ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年03月29日(金) 「      」
 わたしの声は、きっと空の上、宇宙のかなたまで響く。



 わたしは生まれた頃からずっとすんでいた暖かい家を出て、東京にやってきた。
 歌手になるのだ、と決めていた。
 昔から、みんながわたしの声を誉めた。鳥のようだ、とおじいちゃんは言った。天使みたいだ、と幼い恋人はいった。そのどれよりも上だよ、とパパは言った。わたしはそれが誇らしかった。
 成功したら、また帰るからね、といって、わたしは一人で狭いマンションに住む事にした。
 東京はもっと輝いてる所だと思ったけど、汚くて、そのくせ夜中まで明るくて、歩いてる人はみんな俯いている。へんな街だ、とわたしは思った。

 初めての夜。冷蔵庫が唸る音が、わたしを不安にさせる。聞こえなくするには、自分も歌いたい、と思ったけれど、この小さな箱の隣にも、小さな部屋があって、人が住んでいる。だからダメだよ、と思って、外に出た。
 空気はだらしなく冷え、埃のようなお酒のようなごくごくわずかなかおりが、ふるさととは違うのだということを、わたしに知らしめた。
 マンションのそばに、小さな公園がある。暗くてよくわからないけれど、どうも人はいないみたいだ。わたしは泣きながら、少しだけ歌った。
「誰?」
 誰かが近付いてくる。どうしよう。知十七です、といった。
「へぇ、じゃぁ、高校生だ。わたしは二十七。オバさんだね」
 高校は、行ってません。田舎から、来ました。
「ふぅん、歌手、なりたいの?」らない人に違いないのに。
「歌ってるの?」
 わたしは頷いた。。そうです、とか言ったほうがいいかな、でも怖い。
「へぇ、ずいぶんと綺麗な声ね」
 やさしい声だった。わたしはそのやわらかい口調にすこし安心した。
「あなた、いくつ?」
 
 わたしは何度も縦に首を振った。この人は、最初の希望かもしれない。
「へぇ、じゃぁわたしについてきなさいよ。わたし、こう見えても芸能プロダクションの、社員よ。すっごくえらいわけじゃないけどね」
 わたしはその人に付いていくことにした。ここまでやさしいことを言ってくれる人だ、悪い人のわけがない。おばあちゃんがいつも言ってた。楽しく暮らしたければ、人を好きになって、人を信じて、生きていけばいいって。
 彼女のうちは、わたしの住んでいるところなんかよりずっとずっと綺麗なマンションだった。
 すごくおしゃれなソファがあって、テレビは大きく、冷蔵庫は静かだった。わたしは少しほっとした。
「あなた、名前なに?わたしは、ハナ。呼び捨てでいいよ苗字は、言いたくないんだ。ちょっと、いろいろあってね。あなたも下の名前だけでいいよ」
 わたしは答えた。
「サトコ。知恵の智に、子供の子。サトコ」
 じゃ、サトコ、よろしく、といって。彼女は客間へわたしを案内した。
「あなた、喋るの、苦手なの?」
 わたしは頷いた。
「大丈夫、最近はそういうのもウケるから。歌姫系。大丈夫よ、さ、もう寝て。明日からは、忙しいよ」
 わたしはやわらかく沈むベッドで幸せな生活を夢見ながら、そっと瞳を閉じた。



 真夜中に、怒鳴り声で目がさめた。隣の部屋を見る。どうやらハナが電話で誰かと口論をしているようだ。
「なんでよ!なんでわかってくれないのよ!最低!もういい、もういいってば!」
 そういうとハナは乱暴に電話を切って、ほうり投げた。
 わたしは、怖くてまた寝た。誰にだって、けんかをする夜ぐらいある。わたしはよく喧嘩した弟を思い出して少し泣いた。

 次の日の朝、わたしがおきると、ハナが朝食を食べていた。
 ハナが昨日みたいに怯えた、でも攻撃的な目になって、言った。
「誰あんた?ちょっと向こういってよ!ちょっと、ってば」
 ハナがわたしに近寄り、手を振り上げた、わたしはやめて、サトコです、といった。その声は小さすぎた。ハナは思い切り強い平手打ちをわたしにくれた。
「サトコです。昨日会った。思い出して」
 わたしがそういうとハナはあせったように言った。
「あ、ごめんなさい。わたし、酔ってたみたい。サトコね。ごめんなさい」
 ハナは取り繕ったような笑いで、わたしに朝食の卵料理は何がいいか、尋ねた。


明日に続く。


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