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■ 死の淵で見た希望(お題:04)
 
 
完全オリジナル
 
 
   死の淵で見た希望
 
   手首にカッターナイフをあてる。  震えて力を込めることができなくて、ただ、左手首だけが「早くしろ」とでもいうかのように疼く。なのに、できない。  カッターナイフを握り締めたまま頬を流れる涙に、どうせなら血もこんなに簡単に流れてくれればいいのに、と思う。 「何、してるの?」  びくっ、とあからさまに揺れた肩。震えて掌から、カツンと高い音を立ててカッターナイフが地に落ちた。その衝撃で刃が折れる。散った刃が、声をかけた人間の方へと飛んだのが分かった。  ドキドキと、先ほどまでと違った緊張が身体を支配する。  死への恐怖に振り向く恐怖が勝っていることに、思わず笑いすら込み上げてくる。どんな表情(かお)をしているのか考えるだけで足が竦む。呼吸をするのすら困難だ。 「ねえ、なに、してるの」  一語一語区切られた言葉は何の感情も読めない。ただ、責められているのだけは第六感で感じ取った。 「死にたいの?」  ゆっくりと近付く足音。それに反比例して速まる心臓。張り裂けそうだという表現を身を持って知った。 (来ないで……)  直ぐ後ろに感じる気配。足元に落ちたままのカッターナイフを拾い上げるのを瞳の端に捉えた。  長い指が大好きで、その手に触れられるだけでとても幸せな気分になれることを、身体がと心が嫌というほど知っている。忘れたくても忘れられない。  背中に、柔らかく手が触れた。  身体の震えが止まる。なのに、溢れる涙は止まらない。  今すぐ振り返ってその広い胸に顔を埋めたい衝動を止められない。 「……ごめんなさい」  呟いた声に、空気が震えた。  触れていた背中から離れる手を、振り返って思わず引き止めた。それでも、顔を上げることはできなくて、「ごめんなさい」と、もう一度呟いた。  掴んでいるのと別の手が、今度は髪に触れた。 「怖かった?」  優しい色の滲んだ声に、思わず顔を上げた。  大好きな指が、そっと頬の涙を拭う。 「怖かった?」  繰り返された問いに、ゆっくりと首を縦に振った。 「俺も、」  少し間を空けて、 「怖かった」  続けられた声。触れている指先が震えているのが分かって、胸が痛かった。それでも、存在を確かめるように輪郭をなぞる指はとても温かかった。  そっと、握っていた手を一度離して、今度は指を絡めた。  ここに居る、そう伝えたかったし、そう感じたかった。 「俺のこと、思い出してくれた?」 「うん、」 「俺はちゃんと止められた?」 「……うん」  死のうとした瞬間、頭を埋め尽くしたのは目の前の男との思い出ばかりで、全てを無くしたと思っていた私の中に唯一残っていた存在だった。  手放すなんて、それこそ死んでもできないと分かっていたのに。 「死ぬ瞬間に思い描く人って、とっても大事な人で、その人にとっても君は大事な存在なんだよ」  絡めた手を引き寄せて、力強く抱き締められる。 「置いていかないで」  初めて聞く泣き出しそうな声。 「うん」  力強く頷いて、更にもう一度「ごめんなさい」と呟いた。  身体を離して、優しい動きで左手を取られる。薄っすらと残る紅い筋に、柔らかい口付けが落とされる。少しきつく吸われてそこには紅い花弁が散った。  それはまるで傷跡にそった痛みのように、私の胸を締め付けた。  あまりにも慣れた、その上絵になる動作に、顔に熱が集中するのが分かった。治まったはずの鼓動が更にスピードを上げて速まった。  この上ない温もりと鼓動に包まれて、生きていることを実感した。 「死ぬまで、」  俺の腕の中に居て。  その言葉に、何度も何度も頷いた。
 
 
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 久々更新。 04.それはまるで傷跡にそった痛みのように またも薄暗い話(汗) しかも、書いてる途中で前に書かなかったか?と思った作品。
  何はともあれ12個目! 13個目は書き上がってますが、対の話がまだなのでできてから上げます。
  
2005年10月09日(日) 
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