他所さまで「いかにも」なヒカルの絵を見てしまい、ナリを潜めていた幕末病が発症。(笑) 日本史上一番多くの人間が、政治に直接関った(もしくは巻き込まれた)時代で、誰も無関心を気取ってなどいられなかった時代。 それは今でも同じで、NHK大河でも、今度『新撰組』をやるというし、「幕末」「維新」と聞くと目の色の変わる歴史ファンは最も多いかもしれない。
実際の当時の思想の点から見ると、「開国佐幕論」、水戸学がベースの「尊王攘夷論」、明治以後の絶対主義的天皇制イデオロギーの基礎となった儒学者の解く「尊王論」と国学者の「尊皇論」だのといろいろあって、尊皇を唱えたのが実はもとは幕府側だったとか、開国を唱えたのも、もとは佐幕派のなかで論じられていた事で、当時の歴史の流れが、いかに激しく、怒涛のごとく変化し、こんなはずではなかったと嘆いた人間がどれほどいたか分らない。
なので、「坂本竜馬に代表される勤皇派」だの、「新撰組派」だの、「薩長派」だのとキッパリ割りきれないのではあるが、敢えて言うなら実は奥羽連盟の「会津藩贔屓」なのである。 最善を尽くして幕府に忠義だて、朝廷に対しても誠意を尽くした松平容保の不器用過ぎるほどの生き様と、それに殉じた会津藩士の悲劇は、潔く、美しく、哀しい。
『幕末会津藩往復文書』なる資料が発見され、新しく会津について考察されているので、今後の幕末モノの物語の中で、会津がよりリアルに描かれる事を期待しているところ。
会津について語ると長くなるのでここまでにして、詳しくは、中公新書発行の『幕末の会津藩―運命を決めた上洛―』(星 亮一著)をご覧になる事をお勧めしたい。
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