ムッキーの初老日記
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昨日「太田光の私が総理大臣になったら」を見た人いますか。
私は見てしまったよ。普段見ないのに。たまたま見ちゃったんだよ。
見なきゃよかった。
あまりの怒りで目の前がかすむ思いがしたよ。
「少年法を廃止する、しない」って議論だったんだけど
賛成の、実際にリンチ殺人で子供を殺されたお母さんに
反対の民主党の議員、平岡秀夫と郡和子が
「じゃあお母さんは加害者が死ぬ目にあえばいいんですか?」
「加害者が死の恐怖を味わえば満足?」
「加害者にも事情があったわけだし・・・」
などとよってたかって言ってたんだよ。
・・・耳を疑ったよ。
お前ら、一回子供殺されてみろよ。よくそんなことが言えるな。
加害者の事情ってなんだよ。
だいたい加害者の過去の事情を考慮しすぎなんだよ。
まったく考慮するなとは言わない。
やむにやまれぬ事情ってのも、あると思う。
だけどリンチ殺人に過去の事情なんか関係ないだろう。
卑劣極まりない犯罪以外の何物でもないよ。
あくまで「やったこと」=犯罪を裁くのが法律だろう!?
違うのかよ民主党。えー?

選挙前にこの番組を見られてよかった。
それだけが救い。
■YOUTUBE動画。全部じゃないけど、感じはわかる。
http://www.youtube.com/watch?v=ScJkZJYwbE0&NR=1
http://www.youtube.com/watch?v=qmjLPH9CKGA&NR=1
+・+・+ オッサン君(中国産) +・+・+
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先刻、アイダホに住む友人のGとメッセで話しをした。 Gと私は「脱線仲間」で、どんな話でもどんどん妄想によって脱線して行き 最後には何の話をしていたのかわからなくなる事もしばしばだ。
G「戸田恵子さんが離婚したらしいね」
ム「そうなの?戸田さんの旦那って井上純一だったよね」
G「そうみたい。ところでどんなっだっけ?井上純一って。 スパイダース?」
ム「それは井上順だよ」
G「"淋しいよ堺〜"の人じゃないのか」
ム「あったあった、この人この人」

私は見つけた画像をGに送った。
G「あーこの人!いたねえそういや!青春物によく出てたよね?」
ム「そうだね。生徒役にしちゃ老けてたけどな」
G「しかしさあ、昔のアイドルの歌って、ありえないタイトルが多いよね。 この『野あざみの君に』ってのも、今じゃ絶対ありえないよ」
ム「 B'zの 野あざみの君に 」
ぎゃっははは(T凹T)(T凹T)はははは!
G「じゃあじゃあこれは!?
KAT-TUN の はみだしチャンピオン」

ありえね〜(T凹T)(T凹T)〜!
ム「 EXILE の新曲 ほどけた靴ひも」

ぜんぜん悪そうじゃねー(T凹T)(T凹T)ぎゃははは!
G「CrystalKay の うれしはずかしうっふっふ」

ぎゃっははは(T凹T)(T凹T)はははは!
ム「倖田來未 の あなたはおもしろマガジン」

ぎゃっははは(T凹T)(T凹T)はははは!
こうしてどんどん脱線し もはや戸田さん(と純一)の離婚話は、どうでもいい事になっていった。
+・+・+ 生活の句読点 オッサン君 +・+・+
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かおるちゃん 遅くなってごめんね かおるちゃん 遅くなってごめんね 君の好きな 花は 花は 花は 遅かった〜〜〜♪
初老の方でも覚えている方は少ないかもしれない。 美樹克彦の大ヒット曲「花はおそかった」の一節である。
なんでこんな歌を急に歌いだしたかというと どうも私が初めて好きになった芸能人は、この美樹克彦だったらしいのだ。 ずっと殿様キングスのオサムちゃんかと思っていたのだが 先日母の証言で美樹克彦であったことが判明した。

私がまだ物心が付いたか付かないかの3歳ごろ、美樹克彦はアイドルだったらしい。 彼がTVに出てくると、私はキャーキャーと大騒ぎたらしい。 一緒になって「かおるちゃん〜( ・∇・)♪」と歌っていたらしい。
地元にコンサートに来た時、見に行ったらしい( ゚Д゚)・・・
チケットは町内会の何かだか商店街の何かだかで 母親が奇遇にもタダで手に入れ、私はおめかしをされ かわいい花束まで持たされ、かなりいい席に座ったらしい。
3、4歳の子供が花束を差し出せば、克彦は絶対受け取るに違いない。 そしたら握手もしてくれるだろう。
母親はそう思い、克彦が大好きな娘を「ホラ行ってこい!」と促したが 娘は極度の恥ずかしがり屋で内弁慶。 本当に好きな人には声をかけることが出来ないのは40年前も一緒だったようで どんなに背中を押されようとも、腕を引っ張られようとも
ぎゃー!イヤだよー!イヤだー!わあー(T□T)ー!
