書泉シランデの日記

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『彼方なる歌に耳を澄ませよ』
2006年02月16日(木)

新奇なことが現代小説だとすれば、マクラウドの作品は間違っても現代の小説とはいえないだろう。極めてオーソドックスな「語り」である。陳腐といえば陳腐かもしれないが、で、陳腐で何が悪いのさ、と居直ってみよう。

この『彼方なる歌に耳を澄ませよ』(新潮クレストブックス)はマクラウド初の長編である。これまで短編を丁寧に書きついできたのとほぼ同様に一つ一つのエピソードを仕上げ、それらを綴りあわせて、タペストリーにした、というような印象。プロットよりも、登場する人々の話す言葉や歌を大事にしたい。

都会の一隅のアル中のオッサンをこれほど愛おしく思える作品はない。

生きている人は誰しも遠い祖先の愛と勇気ゆえに今存在しているのだといえるが、それをいかに意識化して生き続けられるか?環境が厳しければ厳しいほど、支えるものは沢山必要で、支えは現在だけでなく過去にも求められる。遠い昔の日々が微妙にカナダ辺境の20世紀の暮らしと重なりあう。生者だけが生きているのではなく、死者もなお生き続けるかのように。

と書くと、大上段の構えになってしまうけれど、それはこちらの拙さで、読んでみれば面白みがないと思えるほど、普通のわかりやすい小説。読者に挑みかかるような部分は皆無である。しかし、読後にずっしりとした重みが残る。わかりやすいことは本当にわかることなんだろうか。この本を「くだんね!」と後ろに放り投げる人とはお友だちになれません。

ついでにもう一言。マクラウドの描く犬はどの犬も犬の本分を体現している。犬っていいなあ・・・とここでまた故犬を懐かしむわたくし。



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