圭介とは小学校の野球のチームが同じで、クラスも一緒で一番仲の良い友達だった。 でも困ったことに同じクラスの美樹ちゃんのコトを二人とも好きになってしまったらしい・・・。
ある日曜日、野球の帰り道、そんな話になって、 「康は誰か好きな子いる?」 まさか美樹ちゃんとも言えずに、 「圭介はいるのか?」 と、聞いた。 「俺は美樹ちゃんがいいなあ!」 圭介のこの発言で自分がものすごく情けなくなった。恥ずかしさが勝って、美樹ちゃんが好きとは言えない自分に。なのに圭介は自分の前できっぱりと言える・・・。そして、その顔が真剣だった故に・・・。 蝉が鳴いている。汗が背中に張り付く。二人の顔は野球の練習でついた泥と、日焼けによって土色になっていた。そして圭介は少し頬を赤らめていた。もうすぐ一学期が終わる。その前に、圭介にも美樹ちゃんにも思いを伝えなければこのまま負けてしまう。夏休みに入る前に・・・。
運良く僕は美樹ちゃんの隣の席だった。その席替えの時間、圭介は僕を見てとても羨ましそうにしていたのを思い出した。この時、僕は美樹ちゃんを特に意識はしていなかった。隣になってから好きになりだした。今、考えれば圭介のあの羨ましそうな目が理解できる。ずっと前から圭介は美樹ちゃんのことが好きだったんだな。複雑な気分だ。でも美樹ちゃんを好きな気持ちは変わらない。 帰り道、圭介に 「俺も美樹ちゃんが好きだ」 と打ち明けたのは月曜日だった。太陽は雲に隠れた割と涼しい月曜日だった。蝉の音も疎ましく思わない月曜日だった。圭介はビックリした様子で 「本当かよ!」 と目を見開いて言った。少し怒った口調で。そんな圭介に負けないようにもう一度、 「美樹ちゃんが好きだ」 と言った。これで圭介と同じ土俵に立てた様に思った。すると圭介は 「じゃあ、今からライバルだな!」 と思わぬコトを言い出した。 「今度の夏祭りに二人で美樹ちゃんのことを誘おう。それでどっちに来てくれるか勝負だ!俺か康か、どっちに美樹ちゃんが来るか勝負だ!」 圭介の勢いに負けたくなくて 「いいぜ!」 と言ってしまった。体中の汗が噴き出すかと思うくらいの焦り、体が震えそうな程の恥ずかしさ、それに負けないくらいの勇気・・・。 圭介は 「それじゃあな!」 と言って走って行ってしまった。 ・・・そういえばもうすぐ夏祭りがあるんだっけ。と小さく呟いた。 涼しいはずの今日が急に熱をもって僕の中を駆け回る。風なんか感じられないほどの熱が全身を回って最後には美樹ちゃんの顔が浮かんだ。
こうなったら夏祭りに誘うしかない。 圭介に負けたくない。野球も、美樹ちゃんのことも。 もうすぐ夏休みだ。学校にも来なくなる。美樹ちゃんにも会えなくなる。 夏祭りに誘うしかないな・・・。
国語の時間、美樹ちゃんの机に書いてみた。勇気しか持たないで。 「夏祭り一緒に行こう!」 誰かが教科書を読んでる声も聞こえない程、緊張していた。それよりも大きな勇気を持って美樹ちゃんの机の上に拙い字で書いた。 それから残りの授業中はずっと下を向いていた。夏の日差しが窓越しに机を照らし出す。机の半分で影と日差しにちょうど別れていた。こっちは天国でこっちは地獄で・・・僕はどっちにいけるのかな? 次の日、僕の机には 「いいよ!」とだけ返事が書いてあった。心臓が張り裂けそうな程の嬉しさ、可愛らしい美樹ちゃんの字を消すのをためらったけど、圭介に見られると嫌なので消すことにした。本当はずっと残したかった。ずっとずっと。僕が学校を卒業しても残っているように。
・・・圭介は美樹ちゃんに何て言ったんだろう? 美樹ちゃんには言ったけど、来てくれるかはまだ分からない。確かめるコトなんてできない。今、落ち込みたくもないし嬉しさに浸って圭介の悲しそうな顔も見たくない。