と泣き喚き、その泣き声は周りのお姉さんたちの 「カツヒコー!キャー!」の歓声に虚しくかき消されたそうだ。
まったくコンサートに連れて行き甲斐のない娘である。
こののことを、私は全く覚えていない。 ただ「花はおそかった」という歌は、なぜか歌えるのが不思議だった。
小林幸子と「もしかしてパート2」を歌っていた時も ひょうきん族で「好きさブラックデビル」を歌っていた時も 克彦には何のシンパシーも感じなかったのに 実はコンサートに行ったほど好きだったとは。

私も冷たいものである。
大ッキライだ!白い雲なんて!バカヤロー!
※「花はおそかった」歌詞とmidi。音が出るのでご注意。
+・+・+ 生活の句読点 オッサン君 +・+・+
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先日、ふと立ち寄った海の側の公園を散歩してたら 野良猫がベンチにポツンと座っていた。
近寄ったら逃げちゃうんだろうな・・・と思いつつ そおっと近づいたら、ナーって鳴いたまま、動かなかった。 嬉しくなってノラ吉の隣に座って色々話をした。
子猫と成猫の中間くらいの子。 きっとここに住み着いて、こうやって人懐っこくして 色々もらって生き延びてるんだろうなーって感じの子。

何も餌になるもの持ってなくてゴメンよってなでたら 喉をごろごろさせて
「イーヨ、今日ハ昼間親子連レガタクサン来テ 色々モラッタカラ、オナカイッパイ」
って言ったみたいだった。 今度は何か持って、また行こう。

+・+・+ 生活の句読点 オッサン君 +・+・+
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先日、母が自宅の廊下をスッテンコロリンとすべって 縁側下のコンクリートの上に転げ落ちたらしい。 そして腰をしたたか打ちつけ、後頭部もちょっと打ったらしいのだ。
私もそれを昨日聞き、もう心底びっくりたまげたのだが 本人はいたってあっけらかんとしている。
「いや〜まいったまいった( ・∇・)ケロッ」
と軽く笑ってる母はもう66歳。 下手したら骨折などしてそのまま寝付くことだってありえるのに なんて恐ろしいことを!!
病院行ったのか、脳波は取ったのか、なんで連絡しないんだ! と怒る私に
「大丈夫だよ。打ち身だけだったし 落ちて3日後に、鳥の夢を見たから」
は?鳥の夢?なにそれ
「これは実は昔からなんだけどさ お母さん、病気したりすると、治る前に必ず鳥の夢を見るんだよ。 きれいな青空に、青や白やピンクや黄色や、そりゃ色とりどりの 大きい鳥たちが舞い飛ぶ夢。 そうすると不思議に、その日を境に具合が良くなったりするんだ。」

へえええ( ゚Д゚)!
「昔、ガンやった時もさ、ああもう死ぬのかも・・・なんて思ってたら そりゃもう綺麗な鳥の群れ飛ぶ夢をみてね 朝病院のベッドの上で『あ、大丈夫だ。絶対治る』って 確信したんだ。あれから15年、あたってたろう?」
そうだねえ
「で、今回も落ちて2、3日は腰は痛いし辛かったんだけど またきれいな鳥が飛ぶ夢を見てね〜。 それで、ああ大丈夫だと思って、別に連絡しなかったんだ。」
わかったけど、でもやっぱり連絡はしてよお母さん。
+・+・+ 生活の句読点 オッサン君 +・+・+
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あれは少なくとも12、3年は前のことだ。 もう21時は回った結構な時間に、おもむろに「パフェ」が食べたくなった我々は 夜の街にパフェを求め、車で飛び出した。
TVで見たのか、話に出たのか。その辺はもう忘却の彼方だが パフェを食べたい!!という衝動的な感情だけは まるで昨日のことのように、今もはっきりと思い出せる。
パフェはどこで食べられる? 喫茶店だろう。 喫茶店か、この時間にやってるのか。 どこかはやってるだろう、とにかく探そう。
めぼしをつけて行ってみるが、どこももう閉店していた。 ああパフェ!パフェが食べたいよっ!!
そしてやっと見つけた1件の小洒落た喫茶店に飛び込んだ。 メニューには燦然と輝く「フルーツパフェ」「チョコレートパフェ」の文字が躍る! オッサン君はフルーツのほうを、私はチョコのほうを注文し、待つこと10分。 ついにそれはテーブルにやって来た!!
ありっΣ(・д・) Σ(・д・)
その「パフェ」は、白くて大きなお皿できた。 周囲にはフルーツ(と、チョコ)ソースできれいに模様が描いてあり 大きな皿の真ん中に、小さなアイスとフルーツに生クリームが添えてあった。
小洒落た喫茶店では、パフェも小洒落ていた。
違うんだ。違うんだよ。 我々が食べたかったパフェは、縦長のグラスに入った あの、いかにも「パフェ!」という佇まいの、あの、あの 昔ながらの日本の伝統的なパフェなんだよー( ゚Д゚)( ゚Д゚)!!
