ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年05月31日(土) 思う存分に

雲一つない青空。夏日となったが爽やかな風が吹き抜けていた。

洗濯物を干すのが嬉しくてならない。主婦冥利に尽きる。


函館の五稜郭公園では藤の花が見頃とのこと。

田植えも始まっているそうで如何にも初夏らしい。

厳しい寒さを乗り越えてこその歓喜の季節であろう。


最低限の家事だけで寝てばかりの一日だった。

玄関先の花が枯れてしまったので夏苗を買い求めようと

思うだけで行動に移せない。困ったものである。

娘が多肉植物を育てていてほっこりと心が和むばかりであった。



朝のうちはカーブスへ。今日は駐車場に空きがあり助かる。

「あったかパーキング」の許可のおかげであった。

一台のみのスペースなので車椅子の人には申し訳ないが

早い者勝ちだと思ういささか非常識な私であった。


筋トレを始めるなり心拍数が異常に高くなる。

コーチやお仲間さんに心配を掛けたが何とかノルマを達成した。

体力が無いのが一番だが太り過ぎも原因かもしれない。

とにかく身体が重くてどうしようもないのだった。


お昼には田舎寿司とたこ焼きを食べる。異常な程の食欲であった。

そうして直ぐに寝てしまうので肥満にならざる得ない。

喫煙はもちろんだがとにかく「我慢」することが出来ないのだ。

随分と落ちぶれたものだと思うがそれを許す自分がいた。


結局4時まで寝てしまい半日を無駄に過ごす。

残り少ない人生なのにとその無駄を責めようともしない。

読みかけの詩集や歌集が山ほどあるのだがいったいいつ読むのだろう。


そのくせ活字中毒なのか自分の過去の日記を読むことが多い。

今日は4時から5時まで昨年の初冬の日記を読み返していた。

つい半年余り前の日記なのに随分と昔のように思う。

それだけ記憶があいまいになり忘れていることが多いのだろう。

「人生の記録」と云うほど大層なものではない。

ただ過ぎ去った日々が愛しく思う。書き残して良かったと思うのだ。


あやちゃんからの願いを受け止めSNSのリンクを外してしまえば

もう個人を特定出来なくなり良い意味で自由になった。

思う存分に書きたいことが書けるようになったのだと思う。

恥も外聞もない。ありのままの暮らしを公にしている。

僅か20人足らずの読者であるが何と有難いことだろう。

毎日欠かさず投票をしてくれる人もいて今月もランクイン出来た。

それが励みでなくて何だろう。読者あってこそのこの日記である。

最後の日まで書き続けたいと一心に願わすにいられなかった。


間抜けで愚かな私であるがこんなにも生きている。

それを誇りに思えるように日々精進したいものである。


※以下今朝の詩


          夜明け

      川向の山が姿を現す
      風はひんやりと吹く

      波立っているだろう
      川面はざわめいていて
      魚達が躍っているだろう

      雀だろうかその囀りは
      まるで歌のようである
      ちちちちと合唱が始まる

      終の棲家の窓辺に居て
      幾度目の朝だろうか
      白み始めた空には
      希望が垣間見える

      私は詩のようなものを
      書いているのだが
      雀のようには歌えない
      けれども書かずにいられない

      五月が尽く日であるが
      真っ新な夜明けであった






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