度々旅
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久しぶりに鍋らしい鍋を食べた。キムチは入ってないが、味はキムチ鍋でである。ニラ、椎茸、白菜、豆腐、豚肉、ネギ、油揚げなどなど、私にしては久しぶりにいろいろな具材を入れることができた貴重な鍋である。 ここで肉団子も入れることにした。が、豚と牛の合挽きのひき肉しかない。鳥ひき肉って高い。よく考えたら謎だ。塊の肉は、鳥が一番安いってのに。。。それだけ、豚や牛は塊として売れないところがあるってことなのかな。 で、その豚と牛のひき肉でつくったら、あれまぁ、やわらかくできた。相変わらずあたしは目分量で調味料を入れる。冷蔵庫に以前肉についてきた豚丼のタレなるものがあったので、それを入れ、味噌などを入れ、生姜、卵、片栗粉、ニラ、ネギなどと一緒に練る。で、なんとなくゴマ油も入れてみた。片栗粉が多かったせいか、このゴマ油のせいだか知らないが、すっげー軟らかく、フワフワにできた。感動。 ついでに、処分に困っていた乾燥のフォーも入れた。ウマイ。だいたい麺類ってもんは、すぐ食べれるからいいわけなのに、フォーの場合もどすのに1時間もかかる。これを待つのは苦痛だ。よって、なかなか減らないでいた。そんなわけで、鍋に入れるとは、自分としてはナイスアイデア!。完全にもどってなくても、鍋で長時間グツグツしてりゃ軟らかくなるわけで。 ああ、野菜が高い今、次に具沢山の鍋を食べれるのはいつだろう。。。
2004年11月10日(水) |
小さな好きなこと、嫌いなこと |
HP全然いじくってないなぁーと、久し振りに自分のページを眺める。ああ、リンクきれているよとか気付く。つくるのは簡単だが、育てるのは大変という言葉が身に沁みる。で、いじりたくなったりする。完全に論文からの逃避だ。いけんいけん。 咳が少しでる程度で、風邪の方はだいぶ治った。甘えて休むことなく、授業に出たから治った気がする。そんなもんだ。 先日、寝ている間に口の中に血が溜まっていたと母が電話をしてきた。すぐに、いつも行く大学病院で検査をして、昨日結果が出たが何もなかったとのこと。一安心。それにしても、この間は肺に陰があるといわれ、今度は口の中に血がたまるって、次々と検査しなければならないことだらけで母も忙しい。去年までは祖父母のことで忙しかったぶん、どっといろいろ出てきたのかもしれん。とりあえず、一つずつしっかり検査して、安心して過ごせるようになってから、次の人生を母には歩み始めて欲しいと思う。そういや、父は痛風になってた。同じ歳のうちの教授もなってた。父の話をしたら、教授は嬉しそうだった。仲間ができると、嬉しいものなのかもしれない。
ふと思ったのだけれど、日常生活において、小さな好きなことと嫌いなことができていることを発見。米袋から米櫃に米をうつすこと、乾いた洗濯物をもとの場所に戻すこと、アイロンの片付け、乾いた食器をしまうこと、凍った氷を型からはずすこと、麦茶をつくること等々のことが、あたしはあまり好きではないらしい。それに対して、ゴミ出し、洗濯物を干す作業、床の埃などを集めてゴミ箱に入れること、爪楊枝で細かいところを掃除すること、エアコンのフィルターの掃除、牛乳パックの分解?等々は、好きなことらしい。基本的に片付けは嫌いなようだ。
友人からテープおこし&編集の仕事をもらう。専用のプレーヤーでやっているわけではないので、結構きつい。 で、講演の内容はというと、介護関係のもの。ああ。なんか、あれだなーと。講演の内容は介護に関係したことがある人にとっては、ごくごく当たり前の、基本的な意識の話だよなぁーと。つまり、専門的知識があっても、それを生かすことができるかできないかってのは、その人の意識の問題か?と。で、その意識の問題をわざわざ講演会でお金を払ってまで聞かないとわからない人が、そういう仕事に関わっているのか?と、少しがっかりした。 思い出したが、母は介護認定や施設でおかしいことがあると、すぐに役所に連絡してた。クレーマーか?と思うほどで、きっと母はブラックリストにのっているよと思ったが、母が役所に通報している内容はもっともなことばかりだった。真冬、年寄りに布団をかけず、二晩おいておくってどういうことよ。なんでそういうふうになったのか説明してくれと母は言ったが、説明なし。内部での連絡ミスならミスで、それがどこでそうなったかわからない限り、また起きるだろうよ。で、母は役所に文句を言い、役所が調査に入ってみたり。母いわく、「この区の介護が良くなったら、あたしのおかげ」。それくらい、役所の人はいろいろ母に言われて動いてくれていた。何度か、うちに謝りにもきたけれど、毎回「これからもどんどん言ってください。利用者からの声が改善に一番つながるので」と、まぁ社交辞令かもしれないが言っていた。 最初に祖父が入った施設は、車椅子に体を結びつけたり、一見ヒドイことをしていたが、ちゃんと説明をしてくれたし、働いている人たちも、常に入所者に話しかけてて、古くて決してキレイとはいえないけれど、開放的で明るい雰囲気。それが二箇所目の施設は、キレイにして、白いピアノやら、ソファーやらコーヒーカウンターやらつくっているが、働いている人は年寄りの名前すら呼ばないし、昼間は車椅子に座らせて置いたまんまだった。 ほんと、入るところで差がでるよなと。最近友人のおばぁ様も痴呆が始まり、施設へ入った。入るために世話をしてくれた人は、施設を待っているうちに亡くなってしまった親戚がいて、そのときと状況が似ているという理由から、なんとか早く入れるようにがんばってくれたらしい。こうやって、良い人に出会えることが、介護においてはかなり力になるよなぁと。 母が常々言っているのは、若い人はともかく、自分の親や家族もみないで、資格とって他人の年寄り見ているなんておかしい。自分の家族をみた人を優先的に、そういう職につかせるべきだ。これはかなり同意。講演会の資料の写真を見ていたら、職員が入所者と一緒に食事をとっている写真があり、「これはいいねぇ」と言ったら、友人曰く、「この写真は、職員と入所者が一緒に食事をしたら、入所者が食事をよく食べるようになったという説明に使われていた。何も言われなければ、自分はこの写真の何がポイントかわからなかったが、わかる人にはわかるんだな。」だそうで、こういう観点が、やっぱり介護したことあるかないかで、変わってくるんだろうなぁと。枡添氏が、自分の親の介護をして、国会議員になることを決意したってのは、よくわかる。やっぱり、介護経験者が頑張るしかないんだろうなと痛感。自分で困ったりしたことがない限り、気付かないことって多いのだと思う。 けれど、介護したことがなくても当たり前に気付きそうなことができない人が、専門職として働いているのも驚き。施設で母がいろんな人の名前を呼んで話しかけていたら、「そうかぁ、名前呼ぶといいんですね」と職員が言ったらしい。さすがに、そこまでは・・・と思っていたら、この講演会のテープを聞く限り、かなりありえる話だなぁと。専門的知識を得る前に、身につけるべきことがあるだろうよと言いたくなった。で、今回のテープの内容はそういうことばかりで、悲しくなったのでした。 けれど、まぁ、介護関係の仕事をしている人も辛いところはあるに違いない。家族の意識ってのもそれぞれ違うし。そのギャップの大きさで、悩んでいる人もいるんだろうなぁと。熱心な人ほど、医師との連携以上に、家族について悩むことが多いだろうなぁと、いろいろ思うのでありました。
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