朝のうちは曇り空であったが次第に雨が降り始める。
気温は20℃程と低目であったが少し蒸し暑さを感じた。
朝の土手の道には茅に代わり姫女苑が満開となる。
小さなマーガレットのような花で何とも可愛らしい。
野の花は不思議なもので花束にして持ち帰っても
花瓶の水を吸うことが出来ず直ぐに萎れてしまうのだった。
自然の環境でなければ生きて行けないのだろう。
だからむやみに手折ってはいけないのだと思う。
梅雨の季節が終り本格的な夏となると土手の除草作業が始まる。
大きな草刈り機が右往左往と土手を這うのだが
無残なことに姫女苑は薙ぎ倒される定めであった。
他の草に混ざりまるで干し草のような姿に変わる。
そうして姫女苑の季節は終りを遂げるのだった。
けれども根は強く残りまた巡ってくる初夏に咲くのである。
人間はどうだろう。薙ぎ倒されてしまえばもう命はない。
いつか必ず最後の季節がやって来る。

義父を気遣いながら山里の職場に着いたが
9時になると義父が姿を見せてくれてほっと一安心だった。
しかしまだ微熱があるらしく本調子ではなかった。
病院へ行くことを勧めたが断固として首を横に振る。
余程のことが無い限り「病院嫌い」を貫く人であった。
金曜日に車検整備が完了していた車があり検査をしてくれる。
書類を整えればもう義父の役目は終りであった。
その一時間が限度だったのだろう。その後直ぐにまた寝込んでしまう。
とにかく安静が一番である。むやみに声も掛けてはならない。
今年も田螺が異常発生し稲を食い荒らしているのだそうだ。
一刻も早く消毒をしなければ稲が全滅してしまうと云う。
雨が降ればそれも出来ず大きな焦りになっているようだった。
その上に体調の悪さが加わり思うように行かないことを嘆く。
苛立ちは募るばかりで何とも憐れでならない。
2時半に退社。義父に声を掛けたが眠っているようだった。
食事のこともあり例の女性が来てくれたらと願うが
何かあったのだろうか。強がっているようにしか見えない。
高齢者の独り暮らしである。やはり頼れる人が必要に思えた。
夕方から雨が本降りとなり今も降り続いている。
日が随分と長くなり窓の外はまだ薄っすらと明るい。
めいちゃんは宿題をしておりあやちゃんの姿は見えない。
娘夫婦だけの夕食も侘しいものだろう。
私は何となくくすぼっている。疲れているわけではないが
陽気に微笑むことが出来ない。いったい何が不安なのだろう。
チクチクと何かに刺されているような気がするのだ。
虫ではない。何か得体の知れない物が忍び込んで来る気配を感じる。
生きているのだろうかと思うがそこには確かに息があった。
※以下今朝の詩
紫陽花
六月の色は紫陽花青 明るい青紫色のこと
目に浮かぶのは大輪の花 その鮮やかな色に心惹かれる
梅雨空に咲き誇れば 雨が優しく寄り添う 晴れの日はまぶしく いっそうと輝きを増す
散れない花であった 落ちることも出来ない ただ朽ちて枯れるだけ やがては化石の花となる
そんな宿命を受け止めて 何と健気で逞しいことか
花として生まれたからには その命を全うせねばならない
季節を精一杯に生きている
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