曇り時々雨。空はどんよりと重い。
九州北部と四国地方が梅雨入りしたとみられるとのこと。
何だかあやふやな気象庁の発表であった。
夜明け前、またしきりに虫の声が聴こえる。
「季節はずれ」と云う詩を書いてしまったが
何となく気になり後から調べてみた。
「夏に鳴く虫」で検索すれば目から鱗である。
コウロギやキリギリス等の秋の虫は夏にも鳴くのだそうだ。
命在るものである。当然のことなのだろう。
「季節はずれ」と決めつけていたことが誤りであることが分かる。
季節に関わりなく鳴きたい時に鳴く。それが自然の摂理であろう。
人もそうでなければならない。泣きたい時には泣けば良いのだ。
ただ虫たちは悲しくて鳴いているのではない。
それは精一杯の命の「息」のようなものなのだろう。

このところ娘が庭いじりに精を出していて
あれこれと種を蒔いていたのだが
オクラが発芽しもう15センチ程に伸びている。
「食べるようになるか分からんよ」と笑っているのだが
もう少し育てば花が咲くかもしれない。
娘はとても楽しみにしている様子で世話をし続けている。
実は私もオクラの苗を買って来ようかと思っていたのだった。
思うだけで実行には移せずすっかり諦めてしまっていた。
娘のように種を蒔くことなど思ってもいなかっただけに
娘の発想が頼もしく嬉しくてならないのだった。
どうか花が咲きますように。そうしてオクラが成りますように。

昨夜寝付きが悪かったせいもあり今日は二時間程のお昼寝。
これまでいくら寝ても夜に響くことはなかったのだが
眠れないのは流石に辛く戒めにもなったようだった。
かと云って特に何をする訳でもなく自室でだらだらと過ごす。
ひっきりなしに煙草を吸ってしまうので自分でもうんざりしていた。
これではいけないと思い茶の間に行き夫とテレビを見る。
「信長協奏曲」と「ポツンと一軒家」を見た。
眠くなることもなく最後まで見終わる。どちらも見応えがあった。
夕飯には「ポテトサラダ」を作る。
お向かいの奥さんが新じゃが芋を沢山持って来てくれたのだ。
家庭菜園ではあるが色んな野菜を作っており尊敬せずにはいられない。
買物に行っても野菜を買うことは殆どないだろう。
家計がどれ程助かることだろうと娘と話したことだった。
荒れ果ててはいるが姑さんの残してくれた畑があるので
娘に家庭菜園を勧めてみたがそこまではしたくないのだそうだ。
けれども今はその気が無くても近い将来にはと期待している。
「家庭菜園」は私の夢でもあった。何と遠ざかってしまったことだろう。
辺りはすっかり暗くなりぽつぽつと雨が降り始めている。
明日は大雨になるそうでそれも梅雨らしさなのだろう。
これから雨の日が多くなるが「心には太陽」をと思う。
どれ程降り続いても止まない雨はない。
明るく笑顔で過ごしていきたいものだ。
※以下今朝の詩
季節はずれ
虫の声が聴こえる まるで秋のようだ
こおろぎだろうか その姿は見えない 夏草の繁みのなか 季節外れであっても 生きているのだろう
私だって鳴きたい そうすれば誰かが 耳を澄ませてくれる
こんな処で生きているのか さぞかし寂しいことだろう
季節の掟を守れなくなった けれども疎外されはしない
声を限りに鳴き続ける たとえ雨の季節であっても これほどの命があるだろうか
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