ったんですがね かみさん、真面目な顔で
「え?なんで?」
って聞くもんで『わざとか!』って気付いたんですよ。 わざとなんですよね。
目に入ると気持ち悪い!とか言ってましたけど あんなに切らなくても目には入らないと思うんですがね。 まあかみさんはかみさんなりの、こだわりがあったんでしょうけどね。
最近はショートですが なんだかグルグルねじってあるパーマがかかってましてね。
 すごく時間が掛かるパーマだって言ってましたけど 名前は忘れました。
例えて言うなら、最近の「山崎邦正」・・・? ええ、昨日TV出てましたけど、あんな感じですよ。 起き抜けは特にね。 極楽の山本君も、あんな感じの時があったなあ。
どっちにしろ男なんですがね。(゚- ゚ )・・・
これも初め見たとき失敗かと思って 同情して「かかりすぎちゃったね」って言ったら
「え?なんで?」
って怪訝そうな顔してましたから
『わざとか!』と、また気付いたわけですよ。 自分では相当気に入ってて、最近パーマが取れて来て
「そろそろまた掛けて来なくちゃ。」って言うもんで
「今くらいがちょうといいんじゃないか?」と、やんわり言ったんですが
「地味でイヤだ」そうですよ。はい。
普通にセミロングのストレートとか 女らしい髪型じゃダメなんでしょうかね? 誰か言ってやって下さいよ。俺が何か言うと
「じゃあオッサン君、今あえてベッカムヘアーにしてよ。 私オッサン君のベッカムヘアーが見たいわーん♪
それが出来たら、私もセミロングのストレートにしてやるよ。へへへ」
小憎らしいでしょ。 お宅の奥さんもこんなですか?
| 2003年01月30日(木) |
【金八先生】加藤優とその母親 |
昨日の「金八先生part2」、【卒業前の暴力 後編】には やっぱり泣いた。何度見ても号泣だ。
特に、放送室に立て篭もってから、ラストシーンまでは 本当に緊迫した迫真の演技が続く。
放送室で加藤優が絶叫する。
「母ちゃんに謝れー!」
ここでは、スピーカーから加藤優の声が聞こえるだけで 彼の顔は一切写らない。 だが、まるで絶叫する加藤優の涙の色まで 透けて見えるようなシーンだった。
苦労して自分を育ててくれている母を 馬鹿にして蔑んだ教師に対する、怒りや憎しみ。 そして、幸薄い母に対する慕情。 そんなものが、全部集約されたような 胸が締め付けられるような絶叫だった。
校長に謝らせ、放送室を出た加藤優たちは 全員警察につかまり、手錠をかけられ護送車に乗せられる。 走り去る護送車の後ろを 加藤優の母がいつまでも追いかけてくる。
このシーンはすべてスローモーションで バックには中島みゆきの「世情」が流れる。 ドラマ史上に残ると言われる名シーンだ。
事実、私もこのシーンはずっと忘れられない。 だんだん遠ざかる護送車、中には手錠をかけられた息子。 追いつかないとわかっていても、母は追いかける。 バッグを落としても、靴が脱げても。
思い出しただけで泣ける。
小4から高校中ごろまでの私の家にも 思い出したくないけど、あまりいいことが無かった。 親戚や、知り合いのおばちゃんや、母までもが今でも言う。
「あんた、ホントによくグレなかった」と。
今振り返ると、もうあんな思いはしたくないし グレたほうがどんなにか楽だったろう。 でも、そう思う時、いつも母のことが浮かんだ。 母を悲しませてはいかんという思いが、いつもあった。
そしてあの加藤優と母のシーンを見てからは いつもあのシーンを思い出した。 加藤優のお母さんのような思いを、母にさせてはいけない。
少なくとも、一人の人間があのドラマのお蔭で 道を踏み外さずに済んだ。 母親を悲しませずに済んだ。
やっぱり名作なんだと思う。
先日「解決!クスリになるTV」に、新田純一が出ていた。 ゲストではなく、チャレンジャーとして。
元アイドル・新田純一の肉体改造計画!
新田純一。39歳。1982年「Hop Step 愛」でデビュー。 同期には、早見 優、中森明菜、堀ちえみ、石川秀美など。 アイドル全盛の時代に、第一線で活躍したが 「マッチのソックリさん」とも呼ばれ、その後は鳴かず飛ばず。
 (確かによく似ていた。ちょっとみは見分けがつかない。)
最近では、奥さんを仕事に送り出し、家にいることが多いという。 肉類、ラーメンなどの外食に頼り切った食生活。 毎日かなりの量の酒を飲み、暇ができればパチンコ通い。 そんな生活が、アイドル時代とは全く別人の体形を作り出してしまった。
そんなナレーションと共に、新田純一の普段の生活のVTRが流れる。 彼は今「主夫」で家事をしたりパチンコをしたりして日々を過ごし たまに入る営業の仕事をこなしている。
この時は社長と知り合いだという、どこかの会社の飲み会の営業。 どこかの座敷を借りた、普通の飲み会だ。 そこに彼は呼ばれて行った。
そして、誰も聞いてない酔っ払いの前で 「マッチの物まね」をしていた・・・。
私は不覚にも泣いてしまった。 売れなくなったタレントの惨めさを、イヤと言うほど見せられた。
がんばれ新田純一!p(T□Tp)
彼はこの状況を打破すべく 2週間でウェスト8cmの減量にチャレンジするのだ。
結果を言えば、彼は見事やり遂げた。 ちょっとむくんだ感じだった顔もすっきりして またマッチ似のいい男になってきた。
もともと、中年になっても彼は顔が崩れていない。 アイドル時代と変わらず今も端整なハンサムだ。 しかも髪の毛もふっさふさ。 これで体を鍛えたら、もっとカッコよくなるだろう。
新田純一、39歳。 もう一度かえり咲く最後のチャンスかもしれない。 彼をまた近いうちTVで見れることを祈っている。
今度は役者として。
先日、TVを見ていたら急にオッサン君が
わわ!ふえぁわぁ〜!!
と、訳のわからない叫び声を上げたので、振り向くと 鼻を押えながら「テ!テ!テッシュ!」とうろたえていた。 なんだ、鼻血か。私が笑いながらティッシュをとってあげたら
「な、なでぃがおかしいんだ!」と怒っていたが
鼻血出し出し怒っても怖くも何ともない。 オッサン君はあわあわしながらティッシュをちぎっては丸め 鼻の穴に差し込んでいた。かっちょわりーぃ!
