ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年04月08日(月) さよなら、ドッペルゲンガー
 安っぽい全国チェーンのコーヒー屋で、僕は一人、アイスコーヒーを啜っていた。意味の無い行動だ。別に、誰かを待ってるとか、そういうわけではない。ただ、夕方まで時間をつぶさなきゃならないんだ。鞄の中から文庫本を取り出す。カバーがついていたとしても、やはり外ではもう少し頭の良さそうな本が読みたいなぁ、などと考えながら僕は元歌手の書いた小説を読んでいた。
 僕が座っているのは窓際のカウンター席だ。窓の下には道路が流れていて、そこをたくさんの俯いた人々がいったり来たりしている。ここに突然台風かなんかで川が流れたら、すごく楽しいだろうな、と、僕はぼんやり考える。
 となりに、男が座った。
 僕と同じぐらいの年格好で、なにやら英語の書いてあるティーシャツにだぶだぶのズボンをはいている。
 ふと、座りますよ、とでも云うように彼は僕のほうを見た。
 そこにいたのは、僕だった。
 嘘、と、唇のはしっこからことばが零れ落ちる。相手は黙って大きな目をよけいに大きく開け、口は半開きになっている。
「あの、あの、あの、その、その、」
 あの、その、しか云えない。だって、僕の隣でトレーにキャラメルマキアートを乗っけて今丸い椅子に座ろうとしてる、その人間は、紛れも無く、僕だ。
「お名前は?」
 妙な発音で相手が言った。
「俺は、ユウジだけど」
 割に親しげな口調だ。僕は、コウイチ、と、なるべくはっきり聞こえるように云った。けれど僕の声はおどおどとしたものだったに違いない。
「ドッペルゲンガーってやつ?」
 と、同意を求めるユウジ。ただのそっくりさんだといいのだけれど。
「いつ、生まれた?ドッペルゲンガーだと、ぴったり一緒だ」
 1987年7月24日の、夜中、と、僕はかなり詳しく答えた。
 コウイチは、俺もだ、と云ったきり、黙りこくってしまった。
 ドッペルゲンガーに会うと、生きてはいけないという。死ぬのだ、と、おどろおどろしい声で小学校のときから一緒だったタジマが言ったのを僕はよく憶えている。
「死ぬのかな?」
 死ぬんじゃない、と僕が答えると、随分と楽観的だな、と、皮肉っぽくコウイチが答えた。コウイチはグレイの携帯電話を取り出し、卵を割るように開いて、
「携帯の、番号と、アドレス教えてよ」
 と、云った。僕は自分の番号とアドレスを暗唱した。鞄の中で携帯が鳴った。
「ワン切りして、メール送ったから」
 俺、今から会う人いるから。また会おう。といって、コウイチはもうすっかり冷め切ったキャラメルマキアートを一息に飲むと、颯爽と立ち去った。
 僕の心の中には、もやもやとした、時に友人が校庭裏で吐き出す紫煙のようなものが残った。





 翌日、僕が学校から帰り、部屋で昨日の小説本の続きを読んでいると、携帯電話がカナリヤのように鳴いた。
 コウイチの、親だという。
 コウイチは、死んだそうだ。








 ドッペルゲンガーはコウイチでなく、僕だったのだ。


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