甲斐犬ジロー通信
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昨晩、遅くに私だけ田舎から帰りました。 ジローとタイショウの散歩は姉達に頼みましたが、兄も急遽用事が入り 大変だったようです。 こういう時、本当に神経を使います。 ジローはオシッコとリードが足にからまって居ないか、チェックも頼んだので、心配で何度も電話を入れて確認しました。 ちゃんとお漏らしもしないで、良い子にしていたそうで顔見た時はホッとして、先ず、ジローを深夜の散歩に連れ出し、次にタイショウを連れて出て 日付が変わってしまいました。
今朝は久々にタイショウと銀座まで遠出しました。 銀座を歩かないと元気がもらえないので、暗いうちから張り切って歩きました。 タイショウにギンザ〜ギンザ〜と声かけするので、その度に振り向き立ち止まるので、意味が分かっていないようです。
母ちゃん、ここがギンザですかい?
どうですか?僕ちんの初ギンザウォーク
僕ちん栃木っこだから緊張するです
母ちゃん、丸いビルがありますよ。 ここは犬が歩いていない場所なんだね
僕ちんが毎日食べているリンゴのマークがありますよ。 あ〜、緊張する〜〜〜〜〜〜。 もう、お家に帰りたいです。
なんだかんだ遊びながら帰って、3時間が経過していました。 ジロ母は銀座の空気を吸って気持ち良かったし、タイショウは何処でも平気で遊びながら歩く犬なので面白いです。
今日は8年ぶりに義母を囲んで、お祝をしました。 88才米寿の予定が、本人の希望で3年繰り上げ85才で新年会を兼ねたお祝です。 お母さんは3人の子供を産み、60年後には枝葉が分かれこんな大家族になっています。
子供3人に対して連れあいが3人、孫が7人、孫の連れあい2人、ひ孫が2人、全員集合出来ました。
美味しいお料理を食べながら歓談中。
これが黒メバルです。 煮付けが最高!
義弟のお嫁ちゃんは神戸育ちで関西のボケ突っ込みを一人でこなす、吉本系凄腕おばちゃんなので、周りは笑いの渦です。 ジロ父の妹も関西お笑い芸人を地で行く、パフォーマンスおばちゃんで、いや〜もう、賑やか。 テンションの高さが半端ではありません。 関西人の黙っていない文化炸裂、もうお腹の筋肉が痛くて辛いです。
お母さんはとてもご機嫌で、皆と会えた事が嬉しかったそうだ。 もう85歳になったから、顔を隠す事もないしね。 ヘルパーさんの助けも借りずにたった一人で生きている凄いおばあさんです。 5年後、90歳のお祝いをする事に決めたので、お母さんも目標を達成すべく、頑張って下さい。
ジロ母、3日間寝込み、未だ本調子では無いのですが、今日はジロ父の田舎 播州赤穂へ来ました。 明日、お祝い事があるので一足先に次男と一緒に長閑な田舎を散策。
瀬戸内海に面した静かな街です。
昔の酒屋さん
観光用に整備されて、すっかり綺麗な街並みに
なかなか良い感じです
ワンワン犬の鳴き声が聞こえたので、何処かなと探したら、このワンちゃんでした。 今は田舎でも外に繋がれた犬はめったに見なくなりましたね。
江戸時代には鍋島、堺と並んで緞通が盛んに織られ、赤穂緞通と言って 絵柄がとても個性的でジロ母は子供の頃、母の実家で見た絵柄を今でも覚えています。 次回来た時は工房に寄って見学したいと思います。
赤穂は何と言っても、魚が絶品です。 小魚が美味しいのですが、瀬戸内のあなごがジロ母は一番好きです。 今の季節は牡蠣、黒メバル、ヒラメが旬で、涙がちょちょぎれそうなくらい 美味しいのです。 写真を撮ることも忘れて、美味に酔ってしまいました。
ジローの犬生はプチ小説が書けるくらい際どい所で命拾いしながら、今日迄生き抜いて来た、かなり強運の星の元に生まれた犬だと思います。
