母のタイムスリップ日記
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2006年07月31日(月) 受信感度鈍し


利用者さん訪問。
お洗濯も済まされていらした。
「もう 済んだのですのね。早いですね」と声をお掛けすると…。
「当方 1人ですので 暇人してますから」と軽快なお返事。
…快調なんだな…と想像できた。

どうも トイレタンクの事でご家族から「騒ぎすぎ」と怒られた様子。
そのことをあれこれ話された。
間に立つとご家族のお気持ちも利用者さんの戸惑いも見えてくる。
私も言われた時「どうした物かな?」と感じた。
しかし 放置する事は利用者さんにとって良くないと思い 管理人さんにお聞きして「様子見でよい」と聞いていたのだった。
しかし 次の訪問の時には 業者の方が見えたのだった。

「水周りの事なので階下に迷惑をかけては…」と感じられたのだろう。

金曜日に床に水溜りが出来ていた。
業者さんが入った後なので タンクに触れて零れたのだろうと思った。
利用者さんのお話からは 細かい所が見えてこないのだ。
それで 水たまりの事は話さずに「ビニールを敷いてその上に雑巾を置いて行きます」とだけ伝えた。
今日見たら 雑巾が絞れるほどに水を含んでいた。
業者が入った後 余計に悪くなった感じだ。

ご家族もちょっと見てくれれば…と言う思いもしたが 利用者さんのお話だけではどう事か判らなかったのだろう。

この件に関しては 管理人さんにお話して置いた。
利用者さんには 次の時までお任せ下さるように御願いした。

冷蔵庫を見ると手のつけていない野菜が多かったので「傷む前に…」と調理してしまう事にした。
じゃが芋を茹でで使いかけの玉葱と人参にきゅうりを足してポテトサラダ。
残っている大根と人参で紅白膾。大根の切れ端を摩り下ろした。ナスを茹でしょうがを下ろして酢醤油とごま油に漬け込む。

それから トイレットペーパーと洗剤を購入のため利用者さんとお買い物。
木曜のヘルパーさんから 洗濯の仕上げ剤を勧められたらしく「仕上げ剤使ったほうが良いのだろうか?」と聞かれた。
洗濯物のごわつきが気にならないなら いらないでしょう」と伝えた。
「ごわつきは気にならない 濯ぎ終えてから仕上げ剤を入れるのは面倒」といわれたので「それなら なくとも良いのでしょう」と伝えた。

買い物を終えて戻ってから 急いで掃除機を掛けて活動終了。

家に戻ってから 母の所に出向く。
今日は 娘振り替え休日で家に居り 出かけるついでに送って貰った。

母はソファーに座ってユメルちゃんとニコニコしていた。
居室に入ろうとすると「連れて行く」と言うので抱き上げて一緒に居室に入る。それまで 母にとってユメルちゃんは 人形と赤ちゃんどちらとも形容し難い存在だった。
が 今日は はっきりと「この人形 かわいい」と言っていた。
しばしユメルちゃんに向き合っていた。

「出かける?」と聞くと「それもいいね」と言う返事だったのでお散歩へ。
おやつの時間と重なっていたので 外でおやつを摂った。
砂糖抜きのカフェオレを良く飲んだ。 珍しい。

途中 トイレタイムを取ろうとしたら「未だでない」と言うので その言葉を信じて取りやめた。
外出前 トイレ誘導しているとはいえ 水分は200ccは摂取しているのだ。
そして おやつタイムで600㏄は飲んでいる。
それでも出ないと言うのが少し不思議。汗は出ているので それでかな?
散歩から戻って 再度誘導し 出ていないことを確認。
母の意思が正しかった。母の頭を撫でて握手。
それから ちょっと排尿。

今日の母は 外に出るとなにやらおしゃべりをするのだが 何を話しているのか理解不能。
「寂しいの?」と聞くと首を横に振る。
「心配なの?」と聞くとコックリ。
でも 何が不安なのかが話せない。
関連のない単語を考え考え並べて話すが 言いたいことがどういう事なのかちっとも判らない。
今日は こちらの感度が鈍っているんだろうなぁ~。
もう少し 精度を高めなくちゃ!


2006年07月30日(日) いかんいかん!

 土用が過ぎていた。
鰻ばかりに気を取られてすっかり忘れていた。
梅を干さなくちゃ!
お天気もイマイチだったから…と自己弁解している自分がいる。

何だか 季節の仕事忘れぱっなしだ。


2006年07月29日(土) 「覚えている」


 母は ソファーで本を見ていた。
機嫌は悪くなかった。

居室で息子の写真を見る。
「この人〇〇だね」と言うとニコニコ。
「覚えている?」「覚えている」と言う返事。
この感覚が 大分変わってきている。
以前なら 確信を持って覚えているなと感じた。
でも 今 母から感じるのは言葉に対しての単なる反応(鸚鵡返し)のように感じたりする。

じゃ 自分の言葉はないのかというとそうではない。
今日もお店に入った時「何も買わないでいい」と言う。
こちらから質問した訳ではない。
陳列棚を見ながらそう言ったのだ。
こういう時は 遠慮している事もあるので「いつでも欲しい物があったら言ってね。お金預かっているから」という事にしている。
そうするとニコニコする。

そういった後で「アイス どれがいい?」と聞くとショーケースをみてどれにしようかと迷う姿に出会う。
結局は 選び切れなくて こちらが選んでしまう。
母に食べさせるアイスも変化してきた。
ソフトクリームは 食べている途中で融けてきてしまい ドロドロになる。
だから ソフトクリームは 器入りにしている。
今は チョコで包まれた一口大のアイスが多い。プラスチックのピックで刺して口に運んで上げる。

今日は 帰り際に職員から「退職」を告げられた。
薄々 気が付いていたのだが こちらか聞く事はしないでいた。
腰に痛みがあるといわれていた時期が有ったので 介護職を離れるかと思ったら次の勤務先でも介護職だそうだ。
「これまで ありがとう。時にお顔見せてくださいね」と伝えた。
でも お住まいは変わるのだろう。
勤務先は 結構離れた場所だから…。
新しい職員にも時折出会っている。
違う風が吹いて来るのかな?


2006年07月28日(金) 有り得ない…一同絶句。


 利用者さん 訪問。
今日は 検査もある日なので時間が掛るので 診療所に送り届けて直ぐに買い物に走り 購入した物を冷蔵庫に収め 又診療所に走った。
おかげで 大幅に時間短縮できた。
戻ってから 調理して 活動を終えた。

午後会議2本。
今日の会議のひとつは 各家族会の集まり。
そこで 信じられない話が出た。
介護保険申請時 認定調査の用紙が郵送されて来て 記入後送り返して判定が出たというのだ。
おかげで 介護度が軽くなってしまって困ったという事だった。
一同「嘘でしょ。脚色してない?」と驚く。
「脚色一切なし」という事だった。

認定調査と言うのは 調査ですからそこに足を運んで面談して書き込むのが通常です。
調査書に本人が書き込むなんて 間違ってもないのです。
有り得ない事が起きている。

この日記を読まれておいでの方で そういう経験をなさっている方居ないですよね?


2006年07月27日(木) 笑顔を見たくて

 
 午前中 パソコンでやりかけの作業2つ仕上げる。
気力が今ひとつ欠けていて 苦労する。
だんだん こういう山を越えるのが面倒に思うようになるのだろう。
だましだまし 取り組まないと…。きっと これも介護予防のひとつだろうからなぁ~。

介護予防って 40後半から準備が必要って保健士さんが 言っていたっけな。

午後 郵送する用があって外出。外出ついでにデパートを見た。
歩いているうちに 母の夏用のカルソンに目が留まり物色。
母にぴったりと言うものがなかった。
そうなると意地でも探したくなった。
売り場を歩き回って ピンクの綿パンを見つけた。
丁度 薄緑の綿パンにさくらんぼの汁をつけてしまって薄くシミが出来てしまっていたので丁度良かった。
もう一本買えるなと思い 七分のパンツを見ていた。
が柄がイマイチ。店員が 水色の花柄のパンツを手にしてきた。
そのパンツに目が留まって 立ち寄ったのだった。
「奥様がお使いですか」と確認された。
確かに 同年齢の方に この手のものを着用している人はいる。
疑問に思ったのはサイズだった。2Lなのだ。
「いくらなんでも…それはないでしょ」と思ったようだった。
「いえ 90になる母の分です。ちょっと可愛らしく行こうかと思いまして」と言うとニコニコして「そうですね。可愛い方のいいですよね」

と言う訳で2本のパンツと新調したパジャマを持って施設に向かった。
きっと母は喜ぶと確信を持って…。

母は椅子に座っていたが 顔が有った時ちょっと渋い顔をした。
ハッとして急いでトイレへ。出てしまった後だった。

それから 椅子に座らせて「似合うかしら」と購入した物を並べた。
花柄のパンツをみて すごく嬉しそうな顔をした。
名前を入れて母に渡すと「私のだね」といわんばかりにニコニコ。

これまでは 無地の黒や紺のパンツだった。
ちょっとした気まぐれが 母のお気に入りとなった。
早速 着用。
職員も目ざとく見つけて「あら…」と。

ほんとは今日 母の所に行く予定はなかったのだ。
でも笑顔が見たくて飛んで行ってしまった。
おかげで 夜間作業となった。







 


2006年07月26日(水)  またしても 階段!


リハビリの日だ。
療法士さんが話されていた。
やはり 医療リハの制限は厳しくて 介護リハでもしないよりいいという事で見学に見えるそうだ。
それも 役所の障害担当の方同行と言う。
現場に近い人たちも苦労されている事が見えてくる。

ていうか この改正の素案を作った方 またそれを議会で成立させた議員さん 障害者の現実をご存知なのだろうか?
ただ 経費節減と称して意見を口に出せない人たちから削減しているのではなかろうかと思う。もっと 実態に目を向けて改正してくれぇ~。
こんなお話を療法士さんと交わした。

反対の署名も大分集まり 見直しされるという事を目にしたが…。
生きる気力を削がない制度になってくれることを祈るのみ。

母の調子は 今ひとつはっきりしないようだ。
リハのために 床に座る時 非常に痛がり 幾度も「嫌だ」と躊躇った。
決定的な痛みではないようなのだが…。
背中も相変わらず丸まってしまっている。
「伸ばせる?」と聞いても反応がない。
何処か具合が悪くてそれに気を取られるあまり 聴こえなくなっているように見える。
何とか 横になったが 直ぐに目を瞑ってしまった。
「眠いの?」と聞くとコックリ頷いた。
変なお天気が続いているので 私達だって疲れ気味だから無理ないかな?

リハ中 足の屈伸で普段なら反発力がでたり自力で動かすのだが 今日はそういう自発的な動きは全く感じられなかったそうだ。
左足の屈伸では「痛い」とも言っていた。これも なかったことだ。

思うに お天気が良くないので 遠出をしていない。
普段の運動も足りないのかも知れない。

と言う訳で リハ終了後 バスに乗ってお出かけした。
出掛けの母は 気持ちが乗らないようで嬉しそうではなかった。
おまけに 施設の玄関で 床で躓いて転びそうになった。
介助しているので転倒hなかったが…。足の上がりが悪そうだ。

「出かけたくないの?」と聞くとコクリと頷く。
「やめようか?」と聞くと 全く反応が返らない。
だから こちらもかなり迷った。
でも「嫌」と立ち止まる訳でもないので ゴー。

バスに乗ってからも しきりに私の腕や肩に触れてくる。
向かい側の席の方が 母を見ているので それも不安なんだろうなと振り返って母と顔をあわせる。
バスの中で歌を唄う勇気は さすがにない。

バスを降りて「美味しいもの食べようか」と誘うと首を振る。
デパートに入って エレベーターに乗った。
くるくる廻ってから「ケーキでも食べる?」と聞くとコックリ。

今日は暑いし 食欲もイマイチ(全量摂取しているが 自力で食べる意欲がなかったのだ)
口当たりの良いプリンを頼んだ。
プリンが運ばれてくるまでの間にコップの水を幾度も飲んでいた。
これは 良い傾向かも…と言う予感。
動いた事で 何か刺激されてきたのだろう。
プリンは かなり大きかった。中程度の小鉢位に生クリームもたっぷりでイチゴもスライスして2個分はありカラメルソースもたっぷりだった。
自力でスプーンを持ったので 見守っていたら 生クリームの中にスプーンを倒して入れた。
仕方ないので 紙ナプキンでよく拭いてから 母の口にプリンを運ぶ。
美味しそうな表情だった。
「今日も頑張ってお出かけできたね。ありがとう。楽しいよ」と何回も伝えた。 ゆっくりペースで プリンを食べた。

私は アイス珈琲。砂糖もミルクも入れない。
母にちょっと吸わせると 苦いのに嫌がらずに飲んでいた。
プリンが甘すぎたかも知れない。

会計の時「おかね」と言った。
「大丈夫 ほら 預かっているから…」と言うと安心した様子だった。

デパートに入って 上りはエレベーター下りは階段と決めている。
最初は 不安定ながら階段を下りた。
次に階段を下りる時は「嫌」とくるりと背を向けた。
「頑張ってみようよ」と励まして 一段一段降りていく。
もう一階分降りるときには 大分慣れて足の運びもスムースになった。

4時を廻っているので 施設に帰るためバスに乗った。
今度は 落ち着いていた。
バスを降りる時 歩道の縁石に2センチと差がないほどぴったり停車しておりちょっと吃驚した。
「バギーの方 後部から下車なさってください」と運転手さん。
よく 心配りできる運転手さんだ。
40センチ以上離れて停車も良く有るのに…。
若し 母と私だけが降りる人だったら ここまでやって貰えただろうか??

