−雨上がってるよ!−
朝から嫌な天気だった。空はどんよりと曇っている。明らかに時間が経過するに従って雨は降り出す、そんな感じの雲だ。重そうで灰色をした空は好きにはなれない。ココ何日か続いているこの空模様にがっかりしながら晴れ間が見えることを密かに祈った。
−外に虹がでてるよ!−
案の定、昼前から雨は降り出した。今まで必死に耐えてきた雲も遂に雨の重さに負けて、雲の隙間から順序良く、そして止めどなく地面を濡らした。皆、当たり前のように傘は用意していたけど、それでも嫌な気分になってしまう。この辺りで溜息が一斉に漏れた瞬間でもあった。そんな溜息が空に吐き出され、それでも雨は容赦なく人の行く道に水たまりを作っていく。
−早く!出てきてよ!−
ゆっくりと優しく降る雨、ジメジメした風、Tシャツが背中に張り付く季節。どんどん気分は沈んでいく。仕方のないことだ。この季節は誰もが下を向いて、傘に落ちる雨の音を聞く季節だ。沈んでしまうのは雨のせいとしか言いようがない。晴れ間の期待できそうにないこんな一日は、どこに行けば少しは気分も晴れ間に近づくだろう?
−消えちゃうよ!虹−
暑さと、雨、憂鬱を誘うにはまず問題ない要素だ。 どちらかが一つでも欠けたのなら良いのだけど、そうもいかない今日の天気。この上なく憂鬱な日だ。それ以外には何もいらない。
−ねえ!すごく綺麗だよ!−
それから何日か過ぎた。朝起きたら、傘がなくなっていた。自分ではない方の傘が。隣にエリがいなかった。部屋の中にはいつも通り何も変わっていない。昨日二人で飲んだワインのボトルが無機質に意味もなくテーブルの上に置いてある。その横には二つ仲良く並んでグラスが。片方は半分くらい残っている。山のように積み上がった吸い殻と、AFNが大音量でいつものように流れていた。僕の間を。 そして傘だけが消えた。エリを連れて。
−ねえ、カメラ取って!そこら辺にあるでしょ!虹撮れないかな?−
普通なら飛び出してすぐに探しに行くのだろうが僕はそうしない。もう帰ってこないことは分かっているから。別れの言葉なんてどこにもない。ココには言い忘れた科白が部屋の中を浮かんでいる。ただ、別れだと感じたまでのコトだった。 強い雨が地面を叩きつけていた。起きたばかりで視界がぼんやりとしていたためか、エリが玄関で笑って立っているように見えた。
−消えちゃったよ、もう。−
出ていくのは何となく予感はしていた。全ては仕組まれた演技のように。きっとこの雨が上がってもエリは戻って来てはくれない。雨だけがリアルな演技を、嘘のない演技をしている。 アメガ エリヲ サラッタ・・・。 ボクハ エリヲ ムカエニ イキハ シナイ。 少しだけ雨の音が弱くなった。
−浩介!何してるの?−
エリの幸せを祈る。僕にはできなかった。 雨と一緒に僕も雲の上から地面へと投げ出してもイイ。けれど、エリは帰ってこない。この雨は、演技のない雨は僕をどこに連れていってくれる? エリ!おまえはどこに行ったんだ? 意識のどこかで呼び起こす何かが僕に伝えた。 「エリ、まだこの声が聞こえるかな?」 傘も差さずに外へと飛び出した・・・。 エリ!
どこへ向かえば良いんだろう。雨はまたリズムを変えて一層細かいビートを打つ。僕はそれでも構わない。 ・・・エリ。
−もう、バカね−
ファインダー越しから見たエリの後ろ姿はとても綺麗だった。 あの写真は今、どこにあるんだろう。 演技のないエリの後ろ姿が・・・。
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