そして抜き取った方のティッシュに付着した血を見ては 「ふぇあわぁひゅぁ〜!」と何度もビビっていた。
けっ、それくらいの血で大の男が騒いでら。 男はホントに血に弱いね。
その後、オッサン君の鼻血はしつこくも 止まっちゃ出、止まっちゃ出を4回繰り返した。
「こんなに止まらないなんて、俺病気なのかも・・・ううう。」
意外に気が弱い。 だが鼻血は、5回は出て来なかった。
ホッとしたオッサン君は気が大きくなったのか 寝る前にこんな事を言い出した。
「俺さ、鼻をかみたいんだけど、大丈夫だよな。」
「いや、粘膜が弱ってるんだからやめたほうがいいよ。」 と、私は忠告をした。にも関わらず
「大丈夫だよ、鼻血が出たほうの穴は押えて置くから。 反対の鼻がかみたいんだよな。」
と、よくわからない言い訳をして 相変わらず人の言う事は聞かず(参照ページ)オッサン君は鼻をかみ始めた。
私はもう、一回忠告して聞かないことは二度と言わない事にしてるので 「あ、そう」とだけ言い、行く末を見守る事にした。
ティッシュをシュッシュと取り出し二つ折りにし 鼻血が出たほうを押えつつ、オッサン君は
ブビーーーッ!っと勢いよく鼻をかんだ。
「はあーすっきりしたぁ♪」 と、にっこり言ったまさにその瞬間
彼の鼻から勢いよく鮮血がほとばしった!!
プシュウウー!
「おわっはぁわわわ!!Σ(;゜□゜)」
さっきより勢いのある、見事な鼻血であった。
「テテテ、テテテ、テッシュー!く(T◆T)/"」
オッサン君は、またティッシュを鼻につめ、何度も何度も取替え 枕を二つも使って頭を高くしてメソメソ泣いていた。
「ねえ、枕は首の下にやって頭は後ろに下げた方が止まるよ。」
さすがに今度は、素直に言う事を聞き オッサン君は鼻ティッシュのまま、泣き濡れて眠りについた。
昨日の日曜日。
遅く起きて来てコーヒーを飲みつつ、TVや新聞に目を通していた時のこと。 私が先に新聞を見て、オッサン君は広告をチェックしていた。
「お!鉄矢だぞ」 「ん!?(゚o゚)どれどれ!」
見ると、鉄矢が最近CMをやっている「伝統にんにく卵黄」の広告が入っていた。 「人生100年!」のコピーの横で、鉄矢がにっこり笑っていた。
「わーい!ちょうだいちょうだい!」
と手を出しているのにオッサン君は
「老けたよなあ。夕方やってる金八の再放送見てから見ると 別人のようだなあ。」
とか
「オジサンというよりオバサンみてえな顔だよなあ。」
とか言いつつ、なかなかその広告をくれない。
「そりゃ金八は30そこそこだったもん。 55にもなりゃ誰でも老けるよ。 ちょっと、はやくそれ見せてよー(`ε´)」
「ほれ」とこっちへ出し、つかもうとすると引っ込めたりと 小憎らしいことを繰り返し、 最後は私が広告の端をつかんだのにもかかわらず また引っ込めようとして無理に引っ張り、遂に広告は
ビリリリ!と破れてしまった!しかも鉄矢の顔から!
「あああ!なにすんだよバカ!」 「あ、破れた、ははは」 「はははじゃないよ!どうしてくれるんだ!」 「いいじゃん広告くらい、また入って来るよ。」
p(`□´p)ムキーーーーッ!
鉄矢の広告を破っておいて、全く反省の色なし!
「もう離婚だよ!訴えてやる!この広告は証拠として提出するからね!」

「じゃなにか、『離婚原因は鉄矢の広告破ったから』って訴えるのかよ! 裁判記録に残るじゃねえか!それだけはやめろ!」
まったくこにくらしいオッサン君だよ。
こうなったら「これだけは日記に書くな」と 固く止められてたあの事を書いてやる。
それくらいしなくちゃ気がすまない。
オッサン君は、犬が大好きだ。 いつか一軒家に住んだら、絶対犬を飼うというのが オッサン君の長年の夢だった。
だがある日彼は気づいてしまった。 犬を飼ったが最後、雨の日も風の日も雪の日も 疲れてる日も体調が悪い日も、気分が乗らない日だって 毎日毎日365日、散歩につれて行かねばならない、と。
なまじ犬が大好きなだけに、あの純真な瞳で 「オッサンクン、キョウハ、オサンポ、イカナイノ?」 と見つめられたら『今日はいいや』と言うことが出来ない、と。
それ以来、オッサン君の夢は変わった。
すごく親切でいい人で かわいい犬を飼ってる人の、隣に住みてえー。
犬を飼うより叶いそうにない夢である。
| 2003年01月25日(土) |
こんな名前はイヤだ!三姉妹 |
私の姑の名前は、ご存知の通り「トメ」だが 実は、私の遠い親戚にも「とめ」という名前の人がいる。 いや、もう「いた」かも知れない。
なにせ遠い親戚なので実際会った事もなく、生死もわからない。 私の亡祖父のイトコとかハトコとかなので 生きていても、もうかなりの高齢なはずだ。
どうしてそんな遠い親戚の名前を知っているかと言うと 昔一度母に聞いて、それ以来忘れることなく今に至る。 この「とめ」さんの姉妹の名前がまた強烈で 一度聞いたら忘れないほどのインパクトだったのだ。
各自の名前は、まあ当時としては普通だったろうが 3人揃うとすごい意味が込められているのだ。
とめさんは12人兄弟姉妹の下から3番目。 下には妹が2人。
上から、とめ、ステ、しげ という。
とめ 10人目の子供。もう止まって欲しいから、とめ。
ステ 11人目の子供。「捨て」てしまいたいから、ステ。
そして、極めつけは
しげ 12人目の子供。「もう死ね(茨城弁で「死げ」)」で、しげ・・・。
漢字で表したら止め、捨て、死げだ。
あんまりだー!(T▼T)
先日のこと。友人が
「久しぶりにポテトチップスが食べたくなって買ったんだけど なんかあんまり美味しくなかった。昔はもっと美味しいと思ったんだけど 胃袋も年取って油物を受け付けなくなってきたのかなぁ。」
と嘆いていた。 確かに、年のせいと言うのもあると思うが きっとそれは賞味期限が近づいてるポテトチップスだったんだと思う。
生菓子は別にして、普段お菓子の賞味期限を気にする人は あまりいないように思う。
だがスナック菓子などの場合、鮮度で味が大きく変わるのだ。 期限内だからと言って安心は出来ない。 もちろん食べて腹が痛くなるとか、そういうことはない。
例えばポテトチップスは、古くなればなるほど油臭く 命ともいえるパリパリ感が失われる。その差は歴然だ。
メーカーは、賞味期限がまだ2ヶ月あっても なんとか売りさばこうと必死になる。
きちんとしたスーパーやコンビニなら、手前にある商品ほど 賞味期限が近づいたポテトチップスのはずだ。 逆にいい加減な店は、新しいものをそのまま前に並べるので いつまでも古いものが後ろに残り、日に日に不味くなり 賞味期限切れで処分され、ロスが出る。
だから、購入する時は賞味期限を確認し、なるべく新しい物を購入すると パリパリして美味しいチップスが食べられる。
逆に、賞味期限が多少過ぎても何の問題もないのが清涼飲料水だ。 店頭や、陽の当たる所で長時間山積みされたものは別として 店の棚や冷蔵ケースに入っていたものは、期限切れのものでも美味しく飲める。
スーパーで、賞味期限まで残り2週間!などの理由で 特売にかけられているペットボトル入り清涼飲料水があったら 好みのブランドがあれば買いだめするのもいいと思う。
期限が切れて1ヶ月は、まず問題ない。 冷蔵庫に保管して、爽やかな味を楽しもう。
紙パックものはやめたほうが無難だ。 缶入りも、ペコペコのアルミ缶入りのものはやめたほうがいい。 果汁100%もやめておこう。
目安は、ペットボトルを冷暗所で1ヶ月。
本日は何のオチもありませんがこの辺で!
