脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


※下の方の○年○月っていうのをクリックすると、ひと月ぶんはまとめ読みする事ができます



 ホスピスケア〜希望の家〜

「きこえてる? …きこえてるよね」


「もうすぐね、天国にいくよ」
「がんばったねぇ」
「いいこと、たくさんあったねぇ」


限りなくやさしい声が、もう間近のその人の横で囁かれた。


医学的にもう回復が見込めない末期の方や、死期の近い方が過ごすホスピス。
ホスピスに入ってから、周囲の人たちと色々あったその人も、もう間近のためにベッド上でずっと横になっていた。
もう、あと、2,3日。
往診に来た医師とスタッフの間では、改めて入院はさせない方向で話が落ち着いた。

そのあたりから、宿直であったり昼間勤務のスタッフは、かわるがわるその人のところで長い時間を過ごすようになる。
お見送りのときまで、その人が一人にならないように。
なるべくさいごまで、一緒に居られるように。
そして、やさしくこんこんと声かけをするのだ。
なるべくいい思いのまま、いってもらえるように。
さいごに、やさしい気持ちが残るように。

聴覚はさいごまで残るというから、たぶん聞こえてるんだと思う。


さいごのさいごまで、看取る。
さいごのさいごまで、寄り添う。

こういうのが、本当の看護の一つなのかもしれないと思って、
どうしようもなく涙が出た。



その施設では、入居者もスタッフも「生きる」ということをちゃんと見つめているという。
ホスピスって、そういうものなんだろうと思う。


その人が亡くなった後、スタッフがその人の思い出話をしながら和やかに笑っていた。
自分のいる現場は子どもばかりで、その上外科系なので、治る事が前提だ。しかも普通に生きていれば、本来たくさんの未来が待っている筈の存在だ。
だから、亡くなってしまったりするとどうしようもなく皆、やっぱり苦しいし悲しくなる。並大抵の悲愴ではない。
大学のころから、いずれホスピスや緩和ケアに行きたいかもと思っていた私も、就職してからはその死に耐えられない気がしていた。

けど、やっぱり、気になるなぁ…


どれだけ成長したら私はその現場に立てるだろうかと考えると、
いつまでたっても立てるようにはならない気がする。
でもその気持ちは心にとどめて、
とりあえず今を頑張るか と、思いなおす。



2008年11月07日(金)
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