昼食の介助の時は 今ひとつはっきりしない母の意識だったが 帰宅してからは かなり変化していた。

ちなみに帰宅した時 施設のエレベーターは 点検中だった。
「帰宅したらインターホン押してください。お手伝いします」と貼り紙があった。
母に「階段上れる?」と聞くと「うん」と言うので 上れる所まで頑張ろうとチャレンジ。
母は 両手で手すりを掴んで登り始めた。
私は腰に手を当てて「うんとこしょ」と上に押し上げた。
1階上るごとに休息を取って4階まで上りきった。
「偉いね。頑張ってくれてありがとう♪」
母は「ありがとうって言ってくれて…」とぺこりと頭を下げた。

4階に着いたら エレベーターの点検は終了していた。
母の意識も大分戻ってきていて 疲労感も少なそうだったので 最後の階段上りはよい刺激となったようだ。 職員は恐縮していたのだが…。
 
久しぶりの晴れで 外出効果もあり良かった。
やはり 変化のない毎日よりも気持ちのメリハリが出てくるみたいだな。

トイレ誘導は 全回成功。
母の場合 水分摂取が鍵のような気がする。


2006年07月25日(火) お恥ずかしい…


身体が「うごきたくない!」と言っている。
この所 家に戻ると何もせずに床にごろんと寝てしまう。 

ちょっと情けない気分になる。
ふと 昔 母が仕事から戻って何もせずに横になっていた事を思い出した。
母が何歳の時かは思い出せないが きっと似たような年齢なのだろうと思う。あの頃の母は 仕事に就いていた。
その時の言葉ではないが「あなたも この年になると判るよ」と言う言葉が頭の中をグルグル廻っている。

そんな心を見透かすように今日の母は 散歩に連れ出すと「わるいね」と言うのだった。
「誰が?」と聞くと母自身を指した。
「そんなことないよ。一緒に散歩できて楽しいよ」というと 母は頭を深く下げた。
今の私 疲れた顔をしているのかな?それとも母親の勘かな?
認知症と言えども そういう心は残っている。
それを 表に出す出さないは 個々に違うのだと思う。

今日の傑作は…
筋肉が重力に逆らえなくなっている私に「お腹出ているね」と言った母。
それも 母の居室に次々に遊びに来てくれた2人の入所者も並んでいる前で。
母の言葉を受けて1人がプッと噴出し「あはは」と笑う。
恥ずかしいので♪ぽんぽこぽんのぽん♪と腹包みを打って見せたら 更にもうひとりの方もプッと笑った。
その後で みんなで♪しょっ しょっ しょじょじ…♪の合唱となってしまった。唄い終わって大笑い。
自分の身体をネタに笑うなんて やっぱ 恥じらいを捨てています(反省)
でも 笑いのネタを提供できた!

こちらから誘った訳でもないのに 訪問を受けるなんて珍しい事なのだ。

母の体調は何処かでイマイチなんだろう。
母にとって嫌な事が有ったような気がした。
トイレに関することだろう。

家に帰りたいと言いたげだった。
「楽しい?」と聞いても「楽しい」とは言わない。
ほんとはトイレで用を足したいのに トイレに誘えば不安そうな表情。
だから 珍しく空振りもあった。
この所 ほぼ的中していたのだけれど…。

お腹もかなり空いている様子だった。
おやつ後なのに アイスを勧めたら全量食べた。
それでも物足りなそうだった。

特別に不機嫌になる事はなかったのだが。
せめて おしゃべりが出来ればいろんな事を聞けるのになぁ~。


2006年07月24日(月) どう変わって行くのかな?


訪問に出る前に事業所から電話があった。
「今日 訪問中に伺う予定ですので よろしく」という事だった。
先月の活動報告書に 
「これまでは 訪問があると混乱が多かったが デイ利用が始まり 大分落ち着いてきました。そろそろ 訪問しても大丈夫かと思います」と付記したので それを受けて訪問してくださるようだった。

利用者さんは 今日はお食事も済んでゆったりなさっておいでだった。
週末ご家族が見えて あれこれ話されたようだ。
金曜日のガスの件は 管理人さん立会いの下 ガス会社の方が不備を修理なさって行かれたとの事だった。
最初の業者さんの見立ての通り ガスメーターに原因が有った様で利用者さんの使い方の問題でない事が判って良かった。

事業所の人が見えることを伝えて間もなく 訪問があった。
これまでは「何をするために来るのか?」と言うお気持ちが強かったが 今日は そういう構えもなくてすんなりとお出迎えなさった。
看護士とコーディネーターの2名での訪問だった。
利用者さん デイ通いが始まってから懐疑心が消えてきている。

生きがいデイの時は 皆さんいろんな事が出来るので出来ない自分が惨めに思えている節があった。
デイが始まると 自分より判らない人がいるので安心感がある様子だ。
(時には 自分もそうなっていくのでは…と言う不安も生じるようだが…)
ここのデイは 過ごし方の選択肢が多いのでみんな同じ作業を強制される事はあまりない。

利用者さんは 日ごろのお話を次々なさっていらした。
お話が止まらないくらいに…。

その間 こちらはすべき事を順繰りに片付けられた。
話を聞くために仕事の中断をしなくて良いので かなりのスピードアップだった。事業所の方は 1時間ほど聞き取りをして帰られた。
それから 利用者さんとお買い物。
今日は 作られた物や差し入れが多かったので 買い物は数点。
だから ちょっと遠回りをしてお散歩が出来た。
戻っても 未だ 少し時間が有った。

普段の活動で 話しに耳を傾けると言う時間にかなりロスがあると思った。でも 1人暮らしの方を支えるのに お話を聞くと言う時間を切り捨てる訳には行かないし…。難しい所だ。

活動を終えて 家に戻って 役所主催の家族会に走った。
この家族会は 今 認知症を理解して貰う為の会に変遷中である。
関る人も移動で 変わって来ており 何故 家族だけの会と役所主催の会があるかすらよく判らない方増えてきている。
このふたつの会が連動することで 認知症の介護を支えられるのだ。

役所の移動で担当者が変わり 連絡がうまく届かなくなり 2回ほど欠席してしまった。
今年度初参加なのだ。
今日の会に母が御世話になっている施設の長が介護困難な場面の対応について話されると施設長から数日前に伺っていた。
その時に「どんな事話せばいいかな?」と聞かれていたので「対応は個々に違うから…と言う前置きしておいたら…」と伝えておいた。

参加家族は 20名近くいらしていた。
皆さん熱心に聴かれていた。
精神科医は認知症について 説明なさっていた。

会が済んでから 反省会がある。
ここで 役所、包括の人が残って反省会。
これまでは 家族会にも参加要請があってその席に加わっていたのだが 今年度の要請がないので「どうしますか?」と伺うと「是非」という事で参加。

そこで初めて今年の会は 今日の話を会場を変えながら同じ話をして行くという事を知った。

家族会としては 介護をしている家族の昨今の変化を伝えて あと少しの工夫を加えて欲しい事を実例を挙げながらお願いした。
役所からは 別の部署の方も見えていて 次回からの会に繁栄してもらえる事になった。

今年から包括になって この会に参加する人も変わった。
各包括の3人の役割がそれぞれあって この会に出て来る方は認知症担当の方だそうだ。

今日は いろいろ考えさせられる事が多かった。
認知症の理解と言うけれど 介護する側からの視点になり易い。
認知症の対応とは言っても 認知症の人がどういう哀しみが有るかと言う所の比重が少ないような気がするのだ。
認知症の方が 何故混乱するかをを理解できれば 対処にも変化が出て お互いが楽になると思うのだが…。

さて 
是非とも記して置きたい事があった。
認知症の介護の果ての心中未遂の裁判の結審もそうだが…それは 又の機会として…。

疲労度を唾液で測れるようになると言う記事と 
災害時の高齢者の避難について厚生労働省が 本格的に動き出すというニュース。

唾液で測る疲労度は 過労死の観点からなのだが これを介護者にも使えないかと思ったことだ。

災害時の高齢者の安全な避難をようやく本気で考えて貰える様になった事は嬉しい。


2006年07月23日(日) うなぎは何処へ?


 昨夜 介護仲間から電話が有った。
用向きは 会の場所の確認だったのだが…。
お義母様の食事の話しになった。
「食が細いのよ」
話を伺い あれこれと食べる方策を考えた。
認知症以外に病気がない事と普通食である事を確認し
「少し濃い味付けのもの準備できる?」
「うん そういえば お醤油をかけると食べたわ」
「持ち込みOK?」→老健入所中
「毎日 作って運ぶのも楽じゃないからトマトとか駄目かな?」
「そういえば トマトは不思議に食べるんだわ。それも大きく切ってあってそんなに大きくて大丈夫?と思うのにちゃんと食べれるのよ」
「水分も摂らないのよね」→点滴で栄養と水分を補っている。
「それなら やっぱりトマトとかいいよ。水分摂取も出来るし。それから豆腐は?お醤油大目にかけてあげれば…」
「そういえば 入所している人もトマトは良く食べるわ」
「母もそうだった。トマトだけは 美味しそうに食べていたわ。それが突破口となってだんだん 食べる意欲出てきたんだわ」
「そうか じゃやってみる!」
こんなお話だった。
骨折入院をきっかけに 食べる事に変化が出てきているのだ。
食べ方を忘れないように…気力を取り戻すきっかけを模索中なのだ。

 母の所に行く。
母はソファーに座って 頭を下げていた。
ソファーには 向き合って3人で座っていた。
いつも ソファーに来るメンバーだ。他の方は 車椅子だ。

母の隣に座ると ネルルちゃんを抱いた入所者がトイレに誘導される。
「〇子ちゃん 預かっていましょう」と受け取る。
ネルルは よく抱きかかえられたり 話しかけられたりで表情が豊か。
目をパッチリ開いて お話しする。
母は「目がね 可愛いね」とニコニコ。
もう1人の入所者が微笑ましそうに 母の様子を見ていた。
トイレから戻った方にネルルちゃんをお返しすると 母は手持ち無沙汰風。
居室からユメルちゃんを連れて来て 母に渡した。

ユメルちゃんの帽子を外して「髪が…」といった。
そうか ネルルちゃんのように可愛い髪形ではないわね。
ユメルちゃんは男の子だものね。
母のユメルは ネボスケで半分目を閉じかけている。
母があまり抱いたり話しかけたりしないからだ。

二人が ユメルとネルルで遊び始めるともう1人の方が「子供が何処かに行ってしまった」とホール内を探し始めた。
この方は ある程度判っておいでなのだが 人形と赤ちゃんの区別が出来そうで出来ない…。
クルクルと探し回られると別の方が「動き回るんじゃない」と言うので「そうですか…」と哀しそうだった。
母の居室から「虫食い諺」のワークを持ってきて 
「ご用向きの所すみません。ちょっと教えて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」と声をかけた。
「しょうがないわね」と傍に来て知恵を貸してくださった。

以前 職員がこれをコピーして冊子にして渡したがあまり活用されなかった。私は 母の介護中同じ事をして失敗しているので負担に感じない1枚物の方が取り組みやすいと思っていたが 余計な口出しはしないで居た。

人前で失敗を曝け出したくないのは 人間誰も同じ事。
だから 今日は 私がワークをやることにしてお知恵をお借りしたのだ。
そして途中で「文字が判らないけれど 書いて教えて頂けますか?」と振ってみた。すると きちんと虫食いを埋めてくださった。
次に進んだ時 又お聞きした。
「烏合の〇」「しゅうが判らないので書いて下さいますか?」
「しゅうはね 集まると言う字よ」と言って書いてくれた文字は「森」だった。諺の意味はきちんと判っておいでなのだ。
失敗を直す事はしない。今は 楽しむ方が優先なのだ。
次になんかで「長」と言う文字を書くところだった。
「判らないです」と言うと 向き合っているのに 私に判るように鏡文字をスラスラと書いてくれた。
「凄いです。よく判りました。ありがとうございます」とお礼を言うと
「こんな事 教師だから当たり前です」と流された。

そのうちに
「主人がねぇ~ よう喋らんとです」と言われた。
「以前は よく話されたのですか?」
「ええ。いろんな事話しましたが…」
「何か 心配事おありなのでしょうかしらね?」
「そうでしょうかね」
こんな風なお話を交わした。

おやつとなって みんなでおやつを食べて…。
そこへ また 車椅子の入所者がホールへ出ていらした。
いつも無口な彼女が今日はよくおしゃべりする。
その様子を見た方が「この方は お綺麗よね」と言われた。
でも その言葉が本人に届かないので…。
「ね 〇さんが『美人だ』って言ってるよ」と伝えると顔をクチャクチャにして嬉しそうに笑われた。
母と同じ90歳だけれど やっぱり「美人」は年に関係なく嬉しそうだった。

「ところで 今日は 土用の丑の日だけれど鰻食べたかな?」
「たべてないよ」
「じゃ 夕食かな?でも間違っているといけないから 献立見てくるわ」と献立を確認すると 昼食に鰻と書いてあった。
「なんだ 食べてしまったのね。いいな」と言っていたら…
職員が飛んできて
「今日は 鰻なかったんですよ」
「しまった 余計な事言ってしまったね。 でもきっと近いうち出るわよ。きっと!」と慌てて付け足した。

それから 母と散歩に出た。前屈が強かった。

施設に戻って 母がテレビを見始めたので施設を後にした。

我が家の鰻を調達して帰ったのだが…。
ちゃんと3人分と頼んだのに…。
ご飯をよそって いざ食べようとしたら2人前しかない。
料金だけ3人前取られたかなと慌ててレシートを見たら2人前の料金だった。
仕方ないので 私は後日にという事で冷凍してある鰻を食べた。

しかし 今日の鰻は…良く消えるなぁ~。
活きが良すぎたかな? お後が宜しいようで…テケテケテンテンテン!!!