我々は小声で文句を言いつつ、もそもそとその子洒落たパフェを食べ 満たされない心のまま店を後にした。 車に乗りこむとオッサン君が言った。
「だめだ。このパフェが食べたいという感情は、 あんなオシャレパフェじゃ満たされない! もう一軒行こうぜ。」
えー!もう一軒かよ!と思いはしたが そういう馬鹿みたいなことはキライじゃないので 「おーいいね、行こう行こう」と賛成してみた。
さて、そういうパフェはどこで食べられるのか。 少し冷静に考えてみたら、すぐ気が付いた。
ファミレスだよ!( ・∇・)人( ・∇・)
なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか。 ファミレスなら絶対あるに違いない。しかも深夜まで営業している。
そして入ったデ○ーズで、我々は思い描いたとおりの 正しい形のパフェを、すぐに見つけることが出来たのであった。

※正しいカタチのパフェ
シ・ア・ワ・セ ( ´ー`)( ´ー`)
だが、「パフェが食べたい」という願望は満たされていなかったが 「甘いものを食べたい」というその裏にあった願望は十分満たされていたので 追い求めていた正しいカタチのパフェではあったが 思いのほか感動は薄かった。
今ではこんなバカも出来やしない。 それは成長したからではなく、今もしこれと同じことをしたら 初老になって弱った胃腸が悲鳴を上げるであろう。 胃痛、下痢・・・恐ろしい惨事が引き起こされるであろう。
あの頃を振り思う。
なんでもない(健康)ことが、幸せだったと思う。 なんでもない夜のこと 二度とは戻れない胃腸が若かった夜。
+・+・+ 生活の句読点 オッサン君 +・+・+
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今期、唯一見てるドラマ「バンビ〜ノ!」
主演の松本潤は演技もバンビーノ(半人前)なのだが
脇役にいい人を揃えて主役の弱さを補っている。
私が毎週楽しみにしてるのは、北村一輝。
ホントはこういう濃い顔はあんまり好きじゃないのだが、なぜかこの人は特別だ。
毎週お約束?のようにあるのがこの北村一輝演じる所の
「与那嶺さん」のウィンク・シーン。これがもう・・・
(*゜∀゜)=3ムッハ〜〜!!
ボーっと見てるとハートを射抜かれるよ。
ご用心ご用心!
ウィンクシーンの画像がなくて残念だが この後左目をパチ!っとやる所を想像して頂きたい。

Yahooテレビ「バンビ〜ノ!」 http://tv.yahoo.co.jp/tv_show/ntv/bambi/index.html
「バンビ〜ノ!」公式サイト http://www.ntv.co.jp/bambi/intro/index.html
+・+・+ 龍鵬オ時代到来 +・+・+
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| 2007年06月07日(木) |
【ムッキーの北海道リポート】8 |
■ ルーツ〜北海道と私〜
自分の5代6代前の先祖のこと、何か知ってますか? もし知ってるとしても、それは直系くらいなもので 例えば母系の曾祖母が、どこから来た人か?なんて そこまでわかる人はあんまりいないでしょう。 私もですよ。 それが先日、ひょんなことから知る機会があり 驚きの事実が明らかになったのです。
私の母の母系を辿った曾祖母が、半分アイヌだったようです。
この曾祖母は30歳くらいで他界し、その後すぐ後妻さんが来たようで 大昔だし、写真や資料?らしいものは何も無く 「そうだったようだ」という言い伝え?が残っているだけなのです。
多分、曾祖母の嫁ぎ先(祖母の実家)に行けば 写真の1,2枚はあるかもしれませんが 祖母もとっくに他界し、もう何の付き合いも無いので調べようもありません。
この曾祖母の娘が嫁に行き、そのまた娘が嫁に行き 生まれたのが私です。
リアル・ミーをご存知の方ならおわかりでしょうが 私自身は、まったくアイヌ民族の特徴を残してはいません。 顔も体毛も薄い、どこからみても「和人」です。
ただ、母の兄弟や、私の従姉妹などに 一体誰に似たのか?っていうくらい「濃い」顔立ちがいるんです。 体毛は知りませんけども。 今思えば、アイヌの血が濃く出た結果でしょう。
さて、身体的特徴は何も受け継がなかったかに見える私ですが 「北海道に郷愁を感じる」という心の面で出ている気がします。
数年前、北海道に旅行したことを 「北海道ズッコケレポート」および 「初老日記」に、くりかえしくりかえし書いています。
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>北海道。初めて行った土地なのに、なぜか懐かしい。 >一番心に残ったのは、その雄大で美しい景色。 >関東にいてはわからない、北の国の景色、暮らし。そういうものだった。 >大いなる大地の、その中に身を置いている時が、一番幸福だった。 >また帰って来たい。この大空と大地の中へ。
>ちょっと前まで、北海道に特に何の興味もなく >まして自分が行くなんて、きっと一生ないと思っていた。 >なのに今は、北海道が私を呼んでいる。 >こうなると、こんなにもチーちゃまを激愛したのも >北海道が私を呼び寄せるためだったのでは?とまで思えてくる。
