ムッキーの初老日記
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私と、お馴染みの倫ちゃんは、幼馴染である。 もう30年近い時間を、友達として過ごしている。 だからそれぞれの長所も短所も、お互いによくよく知り抜いている。 いい所がたくさんあり、人に愛される要素に溢れた倫ちゃんではあるが 一番古い友人として、今日はあえて彼女の欠点について触れてみようと思う。
私はチーちゃまが大好きで、倫チャンはB'zが大好きだ。 お互いどっちもキライじゃないので、毎年のコンサートを一緒に行く事にしている。 チーちゃまに行く時は、私がチケットの手配から、場所の確認から 全てを担当し、車を出し会場までの運転なども一手に引き受ける。
そしてB'zの時は、その全てを倫ちゃんがやることが、暗黙の了解である。
ただ、B'zは車で行けるような小さい会場ではやらないので 東京ドームやさいたまアリーナへの行き方や、切符代や時刻表を調べるのが 倫ちゃんの仕事なのだ。・・・本来なら。
だが彼女は、そういう事に関して実に大雑把なのだ!
一番初めに東京ドームに行く事になった時。倫ちゃんが私に伝えた情報は
水道橋ってとこで降りればいいらしいよ ( ・∇・)ケロッ
これだけであった。 何時の電車に乗り、どこでどう乗り換え、何口から出るとか 割引チケットがあるとかないとか、そんなことは何もない! 滅多に大東京になど行かない田舎モノの我々には、あまりにも少なすぎる情報量だ。
それで私が色々調べる羽目になる。 まあそれはいいのだ。私の性分だから。 私は事細かに調査して行きたい性質なのだ。
それに、倫ちゃんは末っ子気質とでもいうのか 「んもう、しょうがないなあ〜」と言いながらも、面倒見てやりたくなる そういう雰囲気を持っている。
そんな倫ちゃんと今年9月上旬、東京ドームにB'zを見に行った時の事。
当日は雨で、みんな傘をさしているせいで、余計メチャ混みしていた。 そんな中やっと会場に入ると、席によって入るゲート?が違う。
「あれ。どっから入るのかなこれ」と私がいうと
「わからないねえ、どこだろうねえ」と倫ちゃん。
「うん。あ、ちょっと私トイレ行ってくるね」
そう言い残し、私はトイレに入った。 女子トイレはここもまたメチャ混み。 やっとすっきりして倫ちゃんのもとに戻るまで、ゆうに5分以上は経過していた。 倫ちゃんは紙コップのジュースを買って、それを飲みながら待っていた。
ム「いやいやお待たせー。すごい混んでたよ〜」
倫「そっかー 」
ム「・・・で?何番ゲートから入るって?私らの席」
倫「え?わかんない ( ・∇・)ケロッ」
��( ̄▽ ̄)
これで私はぶち切れてしまった。
「わかんねえじゃねだろうが!私がトイレ行ってる間なにやってたんだ! 一体誰のコンサートだと思ってんだ!それくらいチャッチャと聞いとけっ! 何でもかんでも人に頼るな!p(`□´)」
「うわーんゴメンよう〜(iДi)ヒー」
私は今まで少し倫ちゃんを甘やかし過ぎたようだ。 このままでは倫ちゃんの為にならない。 今度B'zに行く時は、倫ちゃん主体のイベントに行く時は 私は何も口出しせず、黙って倫ちゃんの後をついて行くことにした。
え?ここまで罵倒しても、変わらず仲良しですよ。当たり前じゃないか。 じゃなかったら30年ももちませんて。 言いたいことはその場で言うのも、友情を長持ちさせるコツですね。
愛ある毒舌は、これからも続いてゆく。
+・+・+ 第三次オッサン君改造内閣 +・+・+
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先日の日記を一箇所訂正したい。
「この世に永遠などと言うものは何ひとつ無い」 と私は書いたが、やっぱりそうじゃないと思い直した。
確かに、形あるものはすべて変化してゆく。 だけど「こころ」はどうだろう。
例えばどんな大恋愛でも、いつか別れは来るし その想いを一生維持するのは無理だ。
では、終わった恋愛は全てなくなってしまうのだろうか。 いいやそうじゃない。と思った。
死ぬまで同じ心で愛し続けることだけが、永遠じゃない。 何年経っても、その恋をふと思い出す、そんな貴方の心を、 『永遠』と言うのではないだろうか。
あの時大好きだったあの人を
二人で見た海を
もらった手紙の文面を・・・
まるで昨日の事のように思い出せるとしたら、 思い出して、胸が熱くなったのなら。
その恋は貴方にとって過去でなく、紛れもない『永遠』。
よく往年の大スターを「永遠の恋人」などと言う。 どんな年をとってお爺さんになろうとも 誰になんと言われようとも 彼を愛するファンにとって、そのスターは永遠なのだ。 若い頃の美貌が失せてしまっても、ファンは 「ああ、若い頃のまま。いつまでも素敵な人」と言う。
これも一種の永遠だ。
永遠は一種類じゃない。 貴方の永遠は、なんですか?