夏祭り、当日。 前日は当たり前の様に眠れなかった。戦争に行く前の兵隊のような気分だ。 圭介に勝てる気もしないし、美樹ちゃんとは机の会話をして以来会話らしい会話をしていない。圭介が何を言ったかは知らないけど、ずっと気になっていた。待つことしか出来ない自分は、もう美樹ちゃんには何も出来ない。 約束の時間が迫る。 1時間前、30分前、20分前、10分前、5分前、3分前、1分前・・・・・・。 ずっと下を向いて待っていた。飾り付けされた提灯や太鼓の音は僕には全く関係なかった。ただ、ひたすら歩いて餌を探す蟻のように、ただ待っていた。
「康くん!」 後ろから声が聞こえた。振り返ると美樹ちゃんが笑顔でこっちを向いていた。 「元気?」僕はその声にすら何を返せばいいのか忘れて、美樹ちゃんの瞳を見ていた。美樹ちゃんは少し不思議な顔をしてから、 「行こう!」 と一言。僕は 「あっうん」 としか言えなかった。
圭介はどうしているのだろう。目の前には美樹ちゃんがいるのに変な心配をしてしまっている。美樹ちゃんは自分を選んでくれた。圭介に勝った。それでも圭介のことが気になった。けれど・・・。
「康くんって圭介くんと仲が良いよね?今日は一緒に夏祭りに行かないの?」 意味が分からなかった。圭介の誘いを断って僕の所に・・・来てくれた・・・? 「ねえ!圭介くんってどんな人なの?」 分からない。どうしてこんなコトを言うのか・・・。 「圭介くんって野球上手なんでしょ?」 ん?もしかして・・・圭介は美樹ちゃんを・・・。 「圭介くんって・・・」 やっぱりそうだ。圭介は美樹ちゃんを誘ってないんじゃないか・・・。 「圭介くんって好きな人がいるのかな?」 どうしていいのか分からなくなってしまった。僕のことを思って圭介は美樹ちゃんを誘わなかった。圭介は美樹ちゃんのコトが好きで・・・けど僕に・・・。どんな顔をして美樹ちゃんに接して良いのか分からなくなった。そして、 「美樹ちゃんは圭介のこと好きなんだね」 顔を赤くしてちょっと微笑んだ、美樹ちゃんの顔が忘れられない。 「誰にも言わないでね」 と一言。一瞬にして僕の恋は終わった様だ。
夏祭りの太鼓の音はヤケに人事の様に思えた。もしくは圭介と美樹ちゃんのことを祝うような音のようにも聞こえなくもなかった。出店の照明はどこに向け照らしているのだろう。僕以外の人は皆楽しそうにはしゃいでいる。まるで違う世界にいるような・・・。圭介は僕のことを思って誘わなかった。嬉しかった、けど妙に悲しい一日となってしまった。
帰り道、じゃあね、と言って別れた。 あの日、圭介に美樹ちゃんが好きだと告白した場所でもあった。今では昔のコトのように思える。別れ際、 「美樹ちゃん、圭介も美樹ちゃんのコト好きだと思うよ」 美樹ちゃんはとても嬉しそうに 「本当に?よかった!」 今度は僕が圭介を後押しする番だ。苦しいけど、悲しいけど。 「前に美樹ちゃんのこと好き!って言ってたから」 涙が出そうで、途中詰まりながら言った。街灯の影で美樹ちゃんには見えなかっただろうけど。僕が涙目になっていることを。 「だから、がんばってね!」 上を向くしかなかった。涙をこらえることしか。圭介も同じように 辛かったんだろうな。 「今日はありがとう!じゃあね!」 走ってその場から逃げ出した。
途中聞こえてくる蝉の鳴き声と太鼓のリズムが上手く合わさって夏を演じていた。 好きな人をどんなに想っても届かないもの。 圭介にありがとうって言わなくちゃ。でも美樹ちゃんと仲良くしているところを見たくないな。立ち止まった。空を見上げた。綺麗な夜空だった。 きっと明日も同じように、今日と同じように晴れるんだろう。 きっと今日のコトを僕は思いだして、明日も泣くんだろう。 きっと明日も。
いつまでも 「圭介くんって・・・」 の声が耳から離れなかった。
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