インスタントコーヒーの空き瓶は、利用価値が高い。 青海苔やかつお粉や桜海老などの、お好み焼きグッズから 重曹や、その他掃除に使う粉類、液体類 今流行のカスピ海ヨーグルトの育成まで 間口の広いコーヒーの瓶は大活躍である。
だが問題は、ラベルが剥がしづらい事だ。 お湯につけてふやかした後、剥がしても キレイには取り切れず、白い部分が残り また熱湯につけたり、こすり落としたりしなければならない。
だが! AGF はやってくれた!
AGFマキシム インスタントコーヒー。 この瓶のラベルは、ツルリーンと剥がせるのだ。 「はがせるラベル」と書いてあるこの瓶は 端っこを爪でめくるだけで、つるるるっと剥がれてしまうのだ。
ブラーボ!素晴らしいぞAGF!
これはゴミに出す時に分別しやすいようにという配慮だろう。 だがそれだけではない。同時に私のような 瓶マニア(?)の心をギュッ!とワシ掴みである。 こういう小さい所が行き届いてる所がニクイ!
だが一個だけ言わせて欲しい。
AGF=味の素ゼネラルフーヅ(株)って・・・?
「フーズ」と表記しない事にこだわりを感じる。 今回しみじみとラベルを見て初めて気づいた事だが この「ヅ」が気になって気になって仕方がない。
きっと発音に厳しい人が命名したに違いない。
| 2003年01月22日(水) |
アイツはアイツはポリスメン |
ムッキー家の朝は早い。
オッサン君が4時頃出勤する事が多いので 3時過ぎには起きて、弁当を詰めたりする。
夏はまだいいが、この時期は寒くて泣けてくる。
そして、車のエンジンを温めるため 出勤5分前に私が駐車場までエンジンをかけに行く。
今朝もそうだった。
パーカーのフードをすっぽりかぶり 25年物の黄色のマフラーをぐるぐる巻きにし ハンテンを着込み、マスクまでして外に出た。
うちの駐車場のわきは細い路地だ。 車のドアを開けごそごそエンジンをかけていると 向こうから車のライトが近づいてきた。
いやだなー。 今顔を上げるとこんな格好を見られてしまう。 車が行き過ぎるまで何かやってるふりしてよう。
意味もなくエアコンの温度を調節したりして その車をやり過ごそうとしたが チラッと見ると、まだ通り過ぎない。
おっせーな!まだかよ!
仕方なくまた頭を下げ、助手席のゴミを拾ったりして さすがにもう行ったかな、と思い 顔を上げると・・・・・
それはパトカーだった。
��( ̄▽ ̄;)あわわ!
放火事件や車鍵荒らし多発のため パトロール中のお巡りさんだった。
お巡りさんは、こんな時間に車を物色する 怪しい人影(ミーのこと)を発見し ゆっくりゆっくり近づいて来たのだった。
パトカーの中から私を凝視するお巡りさん2人。 ライトで顔を照らされ、たじろいだ。
違いますよ!これはうちの車ですって!
私は精一杯の笑顔で敬礼をしたが ニコリともせず、ライトで私を照らし続け そして去っていった・・・。
そりゃどう見たって放火犯か窃盗犯かもな・・・。 明け方4時にこんなヤツがいたら、私でもそうするよ。
 間違ってないよ、お巡りさん。 これからも我々市民の安全を守るため 日夜パトロールに励んでください。
| 2003年01月21日(火) |
マーボーライスのススメ |
うちで、一番手抜きなゴハンは「マーボーライス」だ。 マーボー丼じゃない、マーボーライス。 時間がない時、すぐ食べたい時、何もしたくない時。 マーボーライスは、貴方を助ける最高のメニューである。
ご飯は平皿にひらべったく盛り付ける。 その上に、麻婆豆腐をかけて出来上がり。 麻婆豆腐は、この際お好みの「素」でOK。 これに豆腐が一丁あれば準備万端。
豆板醤で作る、美味しい手作り麻婆のことは忘れよう。 なにせ時間がないのだ。それはまた別の機会に作ればよい。
麻婆豆腐は、オカズとすると、これ一品では淋しすぎる。 丼にすると奥底のゴハンは白いまま残り、これも淋しい。 だが、カレーライスのように盛り付ける事によって 最後まで麻婆とゴハンがからまりまくり、美味しく食べられる。
あとは漬物と味噌汁でもあれば、立派な夕飯。 マーボーライス。一度お試し下さい。
| 2003年01月20日(月) |
トメ伝説 / オッサン君の悲しい思い出 |
姑のトメ、略してシュー・トメが、まだ30代だった頃の話。
今、彼女はTOKIOの山口君のファンだが はるか昔、30代後半の頃は 「太陽に吠えろ!」の殿下役でお馴染みの 小野寺 昭 の大ファンだったそうだ。
当時、息子のオッサン君は小学生低学年。
ある日、少年オッサン君が学校から帰って来ると 縁側に、古新聞や雑誌が紐で束ねられて置いてあった。 チリ紙交換に出すんだな、と思ったその時
「毎度お馴染み、アースグループ(仮名)のチリ紙交換車が参りました♪」
と、チリ紙交換がやって来た。 少年オッサン君は、ランドセルを背負ったまま 古新聞と雑誌の束を持って走った。
「おじさーん!これお願いしまーす!」
「おお、ボク、えらいね!お手伝いかい? よし、オマケしてやろうね。」
そう言ってチリ紙交換のおじさんは 少年オッサン君にいくらか多めにチリ紙をくれたそうだ。
少年オッサン君は得意満面。 お手伝いもちゃんと出来たし、チリ紙もいっぱいもらった。 きっとお母さんは喜んでくれるに違いない。
「おかあさーん、僕ね、チリ紙交換に出してあげたよ! ほら、こんなにチリ紙もくれたんだよ!」
そう言って台所の母親(シュー・トメ)に報告すると・・・
「ええ!なんだって!?あれ、もう出しちゃったのかい!?」
優しく褒めてくれると思った母の なじるような声を聞き、少年オッサン君は驚いて固まった。
「あれはね、違う方のチリ紙交換に出すんだよ! まったくもう!しょうがないね!」
そうだったのか。 きっとお母さんと、別のほうのチリ紙交換屋さんは知り合いなんだ。 お母さんは頼まれていたのかな。 ゴメンなさいお母さん・・・。
その時。遠くの方からチリ紙交換車の声が聞こえてきた。
「ほら!来た来た!いいかい。これからは こっちのほうに出すんだよ。覚えときなさい。」
♪毎度お馴染み小野寺商事のチリ紙交換車でございます♪
「こっちの小野寺商事のほうだよ。忘れるんじゃないよ。 小野寺昭と同じ名前だからね!」

か、母さんまさか!(゚Д゚)
まさか、小野寺昭と同じ苗字だからこっちに出せと? まさか、そんな理由でこっちに出せと? まさか、そんな理由で僕を叱ったのかい?