+・+・+ オッサン君〜華の乱〜 +・+・+
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11月10日に群馬県前橋市で行われる、マイデステニー松山千春、 チーちゃまのコンサートのチケットが、日曜日にやっと届いた。 毎年、春と秋、年に2回のコンサートツアーを行うチーちゃま。 私もファンになってから、もうこれで5回目のコンサートだ。
春が終わればすぐ秋の、秋が終わればすぐ春のツアーを心待ちにする。 一年はあっという間に過ぎる。
だけど、或る時ふっと、 『いつまでこの幸せが続くのだろう?』と考えてみた。
そうしたら、一回一回の公演が、余計にありがたく思えてきた。 また、チーちゃまに会えるありがたさ。 また、素晴らしい歌を聴き、愛に溢れた話を聞けるありがたさ。 この公演が、もしかしたら生涯最後のチーちゃまかも知れないと思うと 今まで以上に、待ち遠しく、かけがえのないものに思えてきた。
もちろん、チーちゃまのコンサートに限った事でなく 何でもない平凡な毎日が、特別な事のように感じられる。
この世に永遠などと言うものは何ひとつ無く、全てが変化しながら流れてゆく。 人は変わり、街は変わり、そして時代も変わってゆく。 その流れの中で、偶然にも家族となり、友となった人達だからこそ 今一緒に過ごせるこの時を、大事にしないといけないんだなあと思う。
若い頃は、それにあまり気付かない。 それでいいとも思う。若いうちは、自分のことで精一杯だし 時間は、まるで永遠のようにゆっくりゆっくりと流れているから。 それが年を重ねるに従って、これが同じ時間か?と思えるほど その流れは、日に日に早く流れ出すから。 その時、わかればいい。
「何もないことが幸せなのです。」とチーちゃまは歌う。 私は、その歌の本当の良さがわかるようになって、益々人生が面白いものになった。 これからも、ただ淡々と、そんな毎日を生きて行こうと思う。
遂にバカボンのパパと同い年になる、秋の初老のもの思いでした。
+・+・+ オッサン君〜華の乱〜 +・+・+
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友人夫妻の話。 友人(妻)が、出前のお寿司のヒラメのエンガワを 間違ってご主人の分まで食べてしまい、ご主人に非常に恨まれたそうだ。 食べ物の恨みは怖いねえー、と彼女。
それを聞いて、私もオッサン君と食べ物の事でケンカした事を思い出した。 それも寿司などという高級感漂う食べ物ではない。 シイタケだ。それもスーパーで売ってる普通のシイタケでケンカしたのだ。
もう7、8年は前になるだろうか。 夫婦一緒にダイエットをしようじゃないか、という事になった。 ご存知の方は多いと思うが、オッサン君は大食漢である。 彼の辞書にダイエットなんて文字があったのかとビックリしたが 30代になり、人並みに健康など気になる年頃だったのかも知れない。
それに、いつも私のダイエットがダメになる原因のひとつに 「隣でオッサン君に美味しそうに食べられる事」があったので そのオッサン君がダイエットをするなら、そりゃあ成功率は高そうである。
そして我々はダイエットを始めた。 たいした事をしたわけではない。甘いものを断ち、主食の量を減らし ローカロリーのおかずを心がけ、たまに運動などしてみる、それだけだった。
それだけなのに。 それだけのことが、辛いのだ。
食事が楽しくない。 自然と会話も減る。 会話は減っても、体重は減らない。 我々はどんどん性格がすさんで行った。
そして遂に、ある夕飯の時のこと。 その日のダイエットメニューのひとつである 『シイタケのあぶり焼き醤油がけ』のシイタケを
「あ!俺の分まで今食べやがったな!」とオッサン君が言い出した。
それでカチンと来たや私も
