メロディの無い詩集 by MeLONSWiNG
INDEX|前の詩へ|次の詩へ
誰にも 何も 告げることなく 僕は住み慣れた 街を1人出て 海の見下ろせる 小高い丘の 一軒家を借りて 住んだ
その家は 平屋の 古い 木造の 安い 物件で 畳の匂いと 海風の匂いだけが 僕に 話しかけてきた
すべての友達と すべての記憶に 上手にサヨナラできなくて 孤独を真似た 苦い思いを 背負いながら 坂を上って 僕は ここに着いた
古い扇風機と 古い冷蔵庫 古いラジオ それだけの部屋で 僕は 何を求める当てもなく ただ 毎日 毎日 日記を綴った
春の月が 窓を照らし
夏の星が 夜を謳い
秋の雲が 心を癒し
冬の空が 時流を告げ
また春の花が 無口になった僕に 忘れていた言葉を ふと、思い出させ
やがて また夏
ある暑い日のこと 突然の訪問者があった どうやってここを知ったのか
麦わら帽子 夏の服 西瓜をひとつ ぶらさげて 少し痩せた彼女は ここへ訪れた
言葉もなく 時だけが流れて 向かい合ったふたり
かつての恋人でさえ これほど懐かしくは 感じないだろう
思いもよらない 意外な人との再会に 時が 止まって感じた
涙は枯れたと思っていたのに 僕は 一粒だけ ほんの一すじだけ 流してしまった
理由は判らない 上手に 説明は出来ない 彼女は 目をそらさずに 僕を見ていた
遠くから聞こえる 子供達の 遊び声 蝉の鳴く音 潮の 香り 風鈴の音
そして ふたりの間の 時間は ずっと 止まっていた 夏の 一頁に 失くした栞を 見つけたかのように
|