日々是迷々之記
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2005年07月29日(金) 夏を迎えるにあたって

またもや久しぶりの日記になってしまった。書こうと思えば書けるんだろうけど、その気になれない日々。しかし、それなりにいろいろあった。(しょうもないことばかりだが。)

まず、書きたいのが世の中について、である。なんか大げさだが、世の中は明らかに私の常識を嫌な方にひっくりかえしながら動いている。例えば居酒屋。地元の飲み屋なんか全身の体毛が逆立つかと思った。ボックス席が全部子供なんである。それで、ムシキングカードは見せ合うわ、隣のコンビニにポテトチップスは買いに行くわで傍若無人極まりない。もちろん子供だけで飲みに来ている訳ではなく、隣のボックス席には父母と思われる愚かな大人達が子供なんかいないつもりの風情で自分たちの会話に没頭している。

「まるで動物園で飲んでるみたいやな。」私は力一杯の皮肉を込めてつぶやいてみた。だが、愚かな父母(私と同年配)には届かないようで生中1杯で店を後にした。私だったら一人当たりワンドリンク付きでチャージ1000円とか付けるけどな、と相方に言うと、それではこんな下町で商売は成り立たへん、と言われた。

こうやってますます子供が嫌いになる。悪いのはそれを許している親どもだと分かっていてもダメなのだ。ぐひー。

もひとつダメなもの。それはヤンキーとヤンキー文化である。この場合のヤンキーは大阪弁であり「キー」の部分にアクセントを置いた発音である。具体的には角刈りの金髪でミニバンに乗り、ドレスアップパーツに金をかけ、マフラーをブボブボ言わせている類の人たちである。

こないだ通勤帰りにヤンキーにけんかを売られた。3つ位先の交差点で右折しようと思っていたので内側の車線を走っていたら、それが気に入らないようでホーンをならされて煽られ、無視していたら次の交差点で端へ寄せて停めろと言われたのだ。追いかけられてもうっとおしいのでその通りにした。

論点は、原付のくせに左側を走れ、無理な追い越しをさせるな、ということだった。私はこれは原付ではなく原付二種で制限速度は自動二輪と一緒であること、実際に時速50kmから60kmで走行していたこと、無理な追い越しをするのはそちらの考えでしたことに過ぎないとこちらの考えを伝えた。もう8ヶ月も精神安定剤を服用しているので激高しなくなっているのだ。

すると相手は「こっちはガキ乗せとんのや。」と来た。子供を乗せているからカブを抜かさないといけないのだろうか。路肩でキレて怒鳴り飛ばしている姿の方がよっぽど教育には悪いと思うのは気のせいだろうか。私はどうでもいいや、言いたいこと言えば、という気持ちで相手のつま先をじーっと見ながら今日の夕ごはんのことを考えていた。

すると、てめえ、なめとんのか、なんとか言えや、と来た。なんか、って言われても、「自分の子供をガキと呼ぶのは何故ですか。」と聞くわけにもいかないし、何言おうかなぁと考えていたら、まわりの人だかりから、一人のおっちゃんが、にいちゃん、それくらいにしたりや、女の子がかわいそうや、と声をかけてくれた。

女の子。30過ぎて女の子扱いの免罪符が使えるとは思わなかったが結果としては助かった。その男はつばを飛ばしながらしゃべる。しぶきで病気になりそうだったからだ。その男は白いタウンエースノアに乗っていた。ナンバーはなんとなく覚えてしまったので、これから近寄らないでおこう。

こんな感じで私はいろんなものが苦手だ。子供、ヤンキー、etc。あ、あと職場の同僚の女性。私に向かって、子供はまだ?とか、私も昔悪かったからな、とか、どういう返答をしていいやら、みたいなことを言ってくる。大体、昔悪かったからな、と言うセリフの後ろにはどんな心理が隠れているのだろう。その人はデビュー当時の中森明菜みたいな髪型だ。関係ないけど。

こんな風に日常は華もなく淡々と過ぎてゆく。プーケット島に行くことが今の楽しみだ。向こうへ行ったら自由行動の日というのを作って、一日中ぼーっと過ごすつもりだ。相方も放っておくつもりだ。サーフィンとかしておけば、私は本を読んで昼からはマッサージにでもゆくよ、と告げてある。

あと10日。髪の毛を切りに行って、文庫本を買いだめしよう。あ、中島らも師匠の「エキゾティカ」も明日買わねば。


nao-zo |MAIL

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