>初めて行った場所なのに、なぜか郷愁を誘う北海道。 >私の前世は道産子だったのかも知れん。 >もしいつか宝くじでも当たったら、北海道に移住したいものだ。
>北海道旅行から、早いものでもう丸2年が過ぎた。 >北海道は、初めて行ったのに「帰って来た」みたいな感じがした。 >「お帰り」って言ってるような気がしたんだよ。
以上「初老日記」&「ズッコッケレポート」より抜粋---------
そしてこの北海道旅行で偶然通りかかって立ち寄ったのが 「二風谷」という場所で、ここはアイヌに縁の深い土地でした。
その二風谷に「アイヌ資料館」というのがあり、何気なく立ち寄りました。 http://www.ainu-museum-nibutani.org/html/sryo0N.htm
そこを建てたのが「カヤノ・シゲルさん」(故人)というアイヌ出身の方で アイヌ語や神話、生活などに関する本を執筆し アイヌ出身ではじめて国会議員もつとめた方だそうです。
その当時は「へえ、そうなんだ( ・∇・)」と思っただけでしたが 今回、私の曾祖母の旧姓が、同じ「カヤノ」だと聞き、ぞっとしました。 私は、偶然通りかかったとしか思ってなかったけれど 呼び寄せられたのではないか? 北海道が、二風谷が「お帰り」と言っていたのではないか? なんて面白い! そう思うことは、とても私の気に入りました。
祖母の晩年(享年56歳)の顔と、そのカヤノシゲルさんの 60代当時の顔が、これがまたよく似ているんです。
きっとどこかで繋がっているのかも知れません。 遠い遠い親戚のオッサンだったのかもしれないね。
曾祖母の母か父がアイヌだったとすると、私は5代目。 たった5代でも、16人の曾祖父母がいる。 6代前だと32人。もっと昔の事など調べようも無い。
私を頂点に、逆ピラミッドに先祖がいる。
その中には、いろんな人がいただろう。 その集大成が、私なのだと思うと、粗末には出来ない気がします。
2006/11/22
| 2007年06月06日(水) |
【ムッキーの北海道リポート】7 |
【7】さよなら北海道
占冠、日高、平取、二風谷と、ルート237を太平洋を目指し南下。太平洋沿いの小さな町、富川に出たのはもう昼過ぎであった。ここからはルート235に乗り、新千歳を目指す、海を見ながらのドライブだ。待ってろよ海の幸〜!
だが、すぐに我々はそれが間違いだったと気付いた。行けども行けども、何もない。ただ海沿いに広い道が続くのみ。食べ物屋がただの一件もそこには存在しないのである。ほんの時たま、普通のラーメン店や、喫茶店などがあるにはあるが、我々が求めている「海の幸が堪能できる店」は、皆無だった。
もうほとほと運転に疲れた。北海道はどこもかしこも「行けども行けども」どうにもならないところばかりだった。ここでもし車が故障したら??ヒグマにやられて死ぬしかないかも。そんな嫌な妄想が何度も心に浮かんでは消えた。
「ねえ…北海道でこんなしんどいのに、アメリカの横断なんて・・・」 「言うな!」 多分みんなの心には、同じことが浮かんでいた。
「アメリカの、R66の走破なんて無理だった。無謀だった。北海道で良かったんだ」
途中、市民センターのようなものがあったのでそこに立ち寄りトイレなど借りる。大浴場などもある立派なセンターだった。そこの喫茶室でピザなどの軽食も食べられる。
「どうする?何か食べる?」 「うん・・・お腹すいたね。どうする?」 「でも、ここまできてピザもないよね。この先に海の幸が待ってるかもしれないよ。」 「それもそうだな。」
かなりのすきっ腹だった我々だが、海の幸とのめぐり合いを信じ、涙を呑んだ。「そうだ、受付のおねえさんに聞いてみよう」、と、まっちょが聞きに行った。そして哀しい顔で戻って来て、私とちょび婆にこう告げた。
「このへんに、美味しい海の幸が食べられるところはありませんかって聞いたら・・・ 『この先ずーーっと、そんなものはなかったと思います』って返事だったよ・・・。」
��( ̄▽ ̄)��( ̄▽ ̄)
お願い。誰か嘘だと言って。もしかしておねえさんの記憶違いかも知れないという事に望みを託し、その後もR235をひた走るも、本当にまったく、食事出来る店は皆無であった。 もうこうなったら予定変更だ。我々は車を停めガイドブックを睨む。
「お、ずーっと先に苫小牧という町があるよ。新千歳を通り越すけどさ、ここに市場があるって!新鮮な海の幸が安く食べられるって書いてあるよ!」 「それだ!よし!そこへ行こう!そこしかない!」
空腹でしくしくする腹を押さえ、餓死寸前の我々は苫小牧の市場へ向かった。苫小牧に着いたのは、もう午後3時。すきっ腹で目が回る。朝の8時から何も食べていないのだ。それもこれも皆新鮮な海の幸のためである。海の幸、海の幸を食べさせてくれー!
苫小牧の市場の中にある、海産物を食べられるお店に飛び込んだ我々は、自分の好きな具材を選んで乗せられる「幸せ丼」をオーダーした。運ばれて来た幸せ丼は、つやつやの海の幸がてんこ盛りで、本当に幸せな気持ちになった。丼の他に海老のお吸い物や温泉卵などが付いていて、見るからに美味しそう。我々は「いただきます」を言うのももどかしく、幸せ丼をかっこんだ!