2006年07月22日(土) 若年性認知症の講演会へ


 行けるかどうか判らなくて 申し込みをしていなかった講演会だった。
何の動きもないので 急遽講演会に出向いた。

講演は始まっていた。
アルツハイマー病に対する認知リハビリテーション
若年認知症の方が安心して生活できるために
のふたつの講演と
家族の体験談
その後 精神科医と家族とサポートする立場の人のシンポジューム

認知リハビリテーションは 過去に自分が母の介護で取り組んだ事と重なった。違うのは データに基ずいているという事。
私は 母の顔を見ながら手探りでなしてきた事。
おそらく みんな 置かれた状況の中でそれぞれ取り組んで居られている事だろう。
講師が後半で言っておられた「それぞれに合ったリハビリをする事が大事だから…」と。
リハビリは 基本的には 最後まで続くものだという。
ただ 止めるタイミングと言うのも大事だそうだ。

安心して生活できるために…は 医師のスウェーデンで感じた経験談を聞かせて頂く。
「障害」の捉え方が根本的に違うという事。
勿論 予備知識はあったのだが。「障害は誰にでもあるもの」と言う捉え方で妊婦が階段を下りられない事も障害と言う認識にビックリ。
つまり 誰もが障害を持っているという認識である。
これはWHOが捉える障害と根本的に違っていた。
若年認知症デイの基本は 滋賀県の「物忘れカフェ」だとも言っていた。
生活のキーワードなるものを4点
1.社会性 2.役割 3.達成感 4.個別的継続性を上げておられた。
これも これまで母の介護で取り組んで来た事と重なる部分が多かった。

シンポジュームで精神科医の言葉。
これまで「鬱」と診断されるケースが多かった。
「鬱でない」と判った時 担当外となり神経内科等に廻されるが 関った医師は担当外と廻さないで継続して診察に当たって欲しいと訴えていくと話されていたのが印象的だった。
家族会の方のお話しも心に残った。
「暴力 暴言でのサービス利用が出来なくなりそうになった時ケアマネさんの仲介で危機を乗り越えた経験談を聞かせて頂く。
ご家族は「何故そうなるのかを考えて欲しい」と訴えておられた。

今回の講演会は若年性認知症だったけれど 基本的な部分は高齢者の認知症介護にも通じる事だった。

今日の講演会に参加して 薬物治療から非薬物治療へ転換されてきている事を実感した。ようやく…と言う思いがあった。
また 痴呆症(現在認知症だが)の介護が日の目を浴びて 臨床例も多くなり 終末期のあり方にも目が光り出した。
母の進行に間に合うかどうかぎりぎりの所だ。
私の手繰り介護はこれからも続きそうだ。


2006年07月21日(金) ずしり…


 利用者さん訪問。
テーブルの上には食事中のもの。キッチンには調理に使った道具が出ていた。訪問はいつもと変わりない時間だ。
「今日は どうしちゃったかな?」と思う。
「こんな 大変な中来て下さってありがとう」
「?」…霧雨は降っていたけれど そう大変な状況では無かったけれど…
「もう 雨の被害がすごくて 途中大変だったでしょ」
…はぁ~ そうか テレビのニュースと現実がごっちゃになってしまっているんだな…

「いえ こちらは 大変な事もなくて助かりましたね」
「今朝ね 家族から電話で『今日来るんでしょ』と言われて『こんな大変な時は来れないでしょ』と言ったの。『エッ 来ないのか』と騒ぎになってしまって『あの人は 黙って来ないという事はないから来ますよ』と言ったら
『脅かすなよ』と言って安心していました。家の人 すっかりあてにしていますね」
何となく不安で気球を上げてみたけれど…と言った所だったのだろうか?

ふと 以前 一人暮らしの知り合いが「息子が海で死んだ」と騒いだ事を思い出した。きっと あの頃の彼女と同じ位に進行しているんだなと思った。
同じ1人暮らしだけれど こうやって関っていると一人暮らしも何とか可能な時代になってきたのだなとも思った。
全て同じではない。家族の電話のコントロールと訪問がこの人にはある。
知り合いは この時期から徘徊が始まり ゴミ出しも間違え近所からクレームがつき始め病院送りとなったのだ。
毎日 誰かしらのフォローが有るという事が この時期の一人暮らしには必須という事なんだろうな。

冷蔵庫をチェックすると 利用者さんが作られたおかずが数点あった。
それで お話を伺いながら 前から気になっていたシンク下の収納扉の蝶番の修理をし 白い下駄箱の手垢をお掃除した。

今日はトイレタンクを見に業者さんがお見えになるとも言われていた。
修理なさるという事だった。

買い物に出る前に ちょっと野菜を茹でておこうと思いガスをつけたが点火しない。幾度かチャレンジしたがやっぱり駄目。
元栓を見たけれどちゃんと開いている。
「朝はちゃんと使えましたよ」と言われる。
…何が起きたのだ?…
安全装置か?と思いボタンを押したが 直ぐに消えてしまう。
お風呂のお湯を出して ガスメーターを見るとメーターの針が全く動いてない。ガス臭くはないので 安心はしていたが…

買い物の時に 管理人さんに伺って工事とかガス漏れ点検とかやってないか
訪ねて見た。
工事はやっていないという事だった。

今日 トイレタンクの修理のために業者さんが入る事が判っていたのでその時に見て戴く事にした。

買い物から戻って 荷物を冷蔵庫に詰めていたが 業者さん一向に現れず。
ガスの事は 立ち会ったほうが良さそうと思い時間超過を覚悟して待った。

ガスの件は 業者さんも私と同じ手順で点検し「ガスメーターがおかしいかも」という事で ガス工事専門業者さんに連絡なさり午後に見えるという事になった。

トイレの件も 何処が悪いか判ったので後日修理という事になった。

料理は サラダと蕪の酢の物ときゅうりと蕪と人参と生姜の即席漬。
火を使えないので仕方ない。
利用者さん 調理なさっていたので良かった。

帰りに管理人室に立ち寄りガスの件を伝え「業者さんに管理人室の方から入ってと御願いしているので 点検の時立ち会ってください」と御願いした。

時間オーバーで生協の荷は玄関前に置いてあった。
昼食をとり 母の所に出向く。

母は入浴中だった。
みんなの頭がボサボサだったので 一人一人櫛で梳かした。
嫌がる人はいなくて みな「ありがとう」と言ってくれた。
ただ 〇さんの頭髪が後ろで絡まっていて梳かした時引っかかってしまった。始めは「ありがとう」と言っていたが 途端に「何するの 勝手な事して!もうせんでよい!」と怒られてしまった。
詫びても赦してくれず 気分が変わるのを待った。

そのうち 母が綺麗になってお風呂から上がってきた。
目は涙目。職員も大変だったろう。洗髪嫌がったのだと何も言わなくても判った。

居室に移動してギュッと抱きしめるとしがみついてきた。
それからトイレ誘導し水分補給。
そこへ 施設長が見えた。
この事に関しては 明日の日記に廻す事に。

施設長と話しこんでいる内に母の機嫌が斜めになって行く。
「おやつです」の声がしたのでホールに移動しおやつを頂く。
この所 手掴みが目立つ。今日も小さく切ってくれた水羊羹を手でつまんで口に運んだ。
仕方ないのでフォークに刺して渡すと「するな」と怒った。
母の隣に座して 他の介助に廻ったりお話したりしながら母の気分が変わるのを待ったが 表情がますますきつくなってくる。
時にお腹を擦るので 腹痛もあるのだと見えた。
聞いても両方にコックリするので正しく判断は出来ないかった。

おやつ後トイレ誘導しお腹を擦った。
適切な言葉は出てこないが「強く押さないで…」と言うので間違いなさそうだった。もう「おかちゃん」の連発である。
「おかちゃんて 誰?」と聞くと私を指した。かなり困っているのだろう。

帰宅時間が近くなったが 此の儘だとこちらのフラストレーションが強くなりそうなので「お散歩」に誘う。
普段は どちらに行くという意思を強く出さない母だが 今日は違っていた。道路を渡ろうとすると右折車が一時停止すると「行かない」とくるりと方向転換。道路を曲がろうとすると「そっちじゃない」と次々と拒否。
母の気の向くまま 歩調を合わせて行く。
「嫌な事は嫌」と気儘にした方が 母の気持ちが凪いで来ると信じた。

お店に入っても同じような傾向で早々に店を出た。
人気のない道を選んで 大きな声で歌を唄った。
大分疲れたようでベンチに一休み。
ベンチは雨に濡れており 持っているティッシュを使って座る分だけは乾かした。そこで持参した果物を食べてもらう。
始めは拒否したが「美味しい」と判ったら食べ始めた。

こんな日は会話らしい会話も出来なくて 歌を唄って気分転換。
ようやく 歌も唄うようになってきたので施設に戻った。


2006年07月20日(木) 菜園で草取り


 今日から名古屋 大阪出張の娘。
昨夜も帰宅は 終電後。

起き抜けに目がゴロゴロすると言う。
どうやらゴミが入っているようだ。
「角膜を傷つけるから 馬鹿にしてないで早く眼科に行きなさい」と追い立てた。
地元の眼科に立ち寄ったらしい。
待ち時間を聞くと30分と言われたそうだ。
が診察を終え 電話をくれた時 てっきり新幹線の中と思ったら地元だった。2時間待ったらしい。

さて 目の中の異物 どうやらコーヒー豆だったみたい。
昨夜 ちょっとスタバで珈琲を飲んだ時から痛み出したそうで カウンターで珈琲を入れていたのでその時豆かすが飛んで来たのだと思うという事だった。

いやはや 出張前に大変な目に遭ったようだ。
しかし 豆かすが飛ぶなんて…そんなことも有るんだね。
カウンターでは気をつけなくては…。

今日は 畑で作業。
夏の畑は直ぐに草だらけとなってしまう。
雨もなく涼しいので汗も出なかった。

畑の作物は お天気のせいか生育が良くないような気がする。
それでも 空芯菜を初収穫。トマトやナスもピーマンも収穫出来た
草取りを終えた時は7時を廻っていた。
手入れも楽ではない。

たまたま お隣の畑の方も見えて 同じ時間まで踏ん張った。
取れた野菜は 物々交換。
お互いにないものを交換できたので 沢山の種類の野菜が集まった。 


2006年07月19日(水) 教えを請う


リハの日である。
早めに家を出て リハ後買い物に出ようかと考えた。
それにしても雨足が強い。長野では天竜川決壊と言うニュースも入った。
こんな日に無理せずにいた方が良さそうだった。

夫の故郷からダンボール4箱のじゃが芋が届く。
半分は ご近所におすそ分け。
義姉の作るじゃが芋は 美味しいと評判なのだ。
そのじゃが芋の小粒の物を選んで 袋に詰めた。
バターも準備した。
ほかほかじゃが芋をみんなで味わえたらいいな。

施設に着くと他のフロアの方も一緒の昼食だった。
じゃが芋を職員に渡すと生憎そうに「今日は 見ての通り床清掃で出来ないのですよ」と言われた。
「しまった!」と思ったが「いや別の日でいいんですよ。じゃが芋は腐らないから…」と伝えた。

母の隣に座して 私の分のおにぎりをテーブルに載せた。
箸を入れたのだが行方不明なので 施設の割り箸を頂戴に席を立っている間に 母は 私のおにぎりの包みを開けていた。
それを見た職員が「おいしそうね」と。
と言う訳で おにぎり一個を母に渡したら 母はかぶりついた。
これは 想定済みなのだが 作る時一瞬迷ったのだ。
のりで巻くと母は食べ難いだろうから のりを細かく貼り付けようかな…と。でも しないままに来てしまった。
母は 何とか食べていた。
お箸で食べるよりも集中して食べていた。
小あじのマリネも持参した。
鯵は 小指と同等若しくはそれより小さい位のものである。
極小の鯵を見つけた時には直ぐ購入し冷凍保存するようにしている。
これだと骨が邪魔にならないから 母にも食べやすい。