「シイタケぐらいでガタガタ言うな!このセコオッサンめっ!」と言い返し
その後壮絶な罵り合いになってしまった。 まったく、空腹というのは人をトゲトゲしくさせる特効薬である。
そのうち、どちらともなく、ハッと我にかえった。 たかがシイタケごときの事でケンカしてる己の姿が、 太っているよりもっとイヤになった。 そしてその日以来、ぷっつりとダイエットをやめてしまった。
ダイエットには失敗したが、いつも満たされていると言う事は 温和な性格を作る最良の道だと言う事がわかったので、それで良しとしよう。
+・+・+ 生協のオッサン君 +・+・+
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| 2005年10月12日(水) |
ミスター&ミセス大殺界 |
六星占術でいうと、私とオッサン君は、夫婦揃って「土星人のプラス」らしい。 六星占術には「大殺界」というのがあり、12年周期の中の3年間がそれにあたる。
土星人のプラスの我々は、今年から再来年までの3年間が大殺界だと先日知り そう言えばこの夏パート先はつぶれるし、体調もここのところ良くないし あんまりいい事もないなあ〜などと、ちょっとブルーになっていた。
でも夫婦揃って大殺界ということは3年で全て済むという事だ。 もし私の大殺界の後にオッサン君の大殺界が来たら うちはトータル6年間も運が悪い事になる。
その上もし子供がいて、また大殺界がやって来て9年間。 もう一人いて、全員がまるっきりダブる事が無かったとしたら なんと12年間大殺界!なんて事があるかも知れない。
そしてやっと一回りしたと思ったら、また私の大殺界・・・ こうなるともう大殺界一家と呼ばれても仕方がなく いい事なんか何ひとつもありゃしない いつもいつもひっそりおとなしく生きねばならない そんな消極的一家の出来上がりかも知れなかった。
それに比べりゃ3年なんてたいしたこと無いね♪ なんて 自分では「ポジティブだなあ」と思いながら、その話をオッサン君にした。
そしたらオッサン君は鼻で笑いながら
俺は大殺界なんてまったく気にしないね。
と言った。だって大殺界だよ!怖くないの?と言うと
ホソキカズコをまったく信じてないから怖くねえよ。
と大笑いしていた。
オッサン君はズバリ言い過ぎる彼女が大キライだった。 大キライなのに、占いだけ信じてびびるなんて、そりゃあおかしな話だ。
「まあそうだなあ・・・美輪さんか寂聴さんか江原さんに言われれば 俺も信じておとなしくしてるかもなあ( ^∀^)かっかっか♪」
正直、私もその3人のほうが信じられるような気がした。
「それにオマエ、今年はチケット運が最高だ!って言ってたじゃねえか。 いいほうを信じりゃいいんだよ。なにもビクビクして暮らすことねえよ。 残り少ない人生の貴重な3年間だぞ。もったいねえじゃねえか。」
そう言われりゃそうだったよ。 春のチーちゃまのコンサートは、今までで一番前の席だったし 9月のB'zは前から8列目の最高のいい席だったし 秋のチーちゃまのチケットも取れて、そろそろ届くし なんと超プラチナと言われているYAZAWAのライブハウスツアーのチケットも あっさりと取れてしまった今年の私なのだった。
私もポジティブだと思ってたけど やっぱりオッサン君にはまだまだかなわないや ┐(´ー`)┌
+・+・+ 生協のオッサン君 +・+・+
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| 2005年10月07日(金) |
洋ちゃん、洋ちゃん。 |
先日の「ぴったんこカンカンスペシャル」で、私の大好きな大泉洋ちゃんが マチャミと「北海道食べ歩きデート」などやっていて、それがとっても楽しそうだった。 そのビデオを昼間見たせいか、ゆうべ洋ちゃんの夢を見た。