先ず、ジローを愛情深く育て、躾を入れてくれた最初の飼い主さんとの別れが2才の時。 たった2才で一代一主が崩壊してしまったジロー。 どういう事情か山梨で引き続きジローを飼ってくれる人が居なかったのか 亡くなった飼い主さんのお孫さんが、ジローを引きとり飼う事となりました。 その人との6年の生活、、、、可愛がられていましたが、事情があって再び別れが来て8才の時、ジロ家に里子としてやって来ました。 もう、ジローにとっては一代一主なんて、すっかり忘れてしまったのでしょうか。 食べ物さえ貰えれば、誰でも良かったのだと思います。
8才迄に飼い主が3回変わり、保健所へ連れて行かれそうだったのが命拾いして、、、、この時すでに悪運の強さを垣間見る犬でした。
里子に貰い受けた時、すでにフィラリア+で治療が必要と言われました。 ジローの飼い主さんは、名医に診せて頂きたいとフィラリア治療薬代を 封筒に入れて私に託されました。 知らずに受けとり、封筒を開けてビックリしましたが、言われた通りにジロ母は名医を必死になって探しました。 そして名医の言う通りを守り通して半年で、フィラリア小虫は無くなり、晴れて−になりました。
休む間も無く、後ろ足の手術。 悪性腫瘍ではなかったが、断脚も覚悟しなければならない状態で術後の後遺症が残るかもしれないと言われました。 関節液が漏れブドウ状に固まるもので幸運にも不自由は感じない日々を過ごせています。 まぁ、それから暫くは元気いっぱいに過ごしていましたが、昨年になって 老化ではないかと思われる症状が幾つか現われ、CTスキャン初体験もさせてもらい、ジローの爺様ぶりを初めて認識するという事になりました。 これだけでも十分、悪運と強運を使いこなしながらの犬生だと思うのですが 年末に留めの癌発覚! ジローの犬生で最大のヤマ場に差し掛かっているのだと感じます。 悪運と強運とで生き抜いて来たんだから、これからもその運をジローらしく 使いきって最強の運勢に転じて欲しいものです。
座ション中のジロー。
タイショウは困るほど大声で吠えたてる犬では無いので、飼い主としては全く気にならないのですが、ご飯を待つ間堪えられずヒンヒンがヒャンヒャンになり、キャンキャンと鳴くようになりました。 このまま放っておくのは良くないと思い躾をしています。
鳴き声が大きくなったら、ビールの空き缶を突然投げ込む。 タイショウに投げつけるのではありません。 音に驚くように、床めがけて投げたらドアーを閉めて様子を見ます。 大体、これで暫く大人しくなりますが、再び大声が始まったら同じ動作をします。 以前、ジローが参加した山下さんの躾教室の時、吠えるのを止めさせたいという飼い主さんの躾を見ていて覚えていましたので真似てみました。
もう、数回行っていて、今でもヒンヒン言いますが諦めることが出来るようになり、缶は必要無くなりました。 缶投げのタイミングを計るのが楽しみだったのに残念です。 投げた缶から離れて、大人しくしているタイショウはもうしっかり覚えたようです。
ジロ母昨日から、風邪でダウンしています。 お年賀状を頂いているのにお返事も差し上げず申しわけありません。 寒中お見舞いを出させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
さてさて、昨年末のジローの腫瘍は「汗腺癌」であると大晦日に知らせが入りました。 癌そのものは強くないそうですが、根を深く張る性質の癌で、たちの悪い物らしいです。 獣医さんは、手術はしないとはっきり仰り、今後は余生を静かに送らせてやって欲しいと言われました。 犬は人間の数倍早い速度で年を取るので、癌の進行もその通り早いのだそうです。
ジロ家に来るまでの8年間の食生活はどんなだったのだろう? 確か迎えに行った日、陽のあたる地面に袋ごと無造作に置いてあったな。 毎日きちんと食べていた訳では無かったらしいから酸化したり、カビが生えていたりしていたのだろうな。 まぁ、それが原因ではないだろうけれど、、、、、。
首周りの毛を綺麗に剃ってもらったので、ジロ母は触診を丁寧にしたところ 首の奥の方に触る塊を新たに見つけたので、昨日獣医さんに診ていただいたら、これも多分癌だろうと言う事でした。 甲斐犬の被毛、特にアンダーコートは深いので毛の上からの触診では、腫瘍を見つけるのが難しいです。(獣医さんもそうだと仰っています)
