次の日の朝、彼は、商談の為、一旦会社へ向かった。
私は、彼の商談が終わるまでの間、時間つぶしの為 一人で街をブラブラと歩いた。
暦の上ではもう春だったが、一番寒い時期。2月の半ばだった。
彼と、おしゃれな郊外でデートするつもりだった私は、 いつもより少しオシャレして、春の装い。 冷たい風が、薄着の身体を冷やした。
その頃は、まだ、今ほど携帯電話を誰もが持っている時代ではなかった。 ぼつぼつ普及しはじめた頃で、持っている人が4:持っていない人が6 くらいの割合でしかなかっただろう。私たちは、後者の方だった。
商談は、相手のあることだし何時に終わるかはっきりとは 約束できなかった。
「いいか、商談は、1時には終わっていると思うんだ。 1時になったら、会社に電話して来い。そして、時間と場所を決めよう。」 「わかった、でも、もし他の誰かも休日出勤してたらどうする?」 「絶対、俺が電話鳴ったらすぐに受話器を取るようにするから」 「うん、じゃあ一時にね」
昨日の、打ち合わせ通り私は、1時を待って公衆電話を探した。
トゥルルルル〜受話器から電話の呼び出し音が、ワンコール終わらない内に 「もしもし」とだけ、声が聞こえた。
すごい!ホントにすぐ取った〜
私は、ウキウキした声で、「あきらちゃん♪」と言った。
「どちら様ですか?」事務的な声が聞こえた。
顔から血の気がサッとひいた。 咄嗟に受話器を置いた。
その声は、紛れもなく社長だった。
「どうしよう・・・・」手が震えた。
きっと私の声と気付いたはずだ。
あの時期に携帯でも持っていれば、その非常事態は免れたのであろう。
私は、まだ肌寒い街で寄り添って休日を楽しむカップルたちを尻目に ただ愕然として、どうしていいかわからず街を彷徨った。
もう一度会社に電話する勇気はなかった。
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