施設のおかずとマリネとを母に食べて貰った。
私は おにぎりと母のご飯。

ゆっくりペースで食べ終えた。
実は昼食が配膳されテーブルに着いた時プンと臭った。
皆さん 食事が始まっているので そうっと席を立って居室トイレに移動。
緩めの便だった。
職員に聞くと今日は朝大きなものを排出した後という事だった。
残りの分かなと思って始末した。

食事が済んで直ぐトイレへ。
きちんと小水。

その後リハを待った。
リハが始まった時「お腹が結構ゴロゴロ鳴っていますね」と療法士さんが言われた。
母は リハの途中で突然話し始めた。「トイレだな」とピンと来た。

リハが済んで直ぐにトイレ直行。
やはり出た後だった。
お腹がとても激しくゴロゴロとしていた。
母がお腹の左側の所を押えて「何かが流れているみたいだ」と言っていた。
不安そうで 暫くトイレに座してもらい様子を見ていた。
お腹をそうっと押すとガスが抜けた。それを幾度か繰り返しトイレを出た。

昼食が済んで 別のフロアの人が入れ替え。
暫く雑談し その後ビーチボール遊び。
ワイワイと騒ぎながら楽しんだ。

昼食中に主任から「じゃが芋ありがとうございます。おやつの時に戴きます」と言われた。主任がじゃが芋を綺麗に洗っていてくれた。
「忙しい日に面倒な事してしまった」と申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
茹でるのは 私の役目。
茹でている間にバターを小分けした。

茹で上がる頃 フロア移動。
そこで みんなでじゃが芋を頂く。
「美味しいよ」と言う声が広がった。
迷惑をかけたけれど みんなが喜んでくれて気持ちが救われた。
多めに茹でたので 職員にも味見して貰った。

みんなから話しかけられたり 一緒に歌を唄ったりと楽しんだ。

おやつ後 トイレ誘導。
お腹のゴロゴロは 治まっていた。

床掃除も済んで 母たちも自分のフロアに移動。
ところが 母の機嫌が悪くなってきていた。
「さ 帰るよ」と手を差し出すと振り払われた。「ここで良い」と睨まれた。「そうか ここがいいんだね」
他の方と少し話してから 再度チャレンジ。
両手介助で立ち上がってくれたので 椅子をテーブルにつけた途端 母は また 椅子を引っ張り出して着席してしまった。
一部始終をフロアの人が見ている。
騒ぎにならないように「ここがいいみたいで…皆さんありがとう♪」と声をかけてから♪ひとつ頂戴さくらんぼ…♪と歌い出して母の手を取った。
♪胸の勲章にするんです…♪と母が歌いながら立ち上がり歩き始めた。
エレベーターまで 唄いながら歩きようやくフロアに戻れた。

でも 斜めになった機嫌は戻らなくて居室に誘導しようとしたがホールのソファーに座ってテレビを見始めた。
声をかけても返事なし。
飴を渡しても「いらない」と拒否。
最近 この時間 母の機嫌が悪くなる。

私の帰る時間と判るのかも知れない。
だって 施設に出向いた時「良く来てくれたね♪」という時が有るのだもの。だから 帰るという事も判る時もきっと有るよね。
そう思うと切ない。

認知症の人が運営するブログに認知症の人が次々集ってきている。
先日の朝日新聞にそのブログの紹介があった。
それを機に訪問している人もいる。

クリスティーンさんが来日して 日本の認知症の介護のありようが 少しずつ変化しているいるように感じている。
認知症の方がクリスティーンさんの本を読まれて勇気を得て居られるようだ。認知症ご本人が集える場所が出来てきた事は素晴らしいと思う。

私は 認知症の人の発信するメッセージに耳を澄まし 教えて貰っている。母のためばかりではない 自分の生きて行く先のためにも。


2006年07月18日(火) イメージ


「やだなぁ~」と思うと嫌な事が次々に繋がって来てしまう。
そんなループに入り込んでいるようだ。
だから 少しイライラしていた。

今日はオフ日で 合羽を着て鉢植えの整理をしてみた。
座っての作業なので 雨が本降りになると膝が濡れてきて途中放棄。
「根がないな」と嫌になる。

タラタラしていたら 上の弟から電話。
5月からの事が未だ片付いてない。
重たい現実である。
この連休に進展がある筈だったが 本人が逃げたため それも不可能だったという事だった。
でも この一週間の内に動くから…と弟は言っていた。

この問題は 下の弟の連れ合いの事だ。

5月に本人を抜いて両方の親戚で話し合った。
本人を追い込まないためでもあり その後弟に八つ当たりされにようにとの配慮からだった。
しかし 上の弟が集まった事を伝えたため 彼女は「何で自分を抜いたのかと」と怒ったらしい。
当然のごとく 提案した私をまた恨んだようだ。

その本人は 未だ真実を語っていない。
そして 昨日 本人の親戚が来たのに 逃げたらしい。
一昨日の実家の法事にすら出ていないらしい。

これから 父の13回忌の年がある。
「こちらの法事をしなくちゃいけない。姉さんは 7回忌の時には来なかったし…私しかやる人がいない」と言うほど法事に関しては熱心なのに…。
自分の家の法事には行かなかった。

彼女は 私が苦手と言うか嫌いなのだ。
私の悪い癖で ついつい正当論をかざしてしまう。
それが 嫌いの最大要因だと思う。

ここに来るまでの間に 専門の方(複数)のお話を伺い こちらに法律上の責任がないという事までは判っている。
でも 本人の中ではすり替えがあり「自分は悪くない」という思いになっていると思う。
変な話しだが 今日再逮捕された畠山容疑者と考え方が似ている。
これは 私だけでなく本人の親戚の方も言われていた事だ。

下の弟は父親に似ていて 黙して語らずのタイプ。
本来は 父や母の介護・看護にきちんと関るタイプだった。
一昨年に我が家に来た時も「最後は 家に引き取る。あいつにもそういってある」と言っていたのだ。
(それは 無理とは思っていたので 期待は全くしていなかったが)
「衝突が嫌だから いろいろ 言いたくない」とも言っていた。

私も嫌気が指し 母を引き取り(いや何の連絡も無いまま放置されたというのが現実だが)こちらから連絡する事もなくなり 重石の役目をする人が居なくなり暴走を始めたのではないかと思う。
もう少し 強引に帰省していればこんな事も避けられたような気がして反省するのだが…。
気持ちが狭いので そこまで気持ちの配慮はできなかった。
「まさか」という事態である。
大層な事のように書いているが 聞くところに寄ると 今 こういう事例が
非常に多いそうだ。
「どういう事例?」 それは 何れ決着が付いたら…。

昨日は 親戚と弟達で話し合いが出来たようだ。
本人の家(我が実家)で本人を抜いて…。
弟達は この数日 貫徹仕事が続いていたようだ。
電話も 疲労度が高いような声で「お金の心配と貫徹の仕事とどっちが大変かといえば やっぱりお金だから…」と言っていた。

そこで 母の事で突っ込みを入れようと思ったが やめておいた。
「弟たちとは距離を置く」と言うスタンスだったのに やっぱ放って置けない弱さがある。これは 夫も娘も同じだ。
「どうなった?」「〇君は大丈夫か?」と聞いてくる。
そういう役割なんだろう。

いろんな事を考えていても仕方ないので 傘をさし河原に出た。
人の気配のない雨の河原。
河川敷の葦の穂先にカワセミがとまっていた。
風にもなびく葦なのに…上手にとまっているなと感心してしまった。
2時間近く上流に向かってゆっくり歩いた。

出会った人は 5人くらいだ。
さすがに雨に日に歩く人はいない。
あまりに人気が無いので 遠くに人影を見つけるとドキッとする。
1人の人は 私の姿が目に入った時 土手を下りられて歩かれていた。
近くなった時姿を見るとリュックを背負った80近いくらいのご婦人だった。
同じ様な気持ちだったのだったろうなと想像した。

歩いて ちょっと気分転換できたみたい。
腰の痛みが消えていた。
両手首の痛みは増した。(剪定のせい)
友人から「魔球を投げているイメージをしてみたら…」と言うメールが届いた。友人は 今 軽やかにキッチンに立ってお料理している自分をイメージしていると言っていた。
「イメージすると良くなる」は 山坂を越えてきた友人の真実な言葉だ。


2006年07月17日(月) ジャム作り


 家族みんなが休日だった。
今日は 珍しく3食とも家族揃っていた。

午後の時間は それぞれ違う場所に散った。
夫は 会社。娘は買い物。私は母の所。
誰かが家に残っていると 何処かしら後ろめたい気持ちになるが 今日は気分が楽。

母はソファーに座ってちょっと浮かなそうな表情。
何だか 咄嗟に理解できない話を 目滲ませした。
「うん うん」と聞いて 荷物を居室に運んだ。
「ん?」と思って 急いで母の所に戻って「トイレに行こう」と誘った。
図星だった。
既に少量出ていたが 残りも出せた。
「ごめんね。直ぐに気が付かなくて…でも良かった。嬉しいよ」と言うと
「ううん 私が悪い」
「そんなことない。出てよかったね。握手しよう」
「私が悪いの」

母の顔に笑顔が戻った。
母の意識に「失敗」と理解できる何かがある。
傍にいれば 理解できるかも…と言う思いと ひょっとしたらいろんな事に追われて受け止め切れにかも知れないと言う両方の思いがある。
でも「もう駄目だろう」とあきらめかけていた事が駄目じゃなかったと発見できて嬉しい。
言葉を発すれば もっと良いが…。

手を洗ってから 家から運んださくらんぼでジャムを作った。
最初に軸を取って貰った。
洗ってあるので それを口に運んでも良い。
「ジャムを作る」という事を意識しているようで 数粒は口に運ぶが殆どはきちんと軸取りが出来た。
軸を取ったものから 順次 一粒づつ 包丁を入れた。
今度は種を取り出す。
「種を取りましょう」と言って実際に種を取り出す様子を見せてから さくらんぼを渡す。
その作業を飲み込むまで 時間が掛った。
容器に入ったさくらんぼが見えないこともその一因のようだった。
傍らで 種取作業をし 取り出せない人にさくらんぼを渡して「種を取ってちょうだいな」と御願いする。
そうこうしているうちに 作業の中味が見えてきて みんな作業に入った。
別のフロアからも見えて その方は職員がフォローし種取作業をした。
みんなで出来るのは ここまでの作業。

後はキッチンに入ってお鍋でグツグツ。
さくらんぼの汁で汚れたテーブルは 台布巾でそれぞれ拭いてもらった。
容器の汚れは 母にキッチンに入ってもらって洗ってもらった。
その隣で 煮立ったジャムの灰汁取り。
程なくして さくらんぼジャムが仕上がった。
鍋を持ち出して みんなにお礼を言いながら仕上がったジャムを見てもらった。「わぁ~」と言う声にホッとした。

ほんのちょっとの事だけれど 出来る作業をするっていいなぁ~と思う。
直ぐに忘れてしまうのだろうけれど 瞬時で有っても達成感を持てば少しの自信回復に繋がると信じている。
そうでなくとも自信をなくしているのだから…楽しい事が少しでも有った方が良い。みんな笑顔で作業できた。

ジャムは 冷めてから職員が保存容器に移して 後始末をしてくださった。
余計な仕事を増やしてしまった。

それからみんなでおやつ。

その後 小雨の中 母とお散歩に出た。
今日は前のめりが少し強く出ていたが お散歩は楽しいと言う。
雨の歌のメドレーで歩く。
時に歌詞 時に手でリズムを取ってと楽しそうだった。

折り返しの道すがら コンビニに立ち寄りチョコレートを購入。
おやつが甘辛せんべいだったので ほんの一口チョコでもと思ったのだ。
レジを済ませて荷物を受け取った母「これ お返ししないと…」と袋に入ったチョコをレジの人に返そうとした。
「これは もうお金払ったから 持って帰って良いのよ」と言うと レジの人にすまなそうな表情をして一礼していた。
購入するという事も理解出来ていなかったのかもしれない。

施設に戻って レモンティーで水分補給。
歩いている時「暑いね」と母は幾度も言った。
今日は それほど気温が上がっていないのだが 湿度が高くて暑く感じたのだろう。
そしてチョコを「んまいよ」とニッコリ。

先日 母に「お腹空かない?」と聞いた。
その時に「今は空いてないけれど すごく空く時がある」って言っていた。
はっきりと話した事が印象に残っている。

夕食に響かない程度にチョコを補給。
他の方だって チョコくらいは…と思い 職員に聞いてから2粒づつチョコを分けた。みんな おいしそうに食べていた。

「夕方6時には食事」と家族と決めていたので その時間前には戻って食事の支度をするので急いで施設を後にした。


2006年07月16日(日) 素人の庭仕事


 ふと考えたら 明日は祝日。
という事は 活動もお休みだった。
それなら…と庭に下りてパッチンパッチン。

南側の身長を越える「カイズカイブキ」7本にチャレンジ。
いつもは春先に手入れするのだが 今年は全て出遅れ放置。
だから 先端がツンとしていて塩梅が悪かった。

家では かなり剪定を強くする。スキスキ状態にする。
いつも 夫からは「そんなに刈って大丈夫なのか?」と言われるほど。

ご近所の多くの家は まぁるく刈り込んでいる所が多い。
それだと春先待ったなしに刈り込まなくてはいけないし 刈り込みの鋏を使うとお隣さんの庭まで飛び散ってしまう。
それが面倒でスキスキ状態。

