カウントシープ
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愛とは何か?という問いには人の数の分の答えがあるだろうし、愛を知らないものには答えようが無い。
愛するものがいたとして、そのものが本当に喜ぶものは何か、というのはなかなか難しいことでもある。欲しいものは何か?それを、他者から贈られたら嬉しいか?それをどんな風に扱うだろう? そんな風に相手に思いを寄せながら、ああでもないこうでもないと何かを贈ろうとする行為自体に、もうすでに愛は発生しているだろう。
愛とは、相手を気にし続けることだ。こちらの充足とともに消え去るものではなく、いつもいつ何時も、この心の中に相手を浮かべていることだ。それは自分と錯覚するのではなく、あくまで自分と違う他者であり、それでもなお、関わり続けていくような存在。それは人生の最初には母親によって提供される関係であり、願わくば子供達はそうしていつも母親の意識にすんでいられたらと思う。
しかし、母親だって、けろりと子供のことを捨ててしまっている時がある。恋人みたいに振舞っていたって、いざというときに自分の心にはいないことだってある。人をいつも心に住まわせておくことは、時には重荷となりえるのだ。自分が精一杯のときにも、ずっと自分以外の何かを置いておく、
それを般化し普遍的に仕立て上げたものが、多分神様なのだ。神様はいつもあなたの心にいるというのはそういうことなのだ。ボク達は、何処かにもう1人分くらいの余地を残しておくべきであり、その目的は愛するためであり、愛することによってまた自分をも愛せる。
ロビン
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