苗字が同じだってだけで 別に 小野寺昭 がチリ紙と交換してくれる訳じゃないのに!?
お母さん・・・。
少年オッサン君は、 この日初めて大人の身勝手さを知ったのだった。
今うちでは、にわかに「大豆ブーム」が巻き起こっている。
袋田の滝で有名な、茨城県の奥久慈地方は 湯葉が名産のひとつだ。
先日ドライブがてら湯葉を買いに行き、その晩 生湯葉の刺身と、巻き湯葉を煮て食べた。
これが美味い。スーパーで買う湯葉とは全く違う。 ねっとり濃厚で、大豆のうまみや甘味がそのまま味わえる。
その後、ただ湯葉を買うだけのためにまた出かけ 今度は豆乳と、おからも買って来た。 おからを椎茸や人参と煮たら、またこれが最高に美味しかった。 豆乳は濃厚な豆腐を飲んでいるようだ。 イソフラボンが豊富!という感じがする。
その他、手作り味噌を購入し、味噌ピーを作り 美味しい味噌汁を作り、水戸納豆をこねる。 今我が家の食卓は「大豆食品」で一杯である。
見た目地味な食卓だが、どれもこれも滋味豊富なものばかりだ。 初老になったらこういう食生活が大事なのかもしれない。
今、ふたりは「大豆MANブラザーズバンド」だ。
昨夜、ふとウサギの宇佐山さんのゲージを覗くと 床に点々と血痕がついていた。
「!?」
ビックリして宇佐山さんをよくよく見たが どこからも出血しているようには見えない。
だが前右足を、ヒョコっとあげている。 きっとここからの出血に違いないが よく見ようとしても、嫌がって見せてくれない。
右前足が痛そうな他は、腫れてもいないし 食欲もあり元気なので、昨夜はそのままにして 今朝、行きつけの動物病院へ連れて行った。
その結果、右前足の爪が一本取れていた。 一本足の裏に生えてる爪があるのだが(人間で言うと親指か?) それが根元から、ボッキリ。
そこが化膿していたので処置をしてもらい 塗り薬はなめてしまうので、化膿止めの飲み薬を 2週間分もらって帰ってきた。
もう取れた爪は再生しないそうだ。 しかも取れた所から骨が見えてしまっているそうで 肉が盛り上がるまでちょっと時間が掛かりそうだ。
またどうして爪などもげたのか??
よくよく思い出してみると 昨日、ゲージの外に出ていつものようにゴローンとしている時 何かの音に驚いて、いきなりダダーッと走り出した。 あの時に、カーペットか何かに爪が引っかかって もげてしまったんではないかと思う。
ウサギは全般的に臆病な生き物で のんびりしてるように見える時でも 急な物音などに過敏に反応してしまう。
「先天性 ビックリ症」だ。 私もビックリ症なので気持ちはわかるが 宇佐山さんは、臆病なウサギの中でも 最も臆病な部類に入ると思う。
数年前は、玄関先で遊んでいた時 夏だったのでドアを開け放っていたのだが 宅配便の人が来て
「お荷物のお届けでーす!」と言ったら
ビックリしていきなり駆け出し そのまま柱に激突して、鼻血を出した事がある。
鼻血を出したウサギの顔などめったに見れない。 私は鼻血顔でしょんぼりしている宇佐山さんをよそに 爆笑してカメラを探したが 激突のショックで骨折したり、最悪死んでしまう子もいると あとで獣医師に聞き、大笑いした事を宇佐山さんに詫びた。
ともあれ、これから2週間、毎朝晩クスリを飲ませねばならない。 もちろん素直に飲んでくれるはずもなく 2人がかりで針のない注射器で口の中に流し込むのだ。 考えただけでもブルーである。
だけど生爪もげて骨まで見えてしまった宇佐山さんのほうが もっとブルーであろう。
早く元気になっておくれ。

車で、細い路地をゆっくり走っている時や ここよりももっと田舎のほうに行った時など よくお爺ちゃんやお婆ちゃんが歩いているのとすれ違う。
そんな時、私とオッサン君は 「こんにちはー」と言いながら にっこり頭を下げる事にしている。
そうするとお爺ちゃんお婆ちゃんは一瞬 「はれ?(゚o゚)」という顔をするが 大概「ああ、はいはい、こんにちは〜。」という風に 頭を下げたり手を上げたりして、挨拶を返してくれる。
かわいいなあ。
たぶん、どこかの娘だろうとかヨメだろとか 息子だろうとか推測して、挨拶してくれるのだろう。
友達に話したら 「またそんなイタズラして」 と言われた事もあるが、そうじゃない。
私達はお爺ちゃんお婆ちゃんが大好きなのだ。
それに 「はて?今のはどこぞの娘(息子)じゃったろうか?」 と考える事で、ボケ防止にも一役買っているような気がする。
| 2003年01月16日(木) |
ムッキー in 1999 |
失くした宝くじが、まだ見つからない。 忘れかけていたのだが、友人から電話があり 「1万円当たった」とか「3300円当たった」とか聞くと
もしや私のも当たってたかも!
という気になり、また家捜しをしてみた。 本の間やビデオケースの中までくまなく見たが、見つからない。 頭にきて普段開けない引き出しなども見ていたら 1999年の私の手帳が出てきた。3〜4年前の私の記録だ。
探す手を休めてパラパラと手帳をめくった。 当時はプリクラ大ブームだったらしい。 まるで女子高生の手帳のごとく何枚ものプリクラが貼られていた。
若い・・・!
ほんの3、4年前なのに若い。 30も半ばを過ぎると、1年ごとに坂道転がり落ちるように 容貌が変わってくるものだと実感した。
スケジュールのページには、当時の仕事の予定や 会議のメモや、遊びの予定が書き込まれていて ああ、こういうこともあったなあと懐かしく見ていると なぜかあちこちに、わけのわからない事が書かれていた。
座ると巨人
なにこれ。座高が高い自分のことか。
人生は細くて長いゴムだ。人生をかみしめろ!
ゆーとぴあじゃん・・・。
まぶだちバーベQ
・・・意味不明。
ノンフィクションの10
クイズ・グランプリ?