この木の剪定で何が嫌って チクチクする事だ。
山椒や柊のように痛い。
強く刈り込みすぎたところは 特にとんがった葉になっている。
これが また 伸びが早くて込み入っている。
黙々と作業していると娘が起きてきた。
「後で 切り落とした物袋に詰めるの手伝って」と頼んだ。

3時近くに作業を終えて娘に袋に詰めてもらった。
「痛い イタイ」を連発。
「こういうものは 植木屋さんに頼めば良いのに…プンプン」と。
 …そういうものものでも ないでしょに…
あまりに 痛いと言う物だから 紫陽花やびわもかなり剪定したのでそちらを優先し 後は箒でかき集めてと頼んだ。

夫は 昼前に「暑気払いがあるから…」とスタコラ逃げ出す。
娘は その後用事があって外出。

刈り取った物を片付けてから 草取りに励む。
鉢植えを少し移動させて南側終了。
(正確に言うなら 未だ アオキやらが残っているのだが…)

それから お風呂掃除。

その後 玄関に廻って 柊南天やらレモンバーム等を整理した。
ようやく すっきりし始めたが 未だ終わらない。

6時を廻ったので 今日は終了。
1日仕事で 植木屋さんほど上手じゃないけれど…とりあえず「良かった良かった」と1人手打ちをした。

もう 右腕が苦しい。
明日の朝 ピークだろう。
寝る前に 娘が中国で買ってきた「白花油」を付ける事にしようっと。
これ 効くんだ。
昔のトクホンのような匂いがするのだ。
今の日本では 微香性と成っていて これほど臭う膏薬はないと思う。

あ~ 気になっていたことがひとつ片付いたわ。ヤレヤレ。
夕食は娘が奢ってくれた。ご馳走様でした♪


2006年07月15日(土) 母と植木屋さん


早朝から庭木の剪定作業が始まった。
頼んだ時は 古い葉が落ちておまけに毛虫までいて大変な状態だった。
が 日にちの経過と共に落葉も減り毛虫も孵化したようでいなくなっているのだ。
「何とかなるかなぁ~時間さえ出来れば…」と思い始めていた時の電話だった。暑いし…経費も掛るけれどやっぱりお任せする事にした。

この植木屋さんは事業所の集まりで知り合った方だ。
本業の他に 植木に関してボランティア登録なされた方だ。
だから 信頼していた。
例え 有償で有っても本業でのボランティアは そうそう出来るものでないと思っていた。
でも「若し外れだったら…」と言う気持ちが ほんの僅かだけれどあった。

1度頼んだ事のある植木屋さんは 電動式のはしごを使い2人係で小一時間で作業を終えた。
ご近所の植木屋さんも一軒当りの所要時間は2.3時間位。
値段の差は 2人の場合を除いて 3000円くらい。

今日の植木屋さんは 早朝からみえて(昼食と雷雨の1時間ちょっとをのぞいて)夕方の5時まで作業なさった。
仕事は丁寧。
あまり 口数は多くないけれど良心的だ。

母を迎えに行き 途中母を床屋に連れ出し入浴させたり また送って行ったりと 動き回っていたが その度に「行ってらっしゃい」と声をかけてくださった。
留守の間の水分補給は ポットに冷やしほうじ茶を準備してセルフサービスだ。暑いので 熱中症にでもなったら大変だから…。
出かける前には 暑い蒸しタオルも出した。
本人の責任と言えばそれまでだが…。暑い中の作業は やはり心配。

忙しそうに見えたらしく「料金は後でいいですよ」と母を送って行く時言ってくれた。

母は 施設にいる時少し俯き加減だった。
外出時 職員が挨拶しても特に挨拶を返す風でもなかったが 3人の職員が揃って見送ってくれ エレベーターに乗り込もうとしたら「挨拶してなかったから…」とくるりと後ろを向いて一礼した。
外に出て「暑いね 大丈夫?」と聞くと「暑いけど 大丈夫」と返事してくれた。バスを乗り継ぎ我が家に到着。
植木屋さんの道具が散らかっているのをみて「あれは?」と。
「植木屋さんが来ているのよ」というと「ふうん」
近所の人が近くに見えると「誰?」と。
「近所の人よ」と言うとぺこりと挨拶。
家の中に入ったので「何処か判る?」と聞くと「お父さんのお家」
「知っている人の家だから心配ないよね。今日は誰も居ないのよ」と言うと
安心した様子だった。

それから昼食。
この時ばかりは ニコニコ笑顔が戻った。
母の好物の南瓜の煮物だし 久しぶりに海胆。もろきゅうにしたら味噌をもっと付けて…と言う。きゅうりのコリコリ感がお気に召したようだ。
ゆで卵とトマトのサラダもおいしそうに食べていた。奴もおいしそうに食べたし たけのことさつま揚げの煮物も…。のりの味噌汁も。
母が来るから…と他にも作っておいた物が有ったのに すっかり忘れてしまっていた。

休息を摂ってから近くの床屋さんへ連れて行く。
家にいた時は時折御願いしていた。
丁度空いていたので 母を御願いして家に戻りお風呂のスイッチを入れて 迎えに行く。
特に問題もなく 床屋のお兄ちゃんとお話ししながら頭を刈って貰っていた。「いやぁ~ 母方のおばあさんに良く似ているんですよ」とお兄ちゃん。髪の毛も相変わらず多くて しっかりしていて 歩けるしお元気ですね」と言われた。
床屋さんでは シャンプーを頼まなかった。
と言うのも前向きシャンプーだから母が嫌がってしまうと思ったのだ。

戻って休息して今度はお風呂。
シャンプーはやはり濯ぎで嫌がったが 何とか我慢してもらった。
風呂から上がった時「良く我慢してくれて…どうもありがとうね」と言うと
心なし母の目が潤んでいた。
母はどうも「ありがとう♪」という言葉に弱いみたいだ。

母の脱いだシャツを見たら 袖のところに綻びが有った。
「ごめんごめん」と新しいのに替えたら嬉しそうにしていた。
鏡を見て 更に嬉しそう。頭がさっぱりした事がわかっているようだ。

風呂上りに 甘い珈琲を飲んで お茶を飲んで水分補給。

それから大急ぎで施設まで送って トンボ帰り。

植木屋さんは 荷物の片づけ中で支払いも間に合った。
どうやら ご近所の方が仕事振りを見ていて「良い」と感じたらしく仕事を頼まれた様子だった。

「ところでボランティアの方 依頼が来てますか?」と伺うと ベランダの鉢植えの植え替えを頼まれて作業なされたそうだ。

とても丁寧な仕上がりだった。
未だ南側の一部が残っているがあらかた済んだ。
残りは私でも出来るからいいんだわ。
キンモクセイだけは 今 剪定すると秋に花が咲かないので花が終わってからという事になった。


2006年07月14日(金) ズル

 利用者さん訪問。
今日は 通院日なので支度をなさって待っていらした。
「用向きを忘れてしまうので先にね」と気になっている事をお話された。

トイレの事だった。
「便器の周りが水で滲む」と言われた。
これは 私も気になっていた。
だから 訪問時には 必ず 便器の周りを拭くようにして来た。
原因は 判らない。
夏 トイレタンクの水が冷たくて汗をかき雫が垂れるせいでは無いかと思ったが タンクに汗はなかった。
原因不明なので 管理人さんにお聞きしてみようという事になった。

「昨日 ヘルパーさんに小松菜を茹でて貰ったが 後どうしましょう?」と聞かれた。
「全量使うと多すぎるので3分の2を調理して残りは冷凍にしておきます」と伝えた。

今日の利用者さん 落ち着いておいでだ。
横断歩道を渡らない方法で通院。
今日も非常に蒸している。
汗は流れる。動いているうちは良いのだが 止まるとザバザバ。

診察が終えて健康診断の結果を教えて戴く。
ちょっと血糖値が高い御様子だった。
「アイスクリームよね。体重も増えたし…」と言われた。
気になっていたけれど ご自身で判っておいでだから大丈夫だわとホッとした。
医師に「デイに行き出したら 楽しくて…」と話されたようで医師が笑っていたともお話なさっていた。
たまたま 以前お住まいだった所のご近所の方が隣り合わせて お話なさっておられる時もそういうお話をなさっていた。
最初のデイは 即座に「嫌」と言われ どうなるか心配だったが 紹介してよかった。デイは 事業所によって異なるし 好みも違うから…。
デイの選択は とても大切だと思う。
信頼関係が生まれれば この先も安心。

帰路 買い物リストで購入。
実は 利用者さんのお持ちになったお財布にコインしか入ってなかった。
診療費と薬の代金は コインで間に合ったが「お札が入ってない」という事は伝えなかった。
気を使って購入を控えられたら 困るのは目に見えた。
レジに並んだ時「今日は お札が入っていなかったので一時立て替えておきますね」と伝えると「あらら やっちゃった」と。

買い物から戻って お財布を別のバックから取り出されて精算。
急いで 調理して 冷蔵庫に収めた。

今日の活動はこれでおしまい。

家に戻ると 既に生協の荷物は届けられた後だった。
やはり 通院介助が入ると時間が足りない。

荷物も届いていた。
急いで連絡し再配達してもらう。
さくらんぼだった。
「ナポレオンと言う品種で摘果しなかったので粒が小さいのでジャムにしない?」と友人が言ってくれたのだ。
この暑さで 放置すると傷みが来るので 急いでジャムを作った。
もう 汗だくである。
外の気温は30度を越えているだろう。
急に外に出るのが嫌になってしまった。
すべき仕事もあるので 今日は「ズル」を決め込んだ。

明日の予定を組んで 母の所には外出から戻って午後に行こうと決めた。

が 夕刻 植木屋さんから電話が来た。
「明朝7:30に伺います」
「ぎゃっ!確か 1日仕事って言っていたわ…」

立てた予定を組みなおした。
誰も巻き込まない予定なのだから良いのだけれど…。


2006年07月13日(木) 気温が高いというよりは…


 梅酢が上がっている。
さてと 紫蘇の葉…と市場に出かけたが 有りませんでした(泣)
「いつもなら 未だあるのに…」と呟くと「そういえば 毎年出してくれる〇さん 今年は持ってきてないですね」と農家の方。
「家のは 今年 紫蘇の葉小さくて…」
これまでなら レジ当番の方が問い合わせてくれるのに…。
今年は音なし。
この所 市の度に買い物に出られる訳でないので 仕方ないのかな?
さて 今年 紫蘇の葉どうしよう!
母の施設の近くの畑には 紫蘇の葉がいっぱいあるけれど…。
今度譲って貰えるか聞いて見ようかな?

お目当ての物は買えなかった。
その上 出掛けに照っていた空が俄かに曇ってきて 雨が降り出した。
買い物もそこそこに家に戻った。
相当の雨だったので 洗濯物が濡れた。

出掛けに 少し取り込んだのだが…全部取り込んでおけば良かった!

夕方 小雨の中 畑に出向く。
トマトが赤くなっていたのでもぎ取ろうと近くに行ったら ヒヨドリがパタパタと飛び立った。
「あちゃ またやられたわ!」
青いトマトには 見向きもしない。味がわかるんだわ!
3個は辛うじて収穫。
数日前には 細く小さなインゲンだったのに 今日見ると大きくなっていた。良く見るといっぱいあった。
スーパーのワンパックの2倍はあった。嬉しい!
ナスも程よく大きくなっていて収穫。
草も目に付いたが…見ないことにしてさっさと帰って来てしまった。
この次 畑に行く時が怖いわ!

