度々旅
INDEX|past|will
なんだかここ一ヶ月くらい、生きているんだか何しているんだか、夢の中にいるような現実感の無い日々を送っていた気がする。とことん寝て、とことん堕ちて、這い上がって来たような感覚。で、気付けば論文提出まであと2ヶ月ないじゃありませんか。マジですか???今まで読んだものがどこかへ行ってしまったのではないかと思う程、頭の中は空っぽの日々だった。それが、やっと頭が動き出した。 先のことばかり考えて、タナトフォビア復活の日々を送っていた。最近この言葉を知ったのだけれど、訳せば死恐怖症。うまく言えないし、説明しようとすると恐怖の感覚が目を覚ますので詳しく書きませんが、まぁ、無とか死とか、無限とか宇宙とかとにかくそういうものを考えたりすると、発作みたいのが起きるのです。小さい頃からあったこの症状。ふとしたことをきっかけに、体の中にうわあああああと、とてつもない恐怖が広がってくる。この症状が、発作であると知り、これも一種の恐怖症なのだと死ってから、だいぶラクになりました。ここ数年、この症状は消えていたんですがね。今年に入って、これが復活して、かなり生きにくくなり、夜が嫌でたまらなかった。 難しいところで、これが起きると、日常に支障を来たし始める。で、日常に専念できなくなって、発作が起きやすくなるという悪循環。あぁ〜。閉所恐怖症やら、高所恐怖症やらよくわからなかったのだけれれど、自分のこの感覚が恐怖症の一種だとわかるようになってから、なる程なと思う日々。日常のことに追われるのが、これから逃げる一番簡単な方法。というわけで、やっと動き始めた頭を論文に集中させるのだ。
イラク人質事件。とてもショックだった。ここ数日、それ関係の記事を読む度に、ああなんてバカなんだと思っていたけれど、やっぱり助かって欲しかった。知らないうちに、やけに親近感も湧いていた。生きて帰って来て、散々世間に叩かれ、怒られて、でも生きて帰ってこれてよかったななんて言われて欲しかった。生きてなければそれもできやしない。 旅に出ると、結構彼みたいな人はいる。危険だと言われているのに、出かけて行ってしまって、周りに心配されている人。帰って来た本人はケロっとしてる。でもその陰にはミッシングペーパーがばらまかれている人もたくさんいる。旅する時には、自分のことが印刷されたミッシングペーパーを想像する力も必要だと思う。 以前アメリカでゲストハウスを探している時に、声を掛けてきた男性がいた。私は無視したのだけれど、友人は彼が親切な人であると判断、ついて行こうと言った。夜で人通りが少なく、初めての場所だったので、私は躊躇し、彼の親切を拒絶したのだけれど、友人にはそんなあたしの態度が信じられなかったらしい。結局彼は良い人で、ゲストハウスまで連れて行ってくれた。そして私は、友人に怒られ、明日謝りに行こうと言われた。 今でもその時の私の判断は間違っていなかったと思うし、向こうから近寄って来た時には特に警戒すべきだと思う。人を信じれないことは悲しいけれど、身を守るためには仕方がない。それが、銃も何も持ってない旅行者の唯一の身を守る手段なのだから。 今回の彼が、どのように拘束されたのかはまだ明らかではない。ただ、バクダットの昼間の光景をテレビで見ていたら、騒々しい普通のアジア都市に私には見えた。でも、日常がそこにあるからといって、危険がないわけではない。危険な場所だからといって、そこで普通の生活が営まれていないというわけではないのだ。危険とは目に見える何かの形として存在しているわけではない。それを見た時には終わりの時かもしれない。だから、私達旅をする人間は、警告に従わなければならない。危険を確かめることは、できないのだから。
彼はなんて良い名前をつけられていたのだろう。彼の死が政治的にこれから利用されることがないよう願う。
2004年10月27日(水) |
いろんな所でいろんなコトが起きている |
友人と午後はテレビにかぶりつきだった。ハイパーレスキュー隊って言葉を初めて知った。早い時間の報道で3人生存と伝えられた時、思わず拍手した。そう思っていただけに、お母さんのことを聞いた時のショックは大きかった。阪神大震災の時、何かできないかと思い、いてもたってもいられなかった。で、同学年の子に声を掛けて生理用品を送った。アノ頃は今よりも、思ってすぐに行動に移すことができたらしい。 そんな中、イラクで人質事件。あああ。なんてタイミングが悪い人なんだろう。今回は前回と違って、ただの旅行者。危機感もあまりなかったようだ。同情の余地無しのところはあるけれど、ある意味純粋一般人、純粋民間人だ。何かに雇われているわけでもないし、特別な思想があるようでもない。「すみません」というか細い声と、諦めが漂ったような表情を見てたら、あまりにも情けなくなって、そんな情けない奴は、殺しても意味ないからさっさと返してくれと思った。家族の気持ちなどを思うと、とにかく無事に解放されることを願う。 いろんな所でいろんなコトが起きているけれど、あたしの日常はいつもと同じ。夜は友達の車で新しくできた温泉銭湯へ。そんなお年頃ではないのに、ニキビが急にでてきたので、漢方パックなどもしてもらう。こんな当たり前の日常が、いつになく大切に思えた一日だった。
|