その他にも、おびただしい数の死語が あちこちに記されていた。まるでネタ帳だ。
おマセ、大ピンチ、タッチ交代、モーレツ、ティーン きゃぴきゃぴ、新人類、お色気ムンムン、などなど。
世紀末のムッキーよ。 君は何を考えてこんな言葉たちをメモっていたのか。
それはノストラダムスでも 知らぬ仏のお富さんだ。
| 2003年01月15日(水) |
手塚先生ごめんなさい。 |
小学校の頃。 故・手塚治虫先生の「ブラックジャック」というマンガが大好きだった。 少ない小遣いを貯めてはBJの単行本を集めたものだ。
「好き」が極まった私は、自分も手塚先生のような 漫画家になりたいと思いつめた。
そしてその熱い想いを、ファンレターにしたためて 何通も何通も手塚先生に出した。
お忙しい手塚先生から返事は来なかったが 返事など初めから期待していない。 この気持ちを、巨匠・手塚治虫に伝えられればそれでよい。
だがある日、奇跡は起こった!
学校から帰り、いつもの習慣でポストをのぞくと 私あての一枚のはがきが入っていた。
なんとそれは
手塚治虫先生からのはがきだった!
「来た!来た!手塚先生から返事が来たよー!」
私ははがきを振り回して狂喜乱舞した。 よく見ると、文章部分は印刷であった。 だがその下に「サインとイラストは僕の肉筆です」という言葉と共に
ピノコのイラストと「手塚治虫」というサインが 手書きで書かれてあった!
ピノコは「アッチョンブリケ」のポーズであった。 手塚先生の肉筆・・・。 これはもう人生最大の宝物だと思った。 一生大切にしよう、と。
その誓い通り、そのはがきは今でも大切に保管してある。
だが、やはりそこは小学生であった。 なんと私は、おそれおおくも手塚先生の描いた白黒ピノコに
色を塗ってしまったのだ・・・
色エンピツで。
(゚Д゚)・・・・・・・・・・・。
タイムマシンがあったなら、あの時に帰って 小学生の自分をぶん殴りたい気持ちで一杯だ。
手塚先生、ごめんなさい。
もう「なんでも鑑定団」に出しても何の価値も無いかもしれない。 でもやっぱりこのはがきは、今でも私の宝物のひとつだ。
| 2003年01月14日(火) |
思い出してしまった暗い過去 |
昨日、ふとしたきっかけで思い出してしまった。
すっかり忘れていた過去を。
出来れば思い出したくなかった。
忘れたままでいたかった。
どうして過去は、今頃になって私を苦しめるのか。
私は、私は、小学1、2年生の頃
殿さまキングスのファンだったんだ!

・・・それだけならまだいいが、
親にせがんで ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ) までショーを見に行ったんだ!
・・・それだけならまだいいが、
宮路オサムが大好きだったんだ!
わああああああ<(T□T)>あああああ
すいませんすいませんすいませんー!

| 2003年01月13日(月) |
いや、怒ってないってマジで! |
先日、所さんの「笑ってコラえて!」を観た。 たしかスペシャル。
「ダーツの旅」の、第一村人発見で 今まで出た、選りすぐりの村人達(主にお爺ちゃんお婆ちゃん)が たくさん出て来て面白かった。
そこに、茨城県里美村の第一村人のお婆ちゃんが出て来た。 おお。わが故郷、茨城じゃないか。 聞きなれたイントネーションが妙に落ち着く。
だが、そのお婆ちゃんのセリフの字幕に なぜか マークが付くのが気になった。
スタッフ 「どちらに行かれるんですか〜?」
お婆ちゃん「あー? 耳が遠くて聞こえねえよ。」
スタッフ 「どちらへ?」
お婆ちゃん「ああ、はだげ(畑のこと)だ!はだげ! 」
スタッフ 「そうなんですか。お婆ちゃんちの畑ですか?」
お婆ちゃん「あー? あだりめーだっぺおめー ひとげのはだげだったら泥棒だっぺが! 」
(訳:あたりまえでしょうあなた。人のうちの畑だったら泥棒ですよ。)
と、いちいち「怒りマーク」がつくのだが・・・
いやいや!怒ってないって!
あれで普通なんだから!いやホントホント! ネイティブの私にとったら、まったくの日常会話だ。 そんなに怒って聞こえるのかな、茨城弁。
確かに以前、他県出身の友人が遊びに来た時 オッサン君と私の「普通の」会話を聞いて 『夫婦喧嘩が始まっちゃった!』と思ったと言っていたが・・・・。
うーん。
誤解されてるな茨城県人。 ネイティブスピーカーの私は悲しい。
| 2003年01月12日(日) |
ミソピーおばあちゃん |
我が家の味噌は、それはそれは美味しい。 実家の母の知り合いが、仕込んでいるのを 分けてもらっているからだ。
その方と、お会いしたことはないのだが 高齢のおばあちゃんだそうだ。
その方の作る「味噌ピー」がまた絶品。 ピーナツの他に、くるみや椎茸や色んな物が入っていて えもいわれぬ美味しさだ。
私とオッサン君は、この方を密かに みそピーおばあちゃん と呼んでいる。
ある日母に 「味噌ピーしばらく食べてないので、また頼んで欲しい」と言うと
「もうあれは頼めないと思う」との返事。
みそピーおばあちゃんは、もう90に手が届く高齢で みそピーを作るのももう大儀になってしまったらしい。
そうなのか。 なんか淋しいなあ。もうあの味を味わえないのか。
「あ、じゃあ味噌だけでもまた頼んで。 あの味噌の味噌汁飲んだら、もう他の味噌使えないから。」
と言ったら
「味噌ピー作るのも難儀なのに、味噌なんか仕込める訳ないだろう」
と母。
��( ̄▽ ̄)そうか!・・・そうだよね・・・。
では今ある味噌が無くなったらもう終わりなのか。
別れはいつもついて来る 幸せの後ろをついて来る
みそピーおばあちゃん。 今まで美味しい味噌とみそピーをありがとう。 長生きして下さい。
| 2003年01月11日(土) |
ごめんよマイ・ストマック |
正月からこっち、胃の調子があまりよくなかった。
なんかこう、重かったり モノを食べるとシクシクしたり。
考えればここ2週間、けっこうハードな食生活であった。
まず「モチ三昧」・・・ 夫婦揃ってモチが大好きなので 何かというとモチを食べていた。
明けて2003年。 元旦はシュー・トメ宅で、イヤって程飲み食いし 2日は実家で、イヤって程飲み食いし・・・
その後も、遊びに来た友人がとっても気前のいいヤツで 私達と自分の3人しかいないところに 9個もケーキ(しかも美味しいと評判の店の)を持ってきて なんだかんだ言いながら3個づつ食べてしまったり・・・
とにかく掟破りの暴飲暴食を繰り返していたのだった。
そして昨日。 夕方、ふと冷蔵庫を見ると缶ビール(350ml)が一本。 普段家ではほとんど酒を飲まないんだが、魔がさした。 喉が渇いていた私は、ジュース代わりに キンキンに冷えたビールを飲み干した。 つまみに、常食しているアーモンドをポリポリ。
その後、オッサン君がマメ大福をもらって帰って来た。 ・・・・・・・・それも食べた。
消化の悪いものばかり。
