ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年07月26日(土) 唯一無二

雨が降ったり止んだり。時おり激しく降ることもあった。

気温は今日も30℃に届かなかったが不快な程の蒸し暑さとなる。

少し動いただけで汗びっしょりとなり髪は洗ったかのように濡れた。

関東から東北にかけては猛烈な暑さだったようで

福島県伊達市では39.9℃と信じられないような酷暑である。

熱中症で搬送された人も居ることだろう。何とも気の毒であった。


娘の育てているオクラの葉が黄色くなり始めている。

枯れているのではなく植物の病気のようだった。

今朝は小さな蜂が群がっており異常にも見える。

農薬は使いたくなくもはや成り行きに任せるしかない。



一時間程朝寝をしてからカーブスに向かったが

駐車場が満車状態で困り果てた。

うろうろしていたらやっと一台停めることが出来る。

駐車場からカーブスまでかなり歩かなければならず

途中で何度も休みながらもう息も絶え絶えであった。

だんだんと歩くことが困難になって来ている。

この先どうなるのだろうと少し不安になった。


既に汗びっしょりになっており筋トレも辛い。

代謝が良い証拠らしいが身体に効いているとは思えない。

それでも嘆いてはいられない。一生懸命に身体を動かす。

私にとっては唯一の運動であった。


帰りの駐車場で私と同じように困り果てている人がいて

「ここ出ますよ」と合図をしたらほっとしたように微笑んでくれた。

もちろん見ず知らずの人だったがささやかなふれあいが嬉しい。


帰宅後は昼食を食べ終わるなり倒れ込むように寝ていた。

3時頃に一度目を覚ましていたがまた眠っていたようだ。

呆れ返った夫に起こされたらもう5時近くになっていた。

何と半日も寝ていたのかと自分でも呆れ返るばかりである。

どれ程時間を無駄にしていることだろうと思うが

寝たいだけ寝るのが一番だと思いたい。


夜明け前の詩は相変わらずだが最近は昭和の記憶を書いている。

母の事だったり弟の事だったり明日は父の事を書いてみたい。

そうこうしているうちに青春時代の事も書ける日が来るだろう。


記憶程あいまいなものはないがそれを如何に鮮やかにするかである。

特に子供の頃の記憶は人生の「宝物」のように思えるのだった。

父が居て母が居て弟が居た。もう二度と戻れない幸せな昭和のことである。


歳月を重ね老いを重ねて来たからこそ書ける事があるような気がする。

それは私にしか書けないことで「唯一無二」の詩でなくてはならない。


※以下今朝の詩


     さかな

 母が台所で魚を捌いている
 好奇心いっぱいの弟は
 魚の事が気になってならない

 「オスやろうかメスやろうか」
 母に訊いていたのだが
 母にも分からなかったようだ

 「お魚に訊いてみいや」
 すると弟は流し台に駆け寄り
 魚に話し掛けているのだった

 魚はもう何も応えられない
 母が頭を切り落とそうとしている
 ぐさっと音がして
 真っ赤な血が流れるのを見た

 「かわいそうや」と弟は泣く
 「いたそうや」と涙を流す

 魚は調理され食卓に上がったが
 弟は食べようとはしなかった

 私は弟のぶんも食べてしまった
 オスなのかメスなのか知らない
 それはとても美味しかったのだ

 どこの海を泳いでいたのだろう
 家族がいたのかもしれないと思う


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