マユゲは「何かの縁」というものを信じる。
ときに意の赴くままに、ときに何かを見つめながら、ただ自分が思った道を進んでいくと、思いがけない「出会い」に遭遇することがある。学生時代、社会人になってから、旅暮らしのなかで……数々の、思いがけなくも幸運な「出会い」に手を差し伸べてもらった経験は枚挙に暇がない。
今回の「出会い」もそうだ。
前置きが長くなるがその話をしよう。マユゲが2000年という節目の年に「自己改造化計画」を進めていたなかで、長年コンプレックスとなっていた「歯の矯正」に踏み出すという出来事があった。背中を押すきっかけとなったのは本当に情けないエピソードだったのだが……。
学生時代、アメフトの練習中に折れてしまった前歯のひとつを差歯にしていたのだが、2000年の春先、これまた週末のタッチフットの練習中にその差歯がポロッととれてしまった。そのとれた歯をなくならないように煙草の箱に入れ、再び多摩川河川敷の原っぱでの練習に励む。そしてひと通りの練習を終え荷物のところに戻ってみると、どうしたことか煙草の箱がない(汗)。河原に無造作に置いておいた荷物なので、通りがかった人が煙草を見つけて持っていってしまったのだろうか。
しかしその箱はただの箱ではない。大事なサシバ様が入っているのだ。もうひと箱煙草を買えばいいという問題ではない。あせった。すると近くで黒い影が飛び立つのに気づく。見れば白い小さな箱を咥えたカラスが一羽、今まさに飛び立とうとするところであった。
!!!
あれだ。待てコラー、てめぇー。必死で小動物を追いかける二十六歳(当時)の飛べない男。しかしカラスはそれを嘲笑うかのように空高く舞い上がり、やがて姿をくらました……。
前歯が一本ないというのは文字どおり何とも「間抜け」なものであって、一刻も早くこの「悪いことをしなそうな顔(タッチフットの仲間談)」から脱け出すべく、週末でも開業している歯科医を探す。こういうものというのは普段は全く気がつかないのにいざ意識してみると実はあるもの。帰り道の電柱に「土日診療あり」という歯医者の看板を発見。
BINGO!
さっそく薄汚れた練習着のままでその歯科医の門をたたく。かくして数年ぶりに歯医者さんにお世話になることとなった。
いざ口の中を診てもらうと差歯以外にも問題は次々に出てくる。仮歯を入れてもらった後は、虫歯の治療で引き続きそちらに通う生活が始まった。それまでは忙しさにかまをかけ、多少気になる部分があってもなかなか足が遠のいていた歯医者だが、これも何かの契機と思って通いだすとこれが何とか通えるものだということに驚いた。ちょうど仕事は入社以来最高に忙しいときを切り抜け、逆にかつてない「落ち着いた」状態になりかけていた頃であった。「歯医者に行くから」というプライベートな理由でも、自分の仕事のスケジュールをコントロールできるようになってきていたという面でも幸運が重なった。
そしてひと通りの虫歯治療を終えた頃、いよいよ仮歯をどうするかという問題になる。マユゲのケースだと乱杭歯がたたって通常の差歯治療が施しにくい。ここで前々から頭の隅にあった「矯正」を決意するに及んだわけだ。通っていた歯医者には矯正の先生が月に一度やってきて治療を行っているという事実もその決断を後押しした。
と、本当に長い前置きになったが、その矯正の先生こそが意外なお知り合いの持ち主だったのである。矯正の治療に通いはじめて約一年半。月に一度、しかも「マスク越し」とはいえ、マユゲの旅の話題などをきっかけに毎回ちょっとしたお話をするようになっていたのだが、前回の治療時、今後の治療計画の絡みもあるのでこの度のカナダ行きについて口にすると、
「えっ! カナダ? カナダのどちらに行かれるの?」 「最初はバンクーバーへ、と思ってるんです」 「えっ! バンクーバー? 私、バンクーバーに知り合いいるんですよー!」 「ほんとスか!?」
という具合に話が進むではないか。聞けば先生は年に何度か仕事の都合でバンクーバーに行っているらしく、そのときいつもお世話になっている現地の日本人の方がいるとのことで、紹介を買って出てくれるというのだ。その方は今までにもワーキングホリデー・メーカーをホームステイさせたこともあるという。
こういうものは信頼できる人の紹介に勝るものはない。これは渡りに船とばかりにご厚意に甘えさせてもらうことになり、これから紹介された番号に電話をかけるというわけだ。
ワーキング・ホリデー協会編のガイドブックにも書いてあったが、ワーホリに行くと決めたらそのことをなるべく多くの知人に伝えるというということは、まさに大切なことなんだなと実感される。
それにしても……、土日診療の歯医者さん、そこで発見された虫歯たち、矯正の先生、そして巡り巡ってホストファミリーさん……、さらに元を辿れば、あのカラスまでも……。
果たしてこれらの「出会い」は偶然と言い切れるだろうか?
2001年12月07日(金)
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