大福を食べた時点で、胃がチクチクと、ちょっと痛んだ。 あれ、なんか痛いかも・・・。
その後夕飯を作り、食べ始まると 二口目で、胃の痛みが激しくなった。
「あた!あたたた!」
「ん?なんだ。」
「なんか胃が、いででででで(T□T)!!」
私は夕飯もそこそこに胃薬を飲み 電気あんかを抱えて布団にもぐる事になった。 もう七転八倒。背中を丸めてひたすら耐えるしかなかった。 オッサン君は
「なんだ急に、どうしたんだかなあ。大福のせいか? でも俺なんともねえしなあ。」
と心配していた。 私はそこで初めて、ここ最近の食生活を振り返り 特に今日、空腹時にビールとアーモンドを摂取した事を悔いた。 それを話すと
「腹へってる時にキンキンのビール飲んで アーモンド食っただぁ?そんで大福も食ったのか! 食い過ぎて胃が荒れてるんだよそりゃ!バカかお前は!」
おっしゃる通り・・・。
「明日は絶食せえ!粥しか食うな!」
ハイ・・・
今日は、鋭い痛みは治まったものの まだ胃がシクシク。しかもゲリング。
これに懲りて暴飲暴食は慎みます。
ごめんよ。マイ・ストマック。
私は今、ものすごく怒っている。 怒りと憤りで目がくらむ。
今日、友達のSちゃんからメールが届いた。 ちょっと事情があり、年賀状も来なかったので どうしたかと心配していた。
メールには「とても元気にしている」と書かれていたが 一緒に「もうすぐ正式に離婚する」とも書かれていた。
Sちゃんは今、2歳になる息子と自分の実家で暮らしている。
彼女の夫は、彼女が出産で里帰りしてる時に 別の女性と付き合い出した。
Sちゃんが出産を終え、帰って来てからも付き合いは続き とうとう女性のアパートに入り浸り、ほとんど帰って来なくなった。 生活費も入れず、もちろん子供の面倒は一切見ない。
困り果てたSちゃんは、乳飲み子を抱えて実家に戻った。
しばらく離れて暮らして、関係を徐々に修復出来れば、と Sちゃんは考えていた。
Sちゃんの父母に責められた夫のTは、少しは反省したのか 月に2、3回やって来て、息子と遊んだり 生活費、養育費も少額だがSに渡すようになった。
「今はまだ(女と)別れられないが、もう少し時間をくれ。」
それがTの言い分だった。 随分勝手な言い分だと思うが、Sちゃんはそれを呑んだ。
夫のTはその間も、一緒に暮らしている女性の他に 何人かと浮気を繰り返していた。 そんな噂はSちゃんにも入って来るが、Sちゃんは耐えた。
どうして許すのか。 どうして離婚しないのか。
周囲の誰もがそう思った。 私も思った。 Sちゃんは言った。
「あんな人だけど、まだ好きだから。」
・・・・・・ 何も言えなかった。
それからどうなったのか知らなかったが 今日のメールにそれからの事が綴られていた。
息子も1歳になって、Sちゃんは働き始めた。 夫のTが渡す金額は、とても母子の生活費には足りなかった。 いくら実家にいるからとは言え いつまでも父母の負担になってる訳にもいかなかった。
ところが、Sちゃんがパートでいくらかの収入を得るようになると 彼は今まで渡していたお金を入れなくなった。 そればかりか、月に2、3回顔を出してのに それもだんだん足が遠のき、まったく来なくなってしまった。
電話にも出ず、連絡が取れなくなった。
Sちゃんは、夫の実家を訪ねた。 夫の両親はしぶしぶ息子を呼んだ。
夫の両親はSちゃんにこう言った
Sさんが、息子のことをかまわないからこんな事になったんだ。
そして夫のTは
お前が子供にばっかりかまって俺のことを見ないから 俺は他の女のところに行った。 それに子供が出来てからぶくぶく太ってみっともない。 もっとお前が女を磨いてれば、こんな事にはならなかった。
と・・・・。
しかも 働き始めたんだからもう金はいいだろう と言ったそうだ。
Sちゃんは、ここに来て、やっと離婚を決意した。 夫に抱いていた「好き」という気持ちが パアッと消えていくのがわかったという。
それから、離婚にむけて話し合いを何度も持ち 弁護士を頼み、長い長い離婚調停を経て もうすぐ正式な離婚が成立するそうだ。
「こんなことになったけど、それでも頑張ってこれたのは 子供のおかげ。子供がくれるパワーはすごい。 この子の為ならいくらでも頑張れるよ。」
とSちゃんは書いてきた。
でも、どうして、どうしてSちゃんがこんな哀しい目に 遭わなきゃいけないのか。
こんな不条理があっていいのか。
Tも、Tの親も最低だ。 こんな人間がいると思うだけで反吐が出る。
Tの言い分を聞いているととても30を越した大人とは思えない。 非常に子供子供している。
この男は、育ちぞこない だ。
なんでも人のせいにするんじゃないよ!
Sちゃんが、一生懸命育てているのは お前の息子だろう。お前たちの孫じゃないのか?
育ててもらって感謝こそすれ、 「俺をもっとかまえ」「息子の面倒をみろ」 っていうのはなんだ!
Sちゃんはお前の母親じゃないぞ。
もっと女を磨け?そんなだから他の女に行った? ふざけんな! 妊婦を産婦をなんだと思ってんだ!
家事も育児も女房任せ。 妊娠中も生んだばっかりでもいつもキレイでいろ。 俺は家庭に縛られるなんか真っ平だ。 お前がかまってくれないから外で遊ぶんだ。
_______か?
お前のようなバカには、いつか天罰がくだる時が来るよ。
確かに、彼の本質を見抜けなかった Sちゃんも愚かだったかも知れない。
でも、惚れるとはそういうことなんだ。
傍から見たら「何であんな男と」と思うような男と 離れられない女はどこにでもいる。
羽賀研二と付き合ってた頃の梅宮アンナや 大澄賢也と結婚した小柳ルミ子。などなど。
遠回りしたけど、やっと呪縛から解かれたSちゃんの これからの人生に、いいことが一杯ありますように・・・。
| 2003年01月09日(木) |
石の上にも3年。トイレ編 |
昨夜オッサン君が、爽やかな顔でトイレから出て来た。 よっぽど快腸だったのかと思ったら
「いやートイレのカレンダーがいいね!」とご満悦。
ああ、そういや、先日動物病院でもらった 可愛い子犬のカレンダーを、さっき飾ったんだっけ。
以下は、オッサン君の語りである。
4年ぶりにいいカレンダーが入って嬉しいよ。 俺は過去3年間耐えたよ。
3年前は、コルクボートさげて、そこに小さいカレンダーと一緒に 色んな切抜きも一緒に貼り付けてたろう。 そん中に 武田鉄矢 の切抜きがあったろう。 もう朝から鉄矢と目線が合っちゃってさあ 朝から見る顔じゃないじゃん、もう座るたんびにブルー。
2年前はどっかからもらった「健康カレンダー」でさ 「高血圧は死を招く!」とかさ、「生活習慣病の恐怖!」とか 言い方が怖いんだよあれ!もっと優しく言えないのかね。 そりゃ健康は大事なんだけどさ、朝っぱらから脅かされて毎朝ブルー。
去年は 坂本竜馬暦 でさ 竜馬は好きだけど、日付の所に 「慶応●年のこの日、誰々が暗殺される、享年37歳」とか 「誰々が切腹」とかさあ、朝から死を見つめてブルー。
3年連続ブルーなトイレタイムだったんだぞ!
