思考過多の記録
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物理的に区切られたある空間を「場所」というが、それは様々な記憶や感情といった目に見えないものと不可分に存在する。地縛霊の話を持ち出すまでもなく、誰にでも思い出の場所というものがあるだろう。その場所に立てば、かつてそこにいた時の自分が甦ってくるような場所だ。あの時の自分の気持ちや感じていたことが、風や空気の肌触り、臭い等ともにまるでつい昨日のことのように思い出されてくる。勿論楽しいこと、嬉しいことばかりではない。二度と思い出したくない出来事を体験した人は、その記憶と深く結びついた場所を決して訪れようとはしないだろう。「場所」(トポス)には、そこにまつわる情念(パトス)を想起させる力があるのだ。 一番身近で分かりやすい「場所」は、自分の家である。毎日毎日同じ所で生活しているから、こうしたことは普通意識されない。だが、一度でも引っ越しをしてみればすぐに実感できるだろう。僕自身は、かつて2歳、小学校5年生、中学校2年生、そして社会人になる時の計4回引っ越しをしている。最初の家の記憶は当然のようにない。そして、小学校時代の前半を過ごした東京郊外の小さな平屋は、僕の家族の後、叔父一家が暫く暮らしていた。庭に車庫を作ったりした他は殆ど手を加えずに住んでいたので、たまに遊びに行くと、家の柱に昔の自分の身長をペンで記入した線が何本も残っているのを見ることができた。共働きの両親が帰るのを、この家の暗い部屋で一人でひたすら待っていた心細さが思い出されたものだ。数年前に叔父の家族が引っ越した後も、この家は暫くそのまま残っていたが、去年あたりにとうとう取り壊されてしまったようである。その後に住んだ下町の集合住宅も、演劇に出会う等最も多感な時期を過ごした郊外の家も、今は建て替えられて跡形もない。そんなわけで、僕は自分の生きてきた様々な時代を想起する最も身近な「場所」を失ってしまった。 そんな僕の中で、思春期の思い出と結びついた大切な「場所」として存在していた所がある。高校時代の友人の家である。郊外に延びた地下鉄の駅から少し歩いた道路沿いに立つマンションの一室で、角部屋のためよく光が入った。高校時代に同じクラスだった彼から、僕は多大な影響を受けた。彼も僕の考え方や演劇、そして演劇部の可愛くてエキセントリックな後輩達に興味を示した。僕はよく彼の家に遊びに行っては、レコードを聴いたりテレビを見たりしながら、時には朝まで色々なことを語り合っていたものである。演劇部の後輩達を連れて行って遊んだこともあった(こうして知り合った後輩の一人と、後年彼は結婚することになる)。そうこうするうちに彼は僕の演劇活動に巻き込まれていき、僕が最初に自分でプロデュースした芝居に出演することになってしまったのだ。その芝居の打ち上げに、当時彼だけが住むようになっていた彼の部屋を使ったのが縁で、その後2回の芝居の打ち上げは彼の家でやることになったのである。 たった3回だけとはいえ、年に1回しか公演が打てなかった僕なので、その時その時で色々なことがあり、僕自身の当時の状況の変化とも相まって、それぞれに思い出深いものがあった。本番までの苦労を語り合い、役者論や作品論、さらには「これからどうする」といった切実な問題まで、酒を飲みながら朝まで彼も交えて話していた(当然、次の日は彼も僕も仕事を休んだ)。その年によって替わるメンバー達のカラーによって雰囲気は違うし、話される内容も少しずつ変化する。「去年はこんなことで悩んでいたんだな」と少しだけ進歩した自分達の活動を実感したりしたものである。その後、彼が結婚したこともあって、彼の家からは足が遠のいていた。それでも、あの「場所」がそこに存在していることはどこかで僕の支えとなっていた。 そしてつい昨日、一通の葉書が届いた。それは、彼が懐かしいあの家から転居したことを知らせていた。こうして、僕は自分の家と同様に、大切な「場所」を失うことになった。そして、その「場所」に関わる記憶と情念だけが、戻るべき場所を失って僕の中で浮遊している。
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