元旦には立花隆さんの癌レポートをジロ父と二人で見直しました。 癌は恐竜の頃からあったもので、遺伝子がどんどん強くなり、現在に至って居る訳で、未だに癌は解明されておらず、癌を叩き殺すことは人間を殺す事であると立花さんはお話されていました。 戦うより上手く付き合いつつ生きる事が良いのかなと思うので、これからは 食生活の見直しと、癌の為に不足する栄養をサプリで補いつつ、かと言って 栄養過多になると癌に栄養を与え活発化させてしまうので、いろいろご指導頂きながら、勉強して行こうと思います。 ジローは現在の所、いつも通りに元気ですし、気分が良いと走ったり飛びあがったりしています。 14才9カ月目前のジロー、ついに最後の悪運を使うことになりました。
2010年01月05日(火) |
MOMOちゃんに会った |
ジローが元気な頃、浜町公園に行くと甲斐犬MOMOちゃんに会いましたが ここ1年位はジローも歩かなくなったので全く会わなくなりました。 お引っ越しでもしたのかなと思っていたら、先日に引き続き昨日も早朝に お会いしました。
MOMOちゃんは超早朝散歩なのです。 ロン毛の美犬さんで、タイショウは大喜びして遊ぼうと誘います。 MOMO姉さんはしつこい男はお好みではないようで、タイショウのしつこさに少々ウンザリした感じです。
しっかり振られたタイショウ
僕ちんはやっぱ、おやつがいいなぁ!
フガフガ言いながら、おやつをむさぼる能天気タイショウでした。
昨日、黒豆がお星様になりました。 18才の高齢猫でしたが最後まで頑張って、自分の体の養分を綺麗に使い果たして死にました。 驚異の猫で、出会いから死ぬまで不思議な子でした。
18年前の大雨の日、ジロ母は銀行帰りに不動産屋のドアー前で雨宿りをしている黒ネコを見て、その姿がいかにも家を探しているようなので
「お家さがしているの?」
と声をかけたのが始まりでした。 声かけすると、ジロ母に近づき猿のように肩の上に登りました。 下ろすと駆けあがり、追いかけられ、とうとう交差点まで追いかけてきて、肩によじ登るので、仕方なくそのままの格好で連れ帰りました。
猫なのに猫に関心が無く、先住猫とも遊ばず、おもちゃにも興味が無く ひたすら人間に向いて生きてきた猫です。 そこまでやるかと思うくらい、人間に媚を売り、見えない所で先住猫や後から来た猫をいじめると言う裏の顔を持っていました。 ジロ家の人間には良い顔して優等生ぶって、お上手するので性格的にはよろしく無いタイプでした。
2度死にかけては崖っぷちから這い上がるという気の強さ幸運の持ち主。 もともと黒豆はジャンプが出来ない猫で高い所にはあがれませんでした。 所が、17才くらいからジャンプをするようになり、ドスンと音を立てて下りる時は骨折するのではないかとの心配を他所に、嬉しそうにより高く飛びあがっていました。 死ぬ半月前頃は飛び降りた時の格好が開きのようになって、お腹で床を受けていました。 もう、開きになってまで飛ぶ事は無いと言い聞かせても、気持ちはイケイケなのでコウモリみたいでしたね。
歴代の猫でも、黒豆ほど手あつい介護を受けて死んだ子はいません。 年末年始のお休み中だったので、私達は充分に面倒を看ることが出来たので本当に良かったと黒ちゃんには感謝です。 そういう年末年始だったので、良いお正月を過ごせたと感じています。
軽くなってしまった黒豆のお棺を可愛らしく作ってあげて、ピンクのリボンも着けてやりました。 一日枕元に置いて最後の我が家です。 息を引き取る時
「もう、おいとまさせて下さいな。アタシもそろそろ引き時のようなので。 本当にお世話になりましたね。」
そんなコトバが聞こえたように、目を見開いて静かに天国へと旅立って行きました。 昨晩、家族でお通夜というか、お祝をしてやりました。 天寿を全うしたお祝です。 よく頑張って生き抜いてジロ家に貢献したと 褒めてやりました。 拾ってから18年だけれど、すでに成猫になっていたので、もしかしたら20才くらいになっていたかもしれないし。