いつだったか一回、トイレのカレンダー替えてくれって 頼んだ事あったろう?え?覚えてない? その時おまえは
『そんなたいした時間入ってるわけじゃないんだから細かい事いうな』
と無下に却下したんだよ。ホントに覚えてないの?
あーとにかく4年目にしてやっと トイレタイムが楽しくなったよ♪
そんなに嬉しかったのか・・・。
先日、東京に住む仲良しの従妹から電話があり
「電気屋さんの福袋を買ったら、イオンドライヤーが入ってたんだけど 使わないのでよかったらあげるよ」
との事。イオンドライヤー!マジで!? 欲しいとは思いつつ買う機会がなかった物のひとつだ。
「喜んでもらうよ!有難く頂戴するよ!」
なんていいヤツなんだ! 君と従姉妹でホントによかった。
昨夜そのドライヤーが、宅配便で届いた。
その荷物は、ドライヤーの箱に直に配送票が貼り付けてあり 開け口は切り口がガチャガチャのガムテでとじられ ガムテが短くて足りなかった所には もっとガチャガチャのガムテが追加されていた。
私はそれを見ても別に何とも思わなかったが オッサン君が、その箱を見るなり
「なんだこれ!おおざっぱだなあ! 女か梱包したとは思えないガサツさだ。」
と大笑いしていた。 それを見て私はハッとした。そして一言
「だって、私の従妹だもん。」
�堯� ゚o゚)ハッ ・・・そうだよな。
この一言で、オッサン君は納得していた。
私は一人っ子なので、こういう自分と「似てる」部分を 従妹や親戚に見つけるのが、ちょっと嬉しい。
私と同じ、ガサツで大雑把な だけど間違ってもケチじゃない血脈を受け継ぐ従妹よ。
新年早々いいものをありがとう。
オッサン君も 「髪の毛があるうちにいいモノもらってよかった!」 と喜んでいたよ。
大事に使わせていただくよ(^_-)
先日、本当に久しぶりに「ふりかけ」という物を食べた。 オッサン君の弁当にかけるのはいつも「ごま塩」で それ以外のふりかけが、ウチにあったことがあまりない。
のりたまの小袋をもらったのを、ずっと忘れていた。 朝の定番「納豆」を切らしたので 仕方ない、今朝はこれでご飯を食べよう。
ホカホカの白いゴハンに明るい黄色ののりたま アクセントの黒い海苔。なんてキレイなんだ。 ひと口たべると、そこはもう桃源郷。
おいしい (゚o゚)・・・!
のりたまって、こんなに美味しかったっけ。 世良さんがのりたまを大好きな理由が、今わかった。
のりたまと小粒の梅干1個で、ゴハンを一膳平らげた。 米をパクパク食べる事、ングング飲み込む事というのは 本当に「快感」だ。そして、何ともいえない「幸福感」を味わえる。
ゴハン(米)の美味しさを堪能できるおかず。 それが「ふりかけ」である。
ふりかけの魅力に目覚めた私は 「のりたま」「わさび」「紅鮭」を購入し 毎朝堪能している。
長い長い「納豆愛好期」を抜け しばらくは「ふりかけ期」が続きそうだ。
うちのでっかいミニウサギの宇佐山さんは 図体ばかりでかくて意外に病弱。 飼い主によく似ている。
よく、なめた毛が腸にたまって毛玉になり 詰まってしまい、何度も病院のお世話になっている。 生え変わりの季節は要注意だ。
今日も3ヶ月に一度の爪切り&定期健診に行って来た。 具合が悪くなる前に診てもらう。 これが一番安上がりなのだ。 保険がきかないので、重くなると治療代は高額になる。 爪切り&定期健診なら千円以下。安い。
毛玉がスムーズに排泄されるように 繊維質の多いものを食べさせるように指導され
「一番いいのはワラです。ワラ。」
と言われたが、どうも宇佐山さんはワラが嫌いで 入れてあげても除けてしまって食べやしない。 そうするとお腹が空いて不憫になり、つい他の物を与えてしまう。
「ワラはなかなか食べてくれなくて・・・」
と言ったら
「腹が空きゃ食べます。甘やかさないで下さい。この子の為です」
と、きっぱり言われた。確かに。 つい子供を甘やかすダメ母のような事を言ってしまった自分を恥じた。
「この日はワラしか与えない!という日を週に1回作って下さい。 ワラデーですよ。ワラデー。」
「はあ、ワラデー、ですか。」
「ワラデーです。」
早速、今日を先生推薦の「ワラデー」にしようと 他のエサは与えず、ワラを一掴み入れてやったが 食べる気配なし。
そういえば剛情な宇佐山さんは 以前もワラを与えた時、絶対に食べようとせず 空腹度が増すと共に、凶暴化したことがあった。
また噛み付かれるのだろうか・・・。
宇佐山さんの目が、ギラギラと凶暴な色に光ってきた。 だが心を鬼にして今日はワラしかあげないよ、宇佐山さん。
今日はワラデーなのだから。
| 2003年01月05日(日) |
ウサギの耳を持つんじゃない! |
新しい NOVA のCMを見ただろうか。
NOVAウサギが、歌いながら街を歩く。 バスに乗った青い顔の男が 後ろからNOVAウサギの耳をつかむ。
耳がちぎれる。
NOVAウサギは「むきー!」と怒るが 新しい耳がすぐ生えてきて 何事もなかったようにまた歌い始める。
ちぎれた耳を持ったまま 青い顔の男はバスで遠ざかって行く・・・。
何、これ!?