う、うまい・・・!
めちゃくちゃ空腹だった事を差し引いても、幸せ丼は本当に美味しかった。 あまりの美味しさにちょび婆など涙目になり、後から入ってきた見ず知らずのおじさんにまで「うまいよおおお!」と訴えていた。おじさんはちょっとビックリしていたが「そうかい、そんなに美味いかい、よかったなあ」と笑ってくれた。
幸せ丼のお陰で、念願だった北海道の海の幸を堪能し、餓死も免れた。 その後市場をぐるぐる見て回り、我々は新千歳空港に向かった。 飛行機の時間までまだだいぶあったので、空港内のお土産屋さんをくまなく見て歩いた。そこは試食天国で、殆どのお土産は試食可能。有名なお土産を、全て味わえ、3時までの空腹が嘘のような満腹具合だった。 私は着いた時に買って食べたあの「じゃがポックル」と、愛するチーちゃまの名曲「大いなる愛よ夢よ」が商品名になったお菓子を大量に買い込んだ。その他頼まれていたお菓子などを買い、いい加減疲れ切ったところで飛行機の時間がやって来た。
3泊4日の北海道旅行はこうして最後のフライトを迎えた。これに乗ったら、1時間ちょっとで東京。そして茨城へ、水戸へと帰るだけだ。あっという間の4日間だった。
北海道。初めて行った土地なのに、なぜか懐かしい。美味しいものもよかった。買い物も良かった。だけど一番心に残ったのは、その雄大で美しい景色。関東にいてはわからない、北の国の景色、暮らし・・・そういうものだった。 大いなる大地の、その中に身を置いている時が、一番幸福だった。 また帰って来たい。この大空と大地の中へ。
ひとつ心残りは、チーちゃまの故郷、足寄に行けなかったことだ。今度北海道に帰ってきたあかつきには、今度こそ足寄に行ってみたい。そしてチーちゃまの「足寄より」にあやかって「あ初老より」なんて旅行記を書いてみたい( ^□^)♪
そんな事を考えてるうちに、飛行機は新千歳空港を飛び立った。 ふと見た飛行機の窓からは、北海道の地形のままの美しい夜景が見えていた。 まっちょが慌ててカメラを出して撮ったのだが、時間がなく、うまく撮れなかったが、どうにかその美しさをわかっていただける写真を載せたので見て欲しい。
サヨナラ北海道。 また帰ってきます。
| 2007年06月05日(火) |
【ムッキーの北海道リポート】6 |
【6】ラスト・デイ
感動の美瑛ドライブも終わり、その夜も富良野の宿に泊まった。明日で北海道ともお別れだ。
雨の羽田を飛び立ってから今日まで、思い起こせばいろんなことがあった。 友人もりーに迎えられた雨の新千歳空港。そこで「きたろう氏」を見かけた事を書き忘れた。(まあ書き忘れるほどどうでもいい出来事なんだけれども・・・)
お土産に頼まれた北海道限定のお菓子「じゃがポックル」を買ったのはいいが、途中あまりの空腹に耐え切れず開封してみんなで食べてしまい、そのあまりの美味しさに衝撃を受け、帰りには10箱は買うしかないと誓ったこと・・・。
30年近くチーを愛し続けている大先輩に再会し(春の熊谷でのチーコンで初対面している)、チーの携帯ストラップをいただいて嬉しかったこと・・・。
もりーと4人で泊まった旅館で食べた夕食バイキングとその後のカラオケの楽しかった事・・・。
カーナビが馬鹿で、支笏湖から抜け出せず、一生このままかも・・・と言う不安感で一杯になった事・・・。 その後飛ばした高速道路の横風のあまりの強さに、みんなには黙っていたが、内心『もしかしたら死ぬかも』と恐怖した事・・・。
「北の国から」にも出てきた居酒屋だよ、と教えられ、行ってはみたが、北海道らしいものと言えば「チーズ豆腐」くらいなもので、ジンギスカン鍋だかなんだかはあったが、7月のこのくそ暑いのに鍋でもあるまい、と、どこでも食べられるような天ぷらだのエビフライを食べてしまい、不味くはなかったがイマイチ北海道を満喫出来ず不満が残った夕飯の事・・・。
どれもこれも過ぎてしまえばみな楽しく懐かしい・・・。
そんな感傷も北海道の早すぎる夜明けに打ち破られ、最終日の朝がやって来た。今日は富良野をあとにして、太平洋を目指す予定だ。占冠、日高、平取、二風谷と、ルート237を太平洋を目指し南下。太平洋沿いの小さな町、富川からルート235に乗り、海を見ながら、海の幸など堪能しながら新千歳空港に向かうという予定であった。
が・・・。これがとんでもない大間違いだったと知るのは、もうちょっと後のことである・・・。
途中の二風谷(にぶたに)という町の「アイヌ博物館」に立ち寄り、そのそばにあった昔のアイヌの住居などを再現した公園で、コロボックル気分を味わった。そして日高では「日高ケンタッキーファーム」という施設に立ち寄った。ここでは馬に乗れる。手綱を係員さんに引いてもらいながら、だいたい5分ほどの馬上散歩が楽しめる。マッチョとちょび婆が馬に乗ってる間、私はカメラマンに徹した。こんな重い私が乗るなんて、馬に申し訳がない。・・というのは表向きで、実はちょっと怖いのだ( =д=)・・・
この時点で、我々がすでにものすごい空腹であった事を覚えていて欲しい。
結構長いドライブだったが、あちこちに立ち寄ったり、車中でバカ話をしていたので、さして苦もなく楽しいロングドライブになった。 驚いたのはちょび婆の「嗅覚」で、それも「肥料のかおり」にだけ、ものすごくすばや敏感にく感応することだった。牧場などのそばを通るたびに、誰よりも早く!正確に、それを感知し、知らせてくれるのだ。
「ちょび婆、すごいね、嗅覚が素晴らしいね」と称賛すると 「いやあー他のものはダメなんだけど肥料だけはすぐわかんだー。」 と謙遜?していたので、ちょび婆には「肥料ハンター」の称号を二人から与えておいた。
そんなこんなで遂に海にでた!さあー!美味しい海の幸を食べるどーー!