ジロ家の沿線にあるお寺の動物霊園でお骨にしていただきました。
ジロ家ワンニャン代表でジローも焼場で立ち会いをさせてもらい、足を拭いて待合室の和室で一緒に待たせて下さいました。
静かで良い雰囲気のお寺さんなので、ジローも大人しく待てまして
小さいので直ぐにお骨になってしまった黒ちゃんのお骨をジロ父と二人で拾い、骨壷に納めましたが、しっかりしたお骨なので驚きました。 ジローは立ち会い犬を立派に果たしましたよ。
お寺さんの愛犬ボンちゃんがご挨拶しに出て来ました。
「御苦労さまでした。」
と言っていました。
小さくなった黒ちゃんだけど、ずっしり重かった。
大晦日の黒豆です。 チビちゃんがいつも傍に付いていました。 今頃、あっちの世界でいじわる猫しているかもしれないです。
起きている時もジローはかつての傍若無人なやくざ犬の姿は無く 静かに私達の傍で過ごしています。 嗅覚がしっかりしている時は食べ物を見ると、飛びあがって盗み喰いしたり 冷蔵庫を開けて牛乳を取りだしたり、油断出来ない犬でしたが、今では丁度良い感じになってきました。 一日中、マッサージをしてやれるので、ジロ母の膝の上に顎を乗せて甘えて大きなため息をついています。 こう大人しいと猫ズの態度も優しいですね。 只一匹、、、若い長さんだけはジローを威嚇しますが、そのうち先輩を立てる事も出来るのではないかと思います。
タイショウはジロ家に来て今日で1カ月になります。 自分はタイショウだと分かった事、留守番する事も理解して鳴かずに待てる事が進歩です。 大分コトバが分かる様になりましたが、飼い主側がとろいのでなかなか タイショウの良さを引き出す事が出来ないでいます。 一緒に生活をしていて、困る事が無い犬なので今のところは優良犬と呼んでいます。 さてさて、これからどんな犬に成長して行くのでしょうか。
ジローとタイショウのお正月朝散歩は自宅出発となり時差で出ています。 先ず、ジローをハンモックで下ろし自宅回りを歩き出るものが出たら 再びハンモック入れて5階迄、ジロ父とで担ぎあげます。 6年前はヒョイヒョイ担ぎ上げていたのに、今では二人共息が上がってしまい、5階に着くや死にそうになります。 ジローはハンモックに入ると、尻尾が上がっておまけにフリフリ、私達の苦労を楽しんでいるように笑顔で殿様気分です。 まぁ、毎日こうして担ぎ上げ下ろししていれば私達も体力付くのかもしれませんけれど、、、。
ジローの担ぎ上げが済むと、タイショウの散歩です。 タイショウの朝散歩はジロ母が行きます。 今日は日本橋方面から大手町迄足をのばしました。
大学駅伝のスタートが近いというので、行って見てみようと早足でタイショウと向かいました。
早朝からすでに凄い人です。 駅伝追っかけ風の人も居て、なんだか一種異様な雰囲気の人が見受けられました。
この人混みで、タイショウは2回も足を踏まれて鳴きました。 (可哀そうなことして悪かった)
三越前を通ったら、初売りに並んでいる人が居て、すでに店内に案内されていました。
門松の飾り結びが可愛いので写真に撮らせてもらいました。
スタートに間に合いました。あっという間に目の前を風のように走り去る学生達に拍手で見送る観客。
応援団やチアガールは大急ぎで片付けバスに乗って箱根に向かうようです。
大手町から皇居を右に見ながら歩くと、参賀に向かう列が出来ていて 右翼の人も沢山居て、ちょっと面くらいました。
タイショウは人混みも、さほど気にならないのか平気でいましたが、声をかけられると、直ぐに飛びついて遊ぶので気を付けないといけません。 丸の内を通って帰りましたが、途中でヤレヤレと思ったのでしょうね。 お正月早々、元気をもらえて良かった。
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