こんな気持ち悪いCM流していいのか、NOVAよ。
そもそも生きているウサギの耳は持ってはいけない。 しかも、その耳がブチッとちぎれている。 NOVAウサギの耳は、すぐ生えるかもしれないが 本物のウサギの耳は、もう生えてこない。 馬鹿が真似したらどうするんだ。
こんな胸くその悪いCMは PUKKAでナイナイがワニに食われるCM以来だ。
こんなCMを作ったやつの、感性を疑う。 こんなCMにOKを出したNOVAの企業姿勢を疑う。
今回のNOVAに限らず、最近 「こんなCMよくOK出したよな」というCMが多い。 くだらないCMは言うに及ばず 「気持ち悪い」「気味の悪い」CMが多くてイヤになる。
このところ、夜中や朝に目が覚めると 程度の差はあっても、必ず頭痛がしていた。
もしや何か悪い病気では・・・と恐れおののいていたが 最近原因が解明された。
背中と首が冷えていたのである。
私はうつ伏せで手を上げて寝る癖がある。 逆バンザイ、もしくは行き倒れの旅人のような姿勢だ。 そうすると必然的に肩が布団から出る。 そうすると、自分ではあまり感じなくとも 肩と首(腕もだが)が、氷のように冷たくなっている。
何でこんなに頭痛になるんだろう、と 何気に首と背中を触ったら、あまりの冷たさに自分でビックリした。 死体のような冷たさ! これでは頭痛にもなるというものだ。 血行が悪すぎたのだ。
なるべく布団をかぶって寝るようにしても 睡眠中のクセというのは直せない。 気づくとまたうつ伏せて肩を出している。
何かいい案はないものか。
その時オッサン君が言った。 「よく爺さんとかが『肩布団』とか言うの着て寝てないか?」
肩布団?
それは短いチョッキのようなもので 首、肩、背中が冷えないような構造になっているという。
そんないい物があるのなら使わない手はない。 早速近所のジャ●コに行ったら、なんと売り切れ! そんなに人気なのか肩布団!
諦めきれない私は、ふだん足を踏み入れた事がない 「ファッションセンターしま●ら」という 何でも安いと評判のチェーンの洋品店に行って見た。
確かに安い。 ショーツが2枚で380円て・・・。採算とれるのか。 スエット上下も破格の安さだ。 先日私が買ったスエットのズボンの値段で、上下が買える。 しまった!
そしてお目当ての「肩布団」も、あった。 しかも厚ぼったい布団タイプ(キルティング?)の他に 薄手ながら裏起毛で、首までしっかり保温可能なデザインのものもあった。 こっちの方が寝やすそうだ。
ただひとつ、気がかりなのは 色が らくだ色 だという事だ。お爺ちゃん色だ。 だがこの際色など二の次だ。 毎朝の、あの頭痛のつらさを思えば らくだ色だろうがグンジョ色だろうがドドメ色だろうが関係ない。
さっそくらくだ色のそれを買って帰り、着てみた。
 なんか不恰好だが、確かに温かい。 さっそくそれで眠った所、今朝は頭痛が起きなかった! やはり原因は冷えであったのだ。 しま●らで極楽を手に入れた!肩布団ベリーグー!
そう言って喜んでる私に、オッサン君が言った。
「それってさ、パジャマの中に着るんじゃないのか?」
「・・・(゚o゚)ハッ!」
着方間違えてる!? 今夜は中に着てみよう。
あれは何年前のお正月だったろうか。
正月3日だか4日だかの夜、オッサン君と 当時一人暮らしをしていた友人の部屋に遊びに行った。
せっかくの正月、ただ行ってもつまらないので なにか変わったカッコして行こうぜ!という事になり 私達はあるユニフォームに着替えた。
別にどこに出かけるわけじゃない。 友人の部屋でおしゃべりをするだけだ。 行くのは車だし、今は夜。
今夜着ないでいつ着る!?
準備万端整って、まわりを気にしつつ車に乗り込んだ。 友人の部屋までは車で5分。
途中細い道を走っている時、対向車がやって来た。 狭い道なのにけっこうスピードを出している。 しかも真ん中に寄っている。 私達は端によって停車して待った。
おいおい大丈夫か、もっと端に寄れよ、スピード落とせよ。
その車はどんどん近づいてきて、すれ違う瞬間 コツーン!とサイドミラーがぶつかり パタ!とミラーが閉じてしまった!
あ!(゚Д゚)(゚Д゚)!
「このヤロウ!ふざけやがって!待ちやがれ!」
当時まだ新車に近かったので オッサン君はキレてドアを開け、外に出ようとした。
「オッサン!ダメだよ!」
「なんでだよ!とめるな!」
「冷静になって自分の格好を見てみなよ!」
��( ̄▽ ̄) あ!
自分達のしているカッコを思い出し オッサン君はドアを閉めた。
「ぢぐじょー!」
もし、あんなカッコをしていなければ 乱闘騒ぎだったかもしれない。 でも、やられ損で悔しい思いをしたし どっちがよかったのか、今でもよくわからない。
その時、友人に撮ってもらった写真がこれだ。 ↓

河童夫婦!
出られやしない、出られやしないよ・・・。
| 2003年01月02日(木) |
シュー・トメという生き物 |
オッサン君は仕事に行きました。 はい、初弁当・・・。 私はこれから自分の実家に挨拶に行って来ます。
昨日はオッサン君の実家に行って来た。 残念ながら「これは!」というシュー・トメ伝説は生まれなかったが 相変わらずシュー・トメの行動、言動は興味深く 結婚したばかりの頃は、なんでこうなんだろう・・・と思っていた事も 今は笑って観察できるようになった。
オッサン君も、実の息子にもかかわらず
「普通の母親だ、と思うと頭にくるし 何で俺のお袋だけこうなんだろう・・・と思うけど あれは『トメ』という生き物だと思うと頭に来ない。」
と言っていたが、その意味が私にもわかるようになった。
昨日シュー・トメは、新しい家計簿に怒っていた。 家計簿の名前は「袋わけ家計簿」。
ふつう、袋わけ家計簿には、付録(?)に 袋わけ用の袋がついてるもんなのに シュー・トメが買ったのには、その袋がついておらず 巻末に
「袋わけ用のオリジナル袋セットを 抽選で500人にプレゼント!」
というのがあり、
恩着せがましい!(`□´) と激怒していた。 袋わけ家計簿に袋なし・・・。 袋ぐらい付けとけ!全員にやれ! ケチケチすんなっ! と言って フンマフンマ怒っていた。
シュー・トメ初怒り。
私は、袋がついてるやつを買えばよかったのに・・・と思い オッサン君もそう思いつつ
「ホントだよねえ!」と2人で一緒に怒ってみせた。
これでシュー・トメの溜飲は、多少下がったようだった。
| 2003年01月01日(水) |
染之助のいないお正月 |

明けましておめでとうございます。 今年も初老日記を4649お願いいたします。
やっぱり染之助・染太郎が出て来ないと 正月が来たという感じがせず・・・。
今日はこれからオッサン君の実家 シュー・トメ宅に行って参ります。 明日は仕事なので夕方には戻る予定です。 それまでに新たな「シュー・トメ伝説」が 生まれることを祈りつつ・・・
昨日は年末ジャンボの当選番号が発表されましたが みなさん、いかがでしたか? 億万長者になって、今頃まさしく 「寿」 なお正月を お迎えの方もいるのでしょうか。 いいのう・・・。
うちも買ったんです、宝くじ。 10枚ですけど。 でも当たったんだかはずれたんだか・・・。
失くしちゃったんだよおお(T□T)!
いずこへ!? まったくたまに大掃除なんかすると どこに何をしまったのか・・・。
こういうのが案外当たってたりするんだよね。 明日は本気で探そう!
ムッキー

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