だが、ここからなのだ。我々に北海道旅行中最大の危機が訪れるのは・・・!
| 2007年06月04日(月) |
【ムッキーの北海道リポート】5 |
【5】大空と大地の中で
三日目の午後、我々は美しい丘で有名な 美瑛(びえい)に足を踏み入れた。
もう何も言葉で語るものはない。
美瑛の美しさをどうか写真で見て欲しい。 見て欲しいが、写真では美瑛の美しさの 十分の一も伝わらない。
写真が下手な自分が腹立たしい。
なだらかな丘が、幾重にも連なり そのもっとずっと遠くに十勝連山が雄大な姿を見せ 高く、青く、広い、「大空」が広がる。
「大空」とはこういう空を言うのだ。 「大地」とはこういうものを指すのだ。
「大空と大地の中で」という歌の持つ本当の意味が 「大いなる愛よ夢よ」という歌の意味が 初めて心から理解できたような気がする。
あまりに美しくて、広大で、 どこを見ても泣きそうになる。
そして選挙中のムネオのポスターに
ムネオさんとやります 松山千春
という一言を見つけ
なぜだかまた泣きたくなった(; ̄ー ̄)
| 2007年06月03日(日) |
【ムッキーの北海道リポート】4 |
【4】富良野満喫
北海道に来てからというもの、毎日とても早く目が覚めてしまう。体は疲れているのになぜなんだろう。きっと気分か高揚しているんだろうな、と思っていたが、この日理由がわかった。それは「北海道の夜明けは早い」ということ。陽射しが窓から差し込む。「お、もう朝か・・・?」と目が覚め、時計を見ると・・・3時半��( ̄▽ ̄)!?3時半て夜中じゃん!なんでこんなに明るいの!?ってくらい、もう夜が明けているのだ。4時前にはもう普通に「朝」だ。これじゃ目も覚めるってものだ。この早い夜明けのお陰で、北海道滞在中の私も平均睡眠時間は3時間。もともと長時間睡眠は取らないほうだが、それにしても短い。
さて3日目。この日は思う存分富良野と美瑛を満喫しようと決めていた。 まずはTV「北の国から」でお馴染みの五郎さんが建てた(という設定の)家を見よう。早めに宿をチェックアウトし、レンタカーに乗り込んだ。どうやらまた朝食を食べ過ぎた兆し。本当に学ばない俺たち・・・。
道すがら、「富良野チーズ工房」というのがあり、立ち寄る。ここはチーズやバター作り体験ができ、いろんなチーズの試食、販売などもやっている。それに何より敷地内の白樺林のきれいなこときれいなこと!私たちは初老だということも忘れ、白樺の林で「戯れる恋人たち」ごっこにに興じた。どんな事をしたかというと、白樺の木の間をスローモーションで走り、それを追いかけるだけだ。 「あはは!あははは♪ε-ε-ε‐へ( ´∀`)ノ」 「待てよ〜、こいつぅ〜!へ( ^▽^)ノ 」 「あはは♪あははは!」 そして白樺をはさんでぐるぐる回り、見つめあい、無意味に笑いあう。(写真参照) くだらないと思いつつ、この遊びに熱中する。
そして建物の中へ。チーズやバターも作ってみたいが何せ時間があまりない。今日は行きたいところが盛りだくさんだ。体験コースはあきらめ試食コーナーへ。そこで美味しいチーズの試食をする。その時我々は「牛の乳絞り体験/100円」という看板を目にする。100円で乳絞りができるの!?それはすごい!これはやるしかない!代表してマッチョがお店の人に聞いた。
「すいませーん!この乳絞りやりたいんですけど、どこですか?」 「あ、そこです。」 「そこ?そこってどこ?」 「あ、この牛の人形なんです・・・。」
��( ̄▽ ̄)��( ̄▽ ̄)��( ̄▽ ̄)
そこには、牛のハリボテがどどーんとあるのみであった(写真参照)。そして100円を投入し乳の部分をにぎにぎするのだそうだ。・・・・そうならそうと書いておけよ・・・・で、なにが乳から出るのかと言うと、それは水。そりゃー100円なわけだ。それ以上とったら許さん!我々は一気に脱力し「やっぱりいいです」と、その場を立ち去った。その前にちょっと前に座り記念写真だけ撮ってみたが、むなしさはかわらなかった。