それにしても この所蒸し暑いこと。
昨日は熱帯夜?
ここ2日程 汗びっしょりで目覚める。寝ていて汗が流れてくる。
こんな事 なかったのになぁ~。


2006年07月12日(水) 塗り絵


 リハビリ。
施設は昼食タイム。今日のお昼はパンだったようだ。あらかた昼食は食べ終えていた。
食後 直ぐにトイレ誘導 危機一髪のセーフ。
歯磨きをして リハの体勢を取ろうとしている時に療法士さんが見えた。

今日は 私の肩に手を置いて母の腰を支えながら正座して貰った。
スルッと出来たのを療法士さんがみていらして「お~っできましたね」と言われた。
正座から今度は横になる。
それも 母自身 考えながら自力で横になれた。

リハビリの間 母は「お○○さん」と私の名前を数回呼んだ。
とても珍しい事だ。
何かを話すのだが「…確認でしておかないと」「あそこの何とかは其の儘か?」とかの話が多かった。
意味は全くわからないが「見ておいたよ」「出来ていたよ」とか返事すると「そうか」と安心していた。

リハの済んだ後 起き上がるのも母にやって貰う。
正座したまでは良かったが それから腰を浮かせて四つんばいになるのは無理だった。やはり腰がキーポイントみたいだ。
ちょっと腰を持ち上げて上げたら椅子の所まで行けたが 立ち上がりは無理だった。これは 前回と同じだ。

介助で立ち上がった時「良かったね。嬉しいよ!」というと母も安心した笑顔を見せてくれた。

それから ホールに移動。
きいちの塗り絵をパラパラめくって「はりしごと」と言う所で「かわいい」と言う。
職員も聞いていて「今日は塗り絵して見ましょうか?」とコピーを取ってくれた。鉛筆をだすと母は赤い色を選んで 熱中して塗り絵を始めた。
言葉をかけても耳に入らないほどに…。
塗り方は赤一色だけれど それでも線からはみ出さないで塗っていた。
力の入れ具合も均一だった。

おやつになって中断。
おやつ後塗り絵を再開したが機嫌が下り坂となってしまった。

その原因は…私が他の人に関ったせいか それともトイレに行きたいのにそのサインを見落としたか…のどちらかだ。
トイレ誘導した時には 少し出てしまっていた。

誘導の失敗はその1回。
後は 母の申告も含めて成功している。

○さんに色紙を書いて頂く。
「人間万事塞翁が馬」○子
母も読んでいた。
赤い折紙を額に見立てて 色紙を貼り付けて 糸を通してボードに吊るした。
その後 ○さんの髪を梳かした。
以前は触れさせてくれなかったが 今日は「ありがとう」と手入れさせてくれた。着替えも時折1人でなさるようになって来ているそうだ。
良かったなと思う。


2006年07月11日(火) ダブル通院


 歯科予約の日だ。
超早い昼食を摂って母の所に向かった。
施設では昼食中だった。
母の食事の介助とお隣に座っている方の食事介助。
母は1番スローペース。でも食べてくれるので助かる。

食後居室で着替え。
「遊びに行くよ♪」と言うと「私も行く」という返事。
「じゃ 一緒に行こう!」という事で外に出た。
バスに乗る。ステップは難なくクリア。
バスの席が1人ずつのタイプで母の席に私が座った。
すると後ろから私の肩を撫でてくれる。幾度も幾度も。
「不安なのかな?」と振り返って顔を見るが そういう様子もなかった。
バスを降りて 診療時間まで暫く有ったのでデパート内を運動代わりにウロウロした。

「アイス食べる?」と聞くと
「アイスって?」と言葉が理解できない様子。
「アイスクリーム」と言うと「食べる」と言う返事。

一応施設でトイレは済ませたが 念のため「トイレ行く?」と聞いて見た。
「行く」と言う返事。
がトイレに入ってキョトキョトするばかりだ。
「出る?」と聞くと「出る」と言う返事。
これが施設や家のトイレなら掛声をかけるのだが…。
隣に人がいる気配を感じると大きな声も出し難い。
身障者のトイレにすれば良かったと反省。
「ね 頑張って!」と幾度も囁く。
一向に気配がなく 懲りずに「出る?」と聞くと「出る」と言う。
また 耳元で「いち に のさん!」と囁く。
すると一度に流れきれない程の長いものが1本。
汗だくのトイレ誘導だった。
しかし 予告通りだと嬉しさもひとしおだ。

それから お店に入って念願のアイスクリーム。
これから 歯医者に行くのにちょっとは楽しい事もなくちゃね♪

歯科では 下の入れ歯のメンテ。
診察室での待ち時間は 持参した指人形で遊ぶ。
それでも足りなかったので ジャンケンポンで遊んだ。
母はあははと笑うほどリラックス。

歯茎に合わせる必要があり 歯をかみ合わせる時の指示が3人がかり。
その時は ちょっと不穏に成りそうになった。
「勘弁ね」と謝り 医師も技工士さんも「辛かったでしょう。ごめんなさいね」と謝っていた。
その気持ちは母に十分に伝わり 母も自分も悪かったと感じたようだ。
診察室を出る時ペコリと頭を下げていた。

歯医者を出ると隣が耳鼻科だ。
前回の歯科診療の時は休診日だったが 今日は診療していた。
待合室を見ると人も少ないので 直ぐに受診カードを出した。
程なくして母の順番となった。
この所 痛い事をされるとそれが治療とわかっても全身で拒否する母。
耳の掃除は大嫌いなので 暴れるのは覚悟していた。

本来半年に1度は掃除が必要な母だが 一年半ぶりだ。
これが 幸いしたのか診察室まではすんなり入りベットに横になった。
医師が耳に触れた途端「何するの!」と険悪モード。
看護士が二人と私とでがっちり押さえ込む。
が この看護士さんたち 母が「痛い!」と言っているのに「痛くないですよ」「痛くないですよ」と口を揃えて幾度も言う。
私は「ちょっと 痛いけれど我慢我慢。悪いね♪」と直謝り。
医師は わかっているのでひたすら耳垢を取る作業。
出来る限り早く綺麗に取り除こうとしてくれた。
でも 無口なので母には通じない。
何とか 掃除も終えて「ありがとうございました♪」というと母もペコリ。
終われば 直ぐに落ち着くが…だんだん大変になってくる。

時計を見ればもう4時を廻っていた。
急いで施設に向かった。

しかし 診療所によって 対応はまちまちだなぁ~とつくづく感じた。
母は散々だったかも知れないが これで暫くは通院もないだろう。 


2006年07月10日(月) 気持ちの切り替え

 今日は利用者さん訪問。
洗濯物も干し終えて 電話中だった。

冷蔵庫を見ると作りおきしたおかずが未だ少し残っていた。
珍しい事だ。食欲がないのかなと気になった。

「あの はなさん。電話が繋がらないのですよ。お礼の電話をしたいのですけれど…」と言われた。
宅配の電話番号とメモの電話番号を比べてみた。
最初の番号は正しくメモされていたが 相手が出ないので 家の電話帳から番号を写された様子。
でも 荷物を送ったほうが1番新しい筈と判断し 再度電話して頂く。
呼び指し音の後留守電になった。
「何時まで経っても出ないのですよ」と受話器を切られた。
利用者さんのお宅も留守電の機能付きなので 判っておいでだったのだが 度忘れなさっておる様子。
再度 電話を掛けて貰い 留守電に吹き込んで頂く。

「この人は いつも連絡してくれないのですよ…」と言う愚痴から 週末のあれこれとした愚痴が零れてきた。
大分 苛立っておいでだと直感。

高齢になった親は きちんと物事が片付いて行かないととても気を揉む。
この事は 両親の姿から感じた事だ。
母のように 認知症になってしまうとそれが更に加速され 不満だけが残って行く。
今の利用者さんは そういう状態の様子だ。
若い者からすれば その殆どが大したこともないのだが…。

お話を伺いながら 残っている野菜を茹でて…。
おもむろに切り出した。

「今日は 紫陽花でも見に行きませんか?それとも久しぶりに デパートをウィンドウショッピングしてみませんか?」と。
すると「デパートに行って ついでに美味しいコーヒーでも 飲んでみたいわ!」と希望なさった。
「でも時間大丈夫ですか?」
「今日は 差し迫った用事はないので 多少は大丈夫です」
という事で デパートへ出向いた。

すると…「こういう物が欲しいのです」と希望されたので 見て廻り 希望にあったお好みの物を調達できた。
その後 お茶。
利用者さん 最近スポーツジムから離れてしまって 外出の機会が減った。
それで ゆっくりとデパートを歩く事もなさらなくなった。
まして 新しく入った珈琲ショップの事もご存知がない。
利用者さんは 用事のある所しか歩かれなくなっているから。

珈琲を飲んで 美味しいお菓子を食べて寛ぐ。
「あ~幸せだわ♪ゴチャゴチャした事は 気にしないようにするわ♪」と利用者さん。
「そうですよ。定期的にお見えになるご家族がおいでなのですから そういう方 そう多くないですよ♪」
「そうね。みんな そう言うわ。来てくれるだけ 幸せよね」
「そうですよ」

と言う訳で その後日常のお買い物を済ませて戻った。

お米だけは研いでタイマースイッチを入れた。
おかずは ご家族が準備なさったものもあったので 野菜を茹でたものだけで今日はおしまい。

利用者さんに 金曜日に「暑くなって来たので 鉢植えに中1日 水をあげてください」と小さな如雨露に水を入れて鉢植えの傍に置いてきた。
忘れずに水遣りなさっておられた。

認知症の初期って 気持ちのリセットが自分で出来なくなる時がある。
気持ちがクチャクチャしたまま 1人で過ごされるのは良くないと感じてちょっとしたレフレッシュを試みてみた。
大分 気持ちが落ち着かれた御様子でホッとした。

そうだ 気が付いたことがひとつ。
お茶している時に「年を取ると 綺麗に食べられなくなって 外食が嫌になってしまう」と言われたこと。
確かに混雑した中だと そういう事が気になるような傾向が母にも有った。
今日は 平日で混雑もなくて 安心できたそうだ。


2006年07月09日(日) それぞれの天気模様


午前中家事を済ませ 昼食後母の所に向かう。
懸念していた 筋肉痛はなかった。 これも母のおかげだろう。

母はソファーに座って冊子を手にしていた。
中味を把握できているかは良く判らないが 絵を見たり文字を読んだりしている。きっと 簡単な文なら 未だ理解できると思う。
いつもパーフェクトと言う訳には行かないが。

母はニコニコ。
居室に連れて行き トイレ誘導しその後頭皮マッサージ。
いつも洗面台の前に立ち 洗面台に掴まってもらって頭皮をマッサージをする。今日は 自分から身体をかがめてくれた。
「ひょっとしたら 洗髪大丈夫かも…」と言う勘が働いた。
洗髪時に身体をかがめる事が出来ないから とても苦労していたのだ。
顔や耳に水が入る事を何より嫌う母なのだ。

洗面台に水を溜めて 頭を塗らした。
「冷たい!」とは言ったけれど 嫌がる様子はなくて 顔に水がかからないように自主的に頭をグッと傾けてくれた。
「大丈夫?」と聞くと「だいじょうぶ」と言う返事。
急いでシャンプーを手に取って 頭を洗った。
洗い終えるまで ほんとに静かで協力的。
こちらが 指示を出したりは一度もなかった。
すすぎも済んで 母の顔を見ると気持ち良さそうだった。
ほんとは お湯で洗いたかったが 変更して再度の取組みだと母の気分が変わってしまいそうだった。

ドライヤーで頭髪を乾かしていると職員が飛んできた。
音で吃驚なさったようだ。
でも 断る暇だってなかったもの。

ドライヤーの後はヘアーアイロンを使いウエーブを出した。
パーマが伸びきっているので アイロンで補助。
オイルを少し塗って終了。

その後 全身清浄剤を清拭。気持ち良さそうにじっとしていた。
蒸し暑いので 頭髪も身体もベタベタしてくるので…。

さっぱりした所で「お散歩する?」と聞いて見た。
「今?」「そうよ」
「行く」「じゃ 行きましょう」とお出かけ。

お店を見るたびに「ここにいるかもしれない…」と言って入りたそうにしてた。アパートの前でも 同じような事が起きた。
ひょっとしたら 私の家に行きたかったのかも知れない。

20分ほど歩いてファミレスに入った。
果物がメニューに載っていたので 果物と飲み物を注文。
母は「おいしい」と食べていた。
残念ながら自力で食べる事は出来なかった。

20分ほど休息し 立ち上がろうとしたら 母の拒否にあった。
「疲れている」という事だった。
確かに 今日の母は前に前にのめって行く傾向にあった。
右足が痛いとも言っていた。

出掛けに 夏用サンダル(履きなれていない物)を履かせてきたのだ。
足先に痛みを感じているようではなかったが 歩きなれなくて余計な所に力が入ってしまったかな?

