短いのはお好き? 
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2002年04月18日(木) 予感

かぜがふくみち。てんしのはねがとんでいる。どこまでも、どこまでも。




水曜日。
ボクはいつものように江古田の商店街の端っこにある定食屋へと向かう。
ボクはこの街が好きだ。学生の頃から住んでいるこの街からボクは離れることができない。ボクにとって第二の故郷と呼べる街。それが江古田だった。

学生のときの思い出が染み付いているこの街から、なぜボクは離れることができないのだろうかと、ときどき思うことがある。
楽しいこと。つらいこと。全部ひっくるめた思い出が、いっぱい詰まったこの街。

街角のそこかしこで……商店街の通りを横に一本入った路地裏で、あるいは児童公園のペンキの剥げかけたベンチの前で……ボクは思い出の亡霊たち、陽炎のように揺らめきながら立ち現われる思い出の亡霊たちと、ばったりと出会う。

それは、仔猫のブルーであったり、昔の恋人であったりする。
夏の灼けつくような炎天下であっても、小糠雨の舞う冬の終わりであっても、忘れた頃不意にボクの前に立ち現われる亡霊たちは、ボクにいつも訴えかける。

ぼくをわすれないで。
わたしをわすれちゃいや。

その度にボクはいう。
安心しなよ、忘れるはずないじゃない。ボクたちはいつもいっしょだよ。

ボクが思い出にしがみついているわけじゃない。ボクがこの街から一歩でも離れると、かれらは姿を現わさないのだから。
ボクの亡霊たちはこの江古田の街に住みついているんだ。

18:00
定食屋はすいていた。
学生街であるこの江古田には、定食屋がいくつもある。その何軒もあるなかでボクがこの定食屋に毎週飯を食いに来るのには、わけがある。
水曜日発売の少年サンデーがお目当てなのだ。

きょうの気分は中華丼だった。
ボクは中華丼を食いながらサンデーを読む。あるいはサンデーを読みながら中華丼を食う。どっちだかよくわからない。

以前、水曜日はボクにとって特別な一日だった。
定食屋で真新しいサンデーを読みながら飯を食べ、のんびりと歩いてアパートに帰る。
そして、ビールを飲みながら彼女が来るのを待った。


中華丼を食べ終わって、煙草に火を点け、いっきにサンデーを読み切る。
定食屋を出ると、外はもう暗かった。
商店街が終わってすぐの角のところを右に折れると、2トン車くらいのトラックが駐めてあり、大きく開け放たれた荷台の扉から冷蔵庫やこまごまとした家財道具がそっくり見えていた。
アパートがひしめきあっているこのあたりは、もう引っ越しラッシュは終わったんだろうか。

ボクの友達で少林寺拳法をやっているFは引っ越し好きで、その度に彼女も替えていたことを思い出す。
部屋から部屋へ引っ越すように、古い女を捨て新しい女へと転々と引っ越すF。
おれが女を替えるんじゃないんだよ、その部屋が女を選ぶのさ。そうFはうそぶいていた。

それを聞いて、おまえ寺山(修司)みたいだな、とボクはいったけれども、仮にそうだとしたならば、ボクの部屋にはどんな女性が相応しいのだろうかと思った。結局、元カノは相応しくなかったから、つづかなかったのか。
人が環境を選ぶのではなく、環境が人を選ぶ、そしてその環境により人はつくられていくものだとしたなら、この江古田の街から離れられないボクは、やっぱり思い出にしがみついているわけではないのだ。そう思った。いや、そう思いたかった。

18:50
アパートに帰りついて、何気にポストをあけてみる。
電気料金未払いの請求書。
3月分の電気料金が未だ支払われていないので、5月3日までに支払えと書いてある。更にその期日までに支払わない場合は、4日より電気をとめるとまで書かれてあった。
これじゃあまるで脅迫だ。
まだなにか来ているかとチラシの下を覗くと、手紙が一通来ていた。
が、なんとなく期待していたにもかかわらず、ただの給料明細の封筒だった。
なんだ明細かと封筒をひらひら振ると、紙片がはらりと落ちた。拾い上げて見るとメモ用紙だった。黒のボールペンで走り書きがされてある。

『また戻ってきました。よかったら電話ください』

ケータイの番号に添えてそう書いてあった。
はじめはなんだか訳がわからなかったけれど、癖のある女文字を見ているうちにまざまざと、Kの顔が浮かび上がってきた。
Kにちがいない。
ボクの愛する亡霊がほんとうに蘇った?

でも、Kの名前が記されていないことがボクの気を重くした。
たまたま近くに来たから寄ってみたくらいの軽い気持ちでかかれたのではないことが、そのことにより察せられ、私のことをわかってくれるだろうというKの甘えと、また逆に内心の戸惑いが滲んで見える気がした。

……そんな風だったなら、どんなにいいだろう。

それにしても、いったい誰がこんな悪質な悪戯を考えたんだろう。

Kとは3年ほどつきあっていた。
あの頃Kは、池袋の大手のある企業内でモバイル機器の販売をしていて、そこでぼくらは出会った。
部屋に入ったボクは、そのメモ用紙をゴミ箱に捨てることも何かはばかられて、テーブルの上にふわりと置いた。

彼女とは2年前に完全に終わっていた。
きっと彼女は、この部屋に相応しい女性ではなかったんだ。
生身の彼女など見たくもない。
亡霊だからこそ愛せるんだ。
思い出は、どんなものであろうとも美しい。
現実はただただ醜いだけだ。
TVをつけてぼんやりと眺める。

ボクの愛したKは、いまもボクの心のなかで生きている。

水曜日。Kとの特別な日。

邪魔しないでくれ。

心をかき乱さないでくれ。

ボクの愛したKは、

ボクの愛したKは、






2年前のあの日。

リスカして死んだのだから。


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