気分直しに美味しいソフトクリームを食べ、富良野チーズ工房をあとにする。次こそは五郎の家だ!と思ったのもつかの間、「富良野オルゴール」というかわいい建物に遭遇。どれどれ、とまたより道。でもこういうのが旅の楽しみだ。車を停め玄関に近づくと、おおお!かわいい犬!そこには真っ白でふっさふさの大きなわんこがいた。写真を見るとその大きさがわかるだろう。私よりも頭が大きいくらいだ。またこれが人懐っこいわんこで、特になぜか私はこの子に好かれたらしく「わっふ♪」と飛びつかれカオを舐めまくられ、押し倒されそうになった。犬好きな私は愛情大爆発で、感極まり「好きだーーっ!」とその子に抱きつき体中真っ白な毛だらけになってしまったが、悔いはない。 さて肝心のオルゴールだが、いろんなかわいいオルゴールがたくさんあって心惹かれたが、いかんせんその8割がたが「北の国から」のメロディーで、もうどうでもよくなってしまった。もっとバラエティーに富んだ曲をそろえて欲しいと心から思う。
そしてやっと五郎の家へ。そこでもどこからともなく「北の国から」が聞こえてきた。いやもう富良野中どこもかしこも「あ〜あ〜ああああああ〜あ〜♪」という、さだまさしの腑抜けた歌声でいっぱいだ。一生分は聴いた。もうさだはこりごりだ。 五郎の家も、5箇所くらいあるのだが、ここまでで結構時間を費やしてしまった我々は、「五郎よりも、美瑛じゃないか?」ということに気づいた。五郎の家は2箇所だけ見てもうおなか一杯になった。いやいや、すばらしい展示物で、細かくよく作ってあるなあととても感動した。夏限定なら住んでみたいとも思った。冬は辛そうだ・・・。
さあこれから美瑛に向かおう。
| 2007年06月02日(土) |
【ムッキーの北海道リポート】3 |
【3】富良野1日目
支笏湖から恵庭→千歳→追分→夕張→日高→占冠→富良野。
途中「道東自動車道」という高速道路っぽいものも通ってみたが、車はほとんど走っておらず、しかももの凄い横風が吹きまくり、ハンドルを取られそうになり、次の日に両腕が筋肉痛になるほどガッチリ握りっぱなしであった。怖かった・・・。
そのほとんどが山道だったので、途中何か美味しい物を食べようというもくろみは外れた。昼もかなりすぎた頃、夕張でドライブインのようなところを見つけ、そこに入った。そこでラーメンなどすすってみた。特にウマイというわけでもなかったが、量だけはたっぷりあったのでイタズラに満腹になってしまい、帰りに食べよう!と言っていた入り口の屋台のジャガイモの何かとか、ソフトクリームが入らなくなってしまった。
そこで背中に「熊斬りっ!」と書いてあるTシャツを見つけ、小さく書いてある大雑把なイラストがいかにもオッサン君向けだったので、やつへのお土産に1枚購入した。
夕張メロンの試食で喉を潤し、いざ富良野へ。バカーナビのせいで、富良野に着いたのは予定よりもだいぶ遅い時間だった。
今夜泊まるのは航空券とレンタカーとセットになっていた「一泊分の宿泊」で選んだ富良野のペンションだ。部屋に入るとそこは6畳ほどの畳部屋で、我々は「うそでしょ!何この狭さ!」とビックリしてしまったが、よくみたらロフトが付いており、上がってみたらベッドが3つあった。なるほど、下はくつろぐためのスペースか。ああほっとした。
荷物を降ろしひと段落し、もう4時半だけどとにかく一箇所でも何か見に行こうじゃないかという元気が蘇ったので、富良野マップを見て、有名な「ファーム富田」に行くことにした。ファーム富田までは車で約20分。
写真で見るとかなり雲が出ているが(少しにわか雨が降った)、実際はまだまだ太陽が燦燦としてした。まだ満開ではないとの事だったが、それでもすごい紫色(ラベンダー)の洪水だった!そしてその紫色を引き立てる色とりどりの花、花、花!「お花畑」ってものを実際の目で見たのはこれが初めてかもしれない。本当にそこは絵本に出てくる「お花畑」であった。
お土産売り場も、スタッフの制服も、ちょっとしたものすべてがラベンダー色。ソフトクリームまでも「ラベンダーソフト」、薄紫のソフトだ。ちょっと食欲が失せる色である。それでこの時は食べないでしまったのだが、実はこのことを明日後悔することになるのであった。
花畑とラベンダー色のお土産を堪能し、ペンションに戻ったのは7時。すぐに夕食。 部屋に戻って談笑などしてふと気づいたのだが、もう8時を何分も過ぎているというのに、外が明るいのだ。まだ「夕方」という感じで、暮れきってない。関東ではいくら夏でも7時半前には夜になる。なのにこの明るさはどうだ!白夜・・・?一番下の写真を見てほしい。これで午後8時半だ。まだ空が明るい。北海道の夏は昼間が長いな・・・と思ったその時、( ゚Д゚)ハッ・・と気づいた。
「長い夜」(byチー)って、このことかや!?