少し時間を置いて 再度チャレンジしようやく立ち上がる。

帰路「○ちゃんの息子さんのお名前は?」と聞いて見た。
喉に手を当てながら「ここまで出ているのだけれど…」と言って笑った。
表現できるだけいいんだわ♪

雨がポツポツ落ちてきたので 施設に戻った。
「トイレに用事はありますか?」と聞くとコックリ頷いた。
きちんと排尿できた。
今日は こちらの誘導と言うより質問に答えた形だった。
今日も面会の間は失敗ゼロ。

母をホールに連れ出して 洗濯物を纏め袋に詰めた。
そして 母に百人一首のCDを聞かせた。
だが…入所者の方から「五月蝿い!」と言われて 断念。

みんなと一緒の百人一首だとスイッチの入りの遅くなった母にはストレスになりそうだったので とりあえず耳から入ろうと思ったのだが…。
やはり 施設では難しいのかな?
その方 午後の休息でベットに寝ている時 大きな声を幾度も上げて1人で怒っていた。
機嫌が悪い日だったのかも知れない。

それぞれのお天気模様があるのだから 仕方ないのかも知れない。 


2006年07月08日(土) 明日が怖いわ♪


 お昼を目指して せっせとお掃除。
遊びに行けても 掃除はしないというのは 夫に気が引ける。
片付けているうち 調子に乗り出して 庭の花を切って活けた。
居間だったり トイレだったり 洗面所だったり。
遊びの効果なんだろうな。

午後は 夕食の準備。
パタパタとキッチンでお料理。
お支度OK。

それから 外出準備。
「雨具とチケットだけ忘れなければ良いんだわ」
いや 飲み物も…。

スニーカーを履いてテクテク駅に向かって出発。

ターミナル駅で娘の友人2名と合流。
会場に滑り込んだ。
まぁ~ 若い人が大勢。ちょっと場違いかなと思ったり。

開演と同時にみんな立ち上がる。
さすがに若い人が多いだけの事はある。ノリが違う。
スカパラは ステージいっぱいを使って エネルギッシュに動き回る。
観客の動きも凄い。

「これは 最後まで座れないだろう」と察してバックからタオルを出して首に巻いた。

ちょっと着いて行けない場面は 曲を覚えきって居ないので 腕を上げるタイミングが掴めない所があった。
曲の合間に 水分補給。汗びっしょり。

約2時間 撥ねっぱなしだった。
「明日 どうなるだろう?帰り歩けるか?」と不安が過るほどだった。
平和なんだなとつくづくと感じた。

この2時間は母の事もミサイルの事も全て忘れて楽しめた。
ライブが済んで 真っ直ぐ帰宅。

土曜なので 帰宅ラッシュもなく ゆったりと座って帰れた。
地下鉄の階段も難なく下りられた。
が 座っている間 妙にふくらはぎが痛んだ。
明日が怖いわ!


2006年07月07日(金) 何処に行けばよいのでしょう!


 利用者さんは 紅を引いていらした。
「お出かけの予定ですか?」と訪ねると「いえ ちょっと勘違い」
日にちを間違われた様子。予定は 来週の金曜日らしかった。

金曜日は30分繰り上げての訪問なので 買い物に出るにも未だお店が空かない。そこで あるものを使って調理を始めた。
じゃが芋と大根の使い残しと人参と豚トロ肉を塩と生姜で煮た。
途中で洗濯が終えたので それを干して トイレ掃除をした。
ポットに水を詰めなおし ゴミを纏めた。
それから 冷蔵庫確認して 買い物に出た。

利用者さんは 目についた枝豆や蕪等も買い足された。
お魚を見入っていたので 2種類の干物と塩シャケがある事を伝えた。
「あらら ちゃんと見守ってくれるから重なって購入しなくて済んだわ。知らないでいると 早く食べなくては…と焦ってしまうのです」と。

「そうだわ。仏さんにお花を買わなくちゃ」と花屋さんに立ち寄る。

買い物を済ませて戻り 急いで使いやすいようにして購入したものを冷蔵庫に収めた。
買った儘だと使わずに其の儘に成っている事が多いのだ。

それから 更に調理。
枝豆を茹でた。蕪の酢の物を作り。蕪の葉とさつま揚げの煮物を作った。
それぞれを器に入れて冷まし 冷蔵庫に収めて今日は終了。

調理している時 利用者さんが言われた。
「はなさんだから 話すけれど…水曜日に今日何をする日か判らなくなってしまったのです。デイかと思って待っていたけれど 時間が過ぎても迎えが来なくて 家族も朝 電話くれなかったし…。困ってしまって デイの連絡帳をみて電話をしたのです。でも どう話してよいか判らなくて『私 何処に行くのでしょう?』と聴いてしまいました。(笑い)おかしいでしょ。でも あの時は ほんとに 判らなくて…。デイの方 直ぐに判ってくださって『今日は家にいる日です』と教えて下さって助かりました」
日にちの間違いが多い。自分で洗濯が出来 調理も出来ているので大丈夫だけれど…朝の家族の連絡 毎日の方が良さそうみたいだなぁ~。

母の所に出向く。
今日は 近くを散歩しようと思っていたが施設で七夕の行事。
と言ってもホットケーキを焼くようだった。
七夕飾りがちと寂しいので 折紙を使っていろいろ作った。
七夕会は 別のフロアでやるので折紙を持参してそこの階の分も作った。
折り込んで鋏をいれ 広げるのは 母やその仲間。
ホットケーキが焼けるまでの間作っていた。
その間にキーボードも出されて 入所者の方が弾いてくださる。
曲名を言っても直ぐには弾けないので 口でメロディーを口ずさんで見る。
すると キーを見つけて弾いてくださる。
それに合わせて唄える人はみんな歌った。
♪ささのは さらさら♪ ♪おほしさま ぴかり♪ ♪てるてるぼうず てるぼうず♪ ♪ほほほたるこい♪ ♪みずをたくさん くんできて♪ 等7月に似合う歌をメドレーで…。
若い職員は 目をパチパチしていた。

みんなでホットケーキを食べてワイワイ。
楽しい時間を過ごして 各フロアに戻った。

母をトイレ誘導。3回。3回とも成功。うち1回は大。
母に短冊を書いてもらった。
耳元で「○○(名前)を書いてね」というと ちゃんと書けた。
調子に乗って「たなばたって書いて」と言ったら「タナバタマツリ」と書いた。この所 文字がかけなくなっていたのに ちゃんと出来た。ばんざい。

今日から娘は海外出張。
月曜に戻って 木曜からまた海外出張。
日曜に戻って 今度は木曜当りから 大阪出張。
先週末も大阪出張だったし。
と言う訳で 7月の週末は出張続きだ。
代休がなかなか取れず 青息吐息状態。
今も「食べ物が合わない…」と弱音の電話。

急な出張で 明日東京スカパラのライブ 一緒に行く予定だったが娘は行けなくて 悔しそうだった。
娘のチケットは 別の場所のチケットと交換が成立したが これもまた出張で無駄になりそうな様子。

私は娘の友人たちと出かける。
どうも いろいろ心配してくれているようでメールが行ったりきたり。
結局待ち合わせて出かけることになり「明日は 楽しみにしています」と最終メール。
ひょえ こんな おばんでも楽しみにして貰えて嬉しいですわ!

ご機嫌斜めの人がいます。
陽水に続きスカパラと娘のプレゼントが続く私に「いいよなぁ~」と。
でも夫 外出好きじゃないし 「一緒に…」と言っても行かないのですから…仕方ないのです。
でも とうさん 今朝 娘から Tシャツ貰って嬉しそうでした♪


2006年07月06日(木) ふう~


 朝 介護仲間からの電話。
家族会に出席できなかったので その報告だった。
「行きたいけど 療法士さんからこれまでの経過の説明を受ける日となったので行けない…」と先に電話があったのだ。
「じゃ 今困っている事 話していらっしゃいね」と伝えていたので その報告だった。

リハビリ効果が上がっている事で 長谷川式スケールが ゼロから4位に上がったのだそうだ。
「嬉しい事なんだけれど 正直の所 家では特別の変化は見られないから…大変さは変わらないのよ」と言う。
デイでは 「排泄で奥様に面倒かけている」と話したそうだ。
「でもね 私には 『ありがとうもすまない』もないのよね。昔からそうだったから…」と零された。
他にも あれこれとお話して電話を切った。

家族会でこの所 ご近所とのトラブルが話題に上がっている。
認知症である事が判っていても「迷惑」と言われる事は 介護の大変さに加えてストレスになるなぁ~。
社会で 認知症が取り上げられるようになっているのになぁ~。
同情してなんて思わないけれど…せめて理解してもらえればいいのになぁ~。

高齢者世帯のみの介護は なかなか大変だ。


2006年07月05日(水) 母の小ストライキ


 歯科通院予約の日。
朝 早めに母の所に出向く。
朝食を終えてばかりみたいだ。
トイレ誘導し歯磨きをして着替えをする。
職員には 昼食不要と伝えた。

バスに乗って歯科医へ。
今日は 雨降りで足元には細心の注意を払う。

歯科は2階にある。
前回は 裏手のエレベーターを使わせて貰った。
しかし あの時裏手が母の不穏を引き起こした事を思い出したので階段を使うことに。
その階段は外階段で屋根がない。
母は上る気十分だった。
手すりは雨で濡れている。
でも母はしっかりと手すりを掴んでいた。
だから 片手に傘を持ち もうひとつ手を母のズボンの腰を持ち上げて 一段一段と上った。
手すりは階段部分にしかなくて 上りきった後次の1個の段でこちら側の体制を変えなければ成らなかった。
何とか 母に不安感を与えず歯科の玄関に辿り付けた。

受診は直ぐに出来た。
母はずっとにこやかだった。
1度入れ歯を外すまでは 順調だった。
入れ歯を外してから 抜けた歯のあとをチョコチョコお掃除が始まると不機嫌な顔。
それから 入れ歯をどう作るか再度口の中に入れようとしたら 母は口をギュッと結んで「いやだ」と。
「そう 嫌なんだね。仕方ないね」と言葉をかけて 母の腕を擦ってから「口をちょっと開けて」と言うと今度はOK.
それから 暫く あれこれ説明を受けた。
結局 入れ歯に歯を1本足すので 午後にもう一度受診という事になった。

最後に入れ歯の型を取った。
「痛くないからね」と説明したが 一度は拒否。
再度 チャレンジして何とか型を取れた。
それから 家に向かった。
デパートのレストランで時間稼ぎをしようかとも考えたが 入れ歯は歯科に預けてあるので 歯茎に優しい食べ物にしないと無理と気がついた。

バスに乗って家に向かう。
今日は 娘 振り替え休暇をとっていた。
また 金曜から3泊の海外へ出張でその準備もあるようだった。

お昼は3人で食べる。
葉のない母がどの程度食べるかと思ったが ご飯がよそられると普通通りに食べ始めた。噛む時間は長くなったが 結構食べていた。
家にいる間は終始ニコニコ。

ちょっと休息し 娘が買い物に出るので車に便乗して駅まで。
近くで 少し時間つぶし。
食事の量はやや少なめだったので 持ってきたお菓子とお茶で軽くおやつ。

母も疲れてきたようだった。
雨の中 更にテクテクと歯科に移動。
また階段を上る。
何とか 上りきった。

入り口を入ると直ぐに歯科助手の方が飛んできてくださり 診察室に直行。
直ぐに入れ歯あわせ。
ところが 母は口を開こうとしない。
首を振るばかり。

「入れていただいた方が良い見たいですね」と歯科助手。
「痛い事は何もしないからね。もう 入れ歯も出来たから合わせるだけよ。
美味しいもの食べられるようになるよ。食べたいよね」
母は頷いた。
「じゃ ちょっとお口開けて」
小さく空けた口に下の入れ歯を入れた。
それで 少し安心した様子。
それから 肝心の上の入れ歯を入れた。

咬み合わせを見るため に指示を与えるが奥歯をカチッとしなければならないのに理解できない。
2.3回やってみて多少はできたが 完全ではなくて…。
歯科助手さんは 入れた歯を少し低く削ってくださった。
今日 仕上げておいた方が不自由はないと判断なさったようだ。

何とか 仕上がって 次の予約を入れて終了。

外に出て 階段を下りようとしたら「あそこは嫌」と階段を下りるのを拒否。
しばし 会談の上で遊び 気分転換。
それから 階段を下りた。

もう夕刻。母の疲労もピークと思い タクシーを使って施設に移動。

施設に着いてからも機嫌は良くない。
入り口で 更に表情が曇る。
「嫌なの?」と聞くと首を横にふる。
入り口を入っても 自分の部屋の所までも行きたがらなくて 立ち往生。
職員は丁度引継ぎの時間で それぞれ忙しそうだった。

ゆっくりと母を居室に誘導した。
外出着から着替える時も 次に着替える服を次々拒否。
こんな事は 初めて。
着るのが嫌と言うのではなくて 着る服が嫌という風だった。

何とか着替えて ホールに移動。
着替えた服を片付けて母の所に行き ヌガーを口に入れようとしたら拒否。
「飴だよ」と言ってもギュッと口を結んでいる。
飴と理解できないかと思い「甘いよ」と言うと「いらない」と拒否。
ちょっと こちらがムッとしてしまった。

考えてみれば 疲れもピークだったろう。
お腹も空いてきた時刻と思えた。
母の気持ちが治まるまで 暫く隣に座った。
様子を見ながら 帰宅準備。
私が離れると 入り口の方をじっと見入る。
「帰る」という事を何処かで意識しているように感じて切なかった。

私自身もかなり疲れを感じているのだから 母は更に疲れているだろう。
職員も気が付いて 母の傍に寄り添ってくださったので 帰宅する事に。

今日のトイレ誘導は楽だった。
外出時は 身障者用のトイレを使えたから。
誘導排泄は5回。5回ともきちんとトイレで排泄。空振りや失敗ゼロ。
出掛けに 最悪を想定して パットをいつもの倍を持って移動したのだが 使わないですんだ。