夢の中で洋ちゃんは、私の幼馴染のような弟のような存在。 一緒に遊びに行ったり、ドライブ行ったり ファミレスで何時間でもコーヒーおかわりしながら、バカ話する相手。
細かい所はよく憶えていないけど、なんだかすんごく楽しい夢だった。
「そんじゃーそろそろ帰るわ俺」
と洋ちゃんが、うち(なぜか実家。夢で私は独身らしい)の玄関で手を振ってる。
「あ、そう?送ってこうか?」
「いいって!ひとりで帰れるっちゅうの!じゃね!」
「そっか、気をつけろよ〜じゃあね〜」
私は、なんだか一抹の寂しさを感じながらも またいつでも会えるし、と手を振り返す。
そこでハッと目が覚めて、ものすごくがっかりした。
洋ちゃんは私の幼馴染じゃないしさ。 それどころか、知り合いでもなけりゃ近所でもないよ。 きっと一生話すこともない、そんな人だよ。
『あーあ、もっと別れを惜しんでおくんだったよ・・・』
そうつぶやきながら落胆してまた眠ったけど もう洋ちゃんは出てこなかった。

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先日、ある初老読者の方からとても嬉しいメールをいただいた。 今日はその方の了承を得て、その話を書いてみたいと思う。
彼女は「初老日記」が始まってすぐの頃から読んでくれていると言う。 読み始めた当時、彼女は思いっきりスランプで、落ち込んでる時だったのだが そこで私が書いたある日記に出会い「凄く助けられた」と言う。
それは、私が当時の友人に酷い事を言われ、濡れ衣を着せられ 本当に嫌な思いをした日記だった。(参照)
当時彼女は不育症で、流産を繰り返し、こどもが産めないのなら 離婚しようと思いつめていた時期だったのだと書いてあった。 そこで上記の日記を読み、気持ちが180度変わったと。 子供がいるからといって立派な大人ばかりではない。 子供がいなくとも明るく生きる人もいるじゃないか。 同じ時期夫君からも
「こどもはいいから、君が好きで結婚したんだから」 「どうしてもこどもが欲しかったら養子をとろう」 と言われ、この夫君の言葉と初老日記で「どうにでもなるさ」と気分が変わり もう子供は諦めた矢先、4回目の妊娠。かわいい息子ちゃんを授かったのだ…と。
「ずっとムッキーさんのあの日記を頭にここまでやってきました。 こんな話は迷惑かもしれないけど、ずっとお礼が言いたかったんです」
私はこのメールを読んで、涙が出るほど嬉しかった。 もちろん、「初老日記のお陰」とは書いてあっても それはたまたま、ほんのちょっとのきっかけに過ぎないことは承知している。 殆どは彼女のがんばりと、暖かい夫君の言葉と、そして神様のご意思である。
10年前、私が体験した思い出すのも腹立たしいイヤな出来事。 だがその経験を書いたことが、微力であっても誰かの役にたっていたなんて そのことがとても嬉しかったのだ。 あの時のイヤ思い出が、10年の時を経て、彼女の役にたったのだから。 当時、私がショックを受けて凹んだ事も、無駄じゃなかったんだなと思える。
私の嫌な思い出を、こんな嬉しいことに変換してくれて、 こちらこそ本当にありがとう、と、彼女に伝えたい。
人生はどこもかしこも伏線だらけだ。 今の嫌な体験も、きっといつかどこかの人生のシーンにつながる 長い長い伏線なんだと思うと、いつそれがわかるのかという楽しみさえ感じる。
メールには、天使のような笑顔を浮かべた男の子の画像が添えられていた。 この子の誕生に、私が多少でも関われた事を神に感謝する。 どうかこの子の人生が、喜びが勝ったものになりますように。
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ムッキー

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