北海道の夜は、活動できる時間が長いのである。
この日は観光というよりも「移動デー」という感じだった。食べ物にも、ペンションの従業員にもあまり恵まれず、ぶーぶー文句ばかり言っていたような気がするが、振り返ってみるとそれもまた楽しかった。
明日は富良野探索と、美瑛へ足を延ばす予定だ。 早く寝て、運転疲れをとって、明日に備えよう!
| 2007年06月01日(金) |
【ムッキーの北海道リポート】2 |
【2】食べ放題と呪いの支笏湖
初日の楽しみはなんと言ってももりーに会えることと、そのもりーと一緒に泊まる宿の「食べ放題」だ。食べ放題に「カニ」が含まれていることは言うまでもない。この食べ放題のためにBOWSまで買った事は、初老日記に詳しいので併せて読んでほしい。
食べ放題はどれもこれも美味しく、カニも美味しく、普段では考えられないような量を食べた。まるで箍が外れたような食いっぷり。もうこのままではせっかくの温泉にも入れない!と言う位満腹になってしまった我々は、ホテル内のカラオケルームに行った。
そこで小一時間ばかり唸ったおかげで、大分消化されたようだが、それでもまだ苦しい。しかも、せっかく買ったBOWSはまんまと飲み忘れた。気がついたら2時間以上経過しており、我が胃の消化吸収活動はすでに最終段階をむかえていると思われた。BOWSに意味なし・・・。
今夜はもりーとみんなと、普段は話さないような恋愛話だとか、打ち明け話などして修学旅行気分を味わおうと思っていたのに、温泉(露天が素晴らしい)に入った段階で、満腹と湯あたりと今朝の早起きのせいでダルダルになってしまい、いつの間にかみんな泥のように眠りこけてしまっていた。やはり昔のように「夜どうしでおしゃべり」なんてのは夢のまた夢の話であった。まあお蔭で、旅に出た勢いのヤバイ事を打明けずに済んだかもしれない。
翌日は、昨日の雨がウソのような快晴。 私達は、夕べの食べ過ぎの教訓を生かすこともなく、朝食バイキングでまた食べ過ぎてしまった。どうもバイキング、食べ放題というものは、理性を狂わせるようだ。
もりーとはこれでお別れだ。たった半日であったが、本当に楽しい時間を共有できて嬉しかった。 ありがとうもりー。絶対また会おう。
今日の目的地は「北の国から」であまりにも有名な富良野だ。レンタカーのカーナビをセットして、初老3人組みは富良野へ向けて走り出した。
この時「支笏湖(しこつ・こ)」というかなり大きな美しい湖の湖岸をずっと走った。その絶景に何度も見とれ、車を停めて写真を撮った。とにかく関東ではお目にかかれない景色の連続だ。道路標識さえも北海道だ。鹿だの熊だのが描かれた標識も楽しかった。このまま順調に行けば、あちこち景色を堪能しながら行っても、午後2時には富良野に着く。余裕である。
ところが。このカーナビが、信じられないくらいバカなのだ。地図も併用してしたのだが「え?ここ曲がらないの?真っ直ぐなの?」というように、どうも変な道を案内している気がする。なんか変だ変だとは思いながらも、知らない土地であるのでナビに従っていたら・・・・なんと行き止まり!信じられない!p(`□´p)おまえそれでもナビか!ナビゲーションシステムか!恥を知れ、恥を!
その後再設定した所、また違うルートを示したが、なんだかいつまでもいつまでも支笏湖の周りをぐるぐるぐるぐるぐるぐる回っている気がする・・・。行けども行けども支笏湖。魔の支笏湖。支笏湖からいつまでたっても離れられないのだ。初めこそ美しい景観にきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいた我々も、もう誰も騒がなくなり、それどころか、徐々に無口になり、しまいには「もう支笏湖はこりごりだ」と言い始めた。時間はすでに昼・・・。まだ支笏湖・・・。
このままでは富良野になんかとても辿り着かない!運転手の私は「もうこんなくそったれナビなんか信用できっか!地図かせ!」と地図を検討し、ナビの示す道はことごとく無視し、野生のカンを頼りに進み始めた。その成果で、どうにか支笏湖を脱出、その後は順調に進み、予定より多少遅れたがどうにか富良野に辿り着く事が出来た。
カーナビなんか信用してるとどんどんますます道が覚えられない上にバカになるぞ。もうオマエなんか信用するものか。カーナビよりムーナビなのだ。
ムッキー

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