今日の小さなストライキ。
言葉に出来ない 母の抵抗だったのかな?
今日は 言葉がなかなか出てこなくて 母も大変そうだった。


2006年07月04日(火) じんわりと…


 今日は家族会。
今週は 娘がチケットを購入してくれたライブが2回ある。
今日が 1回目。

母の事も気になり 洗濯物を持って 家族会の前に母の所に出かけた。
丁度昼食中で 母は目を瞑って食べていた。
新しい職員の方が 目を瞑って食べる母に興味が湧くようだった。
そこで「実は 階段を上る時も目を瞑ってしまう時もあるのですよ」と伝えた。それも 又 驚かれた様子だった。
食事は 介助を受けて全量摂取。
直ぐに トイレ誘導。
施設のトイレ誘導は もう少し後の時間だ。
でも 早めに誘導すれば きちんとトイレで排泄できる。

今日もギリギリセーフ。
その後 歯を磨いてうがいをして 夏用の服に着替えさせて ホールへと誘導し 施設を後にした。

あそうだ。○さん。今日はスカートからズボンにお召し換えなさっていた。
「スポーティーなスタイルもお似合いですね」と声をかけると「またまたぁ~」と笑っていらした。


家族会は それぞれ無理のない時間でそろそろ集う。
ほぼ揃うのは 30分位経過した頃。

今日は 初参加の方が要らした。
電話で ご主人がよその家の車に触れて「自分のだ」と鍵をガチャガチャなさって 近所の方が迷惑そうになさって困ってしまうと言われていた。
それで プロの運転手さんの車離れの話が参考になると思ってお話を伺うと…。 その方は 自分の車にはとても拘っていたけれど それがなくなった後は 他の人の車には全く興味を示さなくなったととの事。
認識の仕方は ほんとにそれぞれである。

いろんなお話があったが 以前 介護仲間が お義母様の摘便をなさるお話を聞いて「自分には 絶対出来ない」と言われていた方が 苦しんでいるお義父様を見かねて敵便をなさったと言われた。
また お義母様の介護は割り切って取り組んでいたが 医師からイロウ設置と言われた時「食事介助にしますから」と即座に言ってしまう自分に驚いたとも言われていた。
「それもこれも 介護仲間のお話を聞いていたからこそだと感じた。家族会に来ていて良かった」とそれぞれ 口を揃えて言われた。
それぞれのご主人も少しずつ変化してきて 劇的に協力してくれるようになったとも話されていた。
この話を聞いた時 じんわりと感じる物があった。

家族会では 介護の仕方の強制はない。責める事もしない。
自然に学びあっていけるようだ。
悩みや 苦しみを率直に話せる。

医療的に「?」と言う部分もあるが その辺は 家族会の情報と医師との相談の中で緩やかに解決策を見出して行けばいいのだ。

その人にあった暮らし方が 一番だろうと思う。

施設に通いながら介護している方もいる。
その方は 入所者といろんなお話をなさっている様子が見えた。
「ね あんた 毎日見えて 偉いね。あたしゃ そういう人と結婚したいよ」なんて言われたりも有る様子だ。

今日は 途中で家族会を抜け出して ライブに出かけた。
チケットは2枚準備してくれた。
だから 友人を誘って出かけた。
友人とはターミナル駅で待ち合わせ。

ライブとは
♪さみしさのつれづれに てがみをしたためています あなたに♪の揚水。
ドーナツ板の時代から ゆっくりと親しんできた。
擦り切れるほど熱中していた訳でないのだが それでも 何となく口ずさめるくらい。
初のライブ参加で 娘がくれたチケットは席も良かった。
ゆっくりと楽しめた。
古い歌を聞きながら 1人タイムスリップしてしまったり…。
ラストでは しっかり立ち上がってピョンピョン飛び跳ねて楽しんできた。

娘のおかげで楽しめた。友人もそう言っていた。ありがとさん♪

週末は 一度は行って見たいと思っていた「スカパラ」
日比谷野音。雨が降っても出かけます♪
しかし いいのかな?こんなに楽しんで…という思いがあるんです♪



2006年07月03日(月) あ~っ トマトが…!


 利用者さん訪問。
お訪ねすると外出準備をなさっていた。
お話を伺っているとどうやら 誕生月検診の検便を運ぶ予定の様子。
ご家族には「一緒に行って貰う」と話されと言われた。
でも 一緒に歩けば時間が倍以上かかってしまう。
それで 買い物 調理となると時間オーバーが目に見えたので「帰りに出しておきますので お買い物に出かけましょう」と伝え 了解を頂く。

買い物に出る直前に「洗面所の蛍光管が切れましたので…」と言われた。
見ると洗面台と洗面所の両方の灯りが点かなくなっていた。
昨日 ご家族が見えた時に気がついていらしたようだが…。
蛍光管のワット数を見ると消えかけていて見えない。
慌てて 手で大きさを測って置いた。

蛍光管売り場に着いた時「何故 ここに来たのかと不思議だったけれど 蛍光管を買わなくてはいけなかったのですね。自分で言って 忘れてしまっています」と笑った。
…ややや ちょと危ういなぁ~…
他にも 見ているうちに買い足したい物が増えてきて 予定外の物を随分購入。最後に蛍光管。
蛍光管に触れ サイズを確認。「ちょっと太いかな」と感じたが 他を見ないで篭に入れた。
会計時 カード決済。利用者さん サイン。
スーパーで 食品を購入し戻った。

調理しながら 買い物した物を それぞれの場所に収納。
ついでに 電気も取り付けた。
が 蛍光管のサイズが合わなかった。
利用者さんは「次の時でよい」と言われたが 自然光の入らない洗面所なので 慣れた場所とは言っても危険だと判断し 調理を済ませて 残った時間で1人で取替えに出た。
直ぐに終わるはずが…。
カード決済のため 少々面倒な事になってしまった。
いろいろ交渉して解決。
20分以上オーバーしてしまった。
戻ると ケアマネさんが訪問中だった。
きっとケアプラン作成だろう。

蛍光管を取り付けて 今日の活動ようやく終了。
汗びっしょりになった。

帰路 利用者さんの罹りつけ医に立ち寄り 検便の容器を提出。
午前中の診療時間ギリギリだった。
最後まで 走り通しの活動だった。

家に戻ってから 急いで畑に出向いた。
じゃが芋収穫後の部分に石灰を蒔いておかないと次の作物を育てられないからだ。
ふと見るとトマトが数個赤くなっていた。
良く見ると2個 下の方に噛み付かれた痕があった。
鳥だろうか?
これは 初めての経験。ネットでも被せた方が良いのかな?


2006年07月02日(日) 通院と入浴


日曜は午前のみの診察なので 10時頃家を出た。
夫に車の運転を頼み 快く受けてくれた。
娘も居たのだが 出張帰りで午前さまだったので。

「支度に時間がかかるよ」といつもの事ながら説明。
気の短い夫は 待っている間にお天気が変わってしまう事もあるので 判っていると思うけれど いつも断りを入れる。

母はとてもニコニコと迎えてくれた。
みんなに挨拶をした。
○さんが 着替えていらした。
一昨日 施設長から フロア担当の方のある作戦を伺っていた。
どうやら 成功したようだ。不穏にならずに着替えられたそうだ。
「涼しそうな お洋服でよくお似合いですね」
「またまた 貴女は いつもそうやっておだてる…」とニコニコ。

母をトイレ誘導。
「あれれ 怪しい雰囲気!」大がちょっとパットを汚していた。
職員に昨日の様子を聞くと 午前中少し出たが 後は特に変わりなく過ごしていたという事だった。
「待っていてね」の言葉掛けを忘れていた。
トイレに戻ると 母は手すりに手をかけて立ち上がりかけお小水が…。
あちゃあちゃ…。替えたばかりのパンツを更に替えた。
それから 少しトイレで頑張ってもらう。
今日は切れが悪く 危ないので パットを3枚バックに忍ばせた。

着替えをして 外に出る。
夫が 面白い顔で出迎えてくれた。
母は けたけたと笑って頭を下げた。

車中も機嫌よく過ごした。
駐車場は混雑していて 連絡通路に繋がらない階に停車。
この結果 母は 階段を上るはめになった。
1階分上って「大丈夫?」と聞くと はあはあしながら「疲れる」と言う。
「これで 最後よ」と上ってようやく診療所へ。
待っている人が数人おり 母が休息するのに丁度良い待ち時間になった。
「○ちゃ~ん!」と医師が呼ぶ。
母はニコニコして診察室へ。
「そう ここに来て置かないと…」と母は言う。
通院という事が ボンヤリ理解出来ているのかな?と思ったりした。

一通り診察し「大丈夫 まだ死なないぞ」と言うと 母はニコニコ。
薬を頂き トイレに誘導後 夫の待つ場所へ。

最近 母の介助が片手で済むようになってきた。
階段の手すりを持つ手も 大分しっかりしてきたように思う。
そういえば 今日は 車の乗り降りも手さえ捕まる場所に誘導してあげれば自力で乗り込んでたな。

此の儘 家に戻る事にした。
家で みんなで昼食。
母は家に入ると「変わらないねぇ~」とキョトキョトした。
娘も起き出して 母とワイワイ騒ぐ。
みんなで昼食。母はニコニコ。

食後暫くしてから 外の落ち葉を掃いた。
母を放置できないので 外に連れ出し。
台車に腰掛けてもらい 手は車庫のシャッターへ。
母の目の前で作業。娘も手伝ってくれた。
母を1人で放置しておく事は 今とても危険だから仕方ない。

その後お風呂に誘う。
母は 嫌がらなかった。
トイレ誘導後 入浴。
スムースに浴槽に浸かった。
それから 浴槽の中で身体を洗い 洗髪もした。
酷く嫌がらなかったが ちょっと無理をした。
「ごめんね 怒っている?」と聞くと「コックリ」と頷く。
怒っているけれど 凄い不機嫌と言うのではなかった。
洗髪時にちょっと押さえ込んだ。
怪我をさせても良くないし 耳に入ったら怒りは倍増するので…それを避けるために 短い時間を何回か 押さえつけたのだったのだ。
「勘弁してくれる?」と聞くとコックリ頷いた。

風呂から上がった時には 汗びっしょり。
それでも 心地良さそうだ。

湯があがりに お茶やアイスを食べて貰った。

頭を乾かした後 夕方施設に送り届ける。
帰りの車の中から 急に表情が曇った。
施設に着いてから「お腹痛いの?」と聞くと首を横に振る。
「哀しいの?」と聞くとまた首を横に振る。
「寂しいの?」と聞くと 応答無し。
何となく 寂しさを感じているのだろう。

気持ちの落ち着くのを待って そうっと施設を後にした。
今日は トイレに入る度に「大」
下痢ではないのだが…。
準備したパットは全て使い 家のストックも使った。
腹痛がないだけ 良かった。
小水は 1度失敗したが 後は成功。


2006年07月01日(土) 整理


義妹から電話があった。
先日伯母の葬儀に見えなかったので 仕事が忙しいかなと思っていたのだが…。
どうやら 体調不良だったようだ。

義妹は妹だが 同い年。
「いやぁ~ 最近 探し物に掛る時間が多くて ロスタイムが堪えるんだわ」と言う。
「やっぱり?私も 自分が怠け癖のせいかと思っていたけれど…。どうもそれだけでは なさそうでね」
「だよね。年齢のせい あるよね。姉さんもそうなんだ。若い頃のペースでやろうとするから 焦るよね」
「うんうん」
「先だっての葬儀に行けなかったのは 少し体調に変化が出てね…。薬出たのよ」
「あら 私と同じだわ。きちんと検査したの?」
「うん 済ませた。忙しい日が続いてたんだわ。睡眠時間も少なくて…」
「そう。私も母が家にいてギリギリの生活の時だったんだわ」
「その症状は ストレスから来るのよね」
…こんな会話が続く…
「頑張らないように しようね」
「そうだね。でも 頑張らないと出来ない事もあるし…」
「ちょっと 頑張りながらね」
「そう ストレス溜め込まないように 仕事以外の楽しみで気分転換計らなくちゃね」

「これでも 未だ言い方なんだって。3つ先輩の人から『それくらいなら 可愛いほうだわ』って言われたよ」
「そうなんだよね。私も 元同僚から そういう話聞いているわ」

「若い儘じゃないって 認識しておかなきゃならないんだわね」
「そうだね。お互い 気を付けて行きましょう♪」

「これからお天気が崩れる」という予報を信じて 洗濯を済ませて 朝の内に畑に出た。
じゃが芋を全部掘り起こした。
小さな畑でいろんな物を植えているので 収穫も知れているのだが…。
6本の苗で 4キロ位の収穫かな?今年は中程度。昨年はもっと不作だったからなぁ~。
それから また草取り。
落下生に黄色の花が付き始めた。これから次々咲き出すんだろう。
インゲンも花がいっぱい咲いていた。収穫までは もう少し掛りそうだ。

小雨がポツポツで 昼少し前に引き上げた。

それから また書類の整理。先日 ザッと纏めていた物だ。
介護関連の書類も それぞれ 小分けした。
昨年 書類の迷子騒動がおきて 大変な思いをしたので やれる時にしっかりやって置かないと…。
自分の記憶の不確かは もうしっかりと自覚している。
ついで 不要な物も始末。

放置していた物で記入し投函しなければならない物を仕上げてバックに詰め込んだ。

今 年齢の壁にどう付き合っていくかが課題かも知れない。
先輩方が乗り越えて来た道をヒントを探りながらだなぁ~。


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