ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ |
Mail Home Bbs |
Back Index Next |
2002年03月27日(水) | 今日こんな夢を見た。悪夢かもしれない。けれど夢から覚めたとき、何も知らなかった子供の頃のような幸福感がわたしを包んでいた。 |
今日の午後、殺人鬼に会った。 わたしが、やぁ殺人鬼、と声を掛けると殺人鬼は左手を軽くあげて、やぁ偽善者、久しぶり、と言った。相変わらずその左手にはぎらぎらと光る鋭敏なナイフが握られていた。 「殺人鬼、最近会わなかったね。どうしてた?」 「女の子にフラれたよ。あたし、殺人鬼なんかとは付き合わないって。ひどい話だと思わないかい?」 「それはひどい。殺人鬼だからって差別するなんて。相手は誰?」 「綺麗の町に住む歌姫だよ」 「あぁ、歌姫か。あいつは性格が悪いって有名だ。たしかに、綺麗だし、歌はうまいし」 わたしの言葉をさえぎって殺人鬼がいった。 「だけど、あいつは歌姫じゃないか」 わたしは同意した。 「そうだ、歌姫だ」 だからしょうがないさ、と殺人鬼はいった。 「しかしなんで殺人鬼はだめなんだろうな。おれは人を殺したことなんてないのに」 わたしは驚いた。わたしはてっきり彼は毎日のように人を殺し、生き血をすすって生きていると思っていたのに。 「へぇ、殺人鬼なのに殺人をしたことがないのかい?でも君の周りではよく人が死ぬけれど」 殺人鬼は、心外だとでもいうように俯き気味に首を振った。 「どうしてなんだろう。しかし俺は殺人鬼なんだ。それだけは確かだ。あぁ、お前は偽善者らしいのになぁ。いつだって人ににやにやと媚び諂って、災難が訪れたら真っ先に逃げて」 「そうかい?君にそういわれると自信がつくよ。君もがんばればきっと、殺人ができるさ。君、殺人鬼になって何年になる?」 殺人鬼は難解な数学の答えを導き出したかのような明朗な声で言った。 「三年と四百八十五日さ。もう少しで殺人鬼生活四年目になってしまう。殺人鬼の前は臆病者をやっていたんだ。その頃のくせが残っているのかもしれない」 「しかしわたしだって偽善者らしくなるには時間がかかったよ。わたしは偽善者の前はナルシストをやっていたんだ。だから最初のほうは、あぁわたしがなんでこんな奴に媚を売らなきゃならないんだ、っていっつも悩んでた。でもしばらくして慣れた。いまじゃぁ世界で一番の偽善者だって 博覧強記の奴にも言われるほどさ」 「あぁ羨ましい。おっといけない。俺は臆病者の前は羨ましがりをやっていたんだ。そのときのくせが残ってるんだろうか。ダメだなぁ。殺人鬼だったらすぱっと殺さなくてはなぁ。」 「しかし何故君は人を殺さないのかい?」 「なんというか、最初の一人を誰にしたらいいか、わからないんだ」 「それは確かに重要かもね。誰がいいかなぁ、死にたがりがいいか、厭世者がいいか。うーん、考えてみると難しいな」 「歌姫、は、どうかな?」 「歌姫?歌姫はダメだよ。彼女がいなくなったら、この世に歌が響かない。そうだ、憎しみの町に住む、詩人はどうだい?」 「詩人!ダメだよ、あいつがいなくなったら、大変なことになる。詩人の詩が失われたら、みんななんていうだろう?」 「それが、今度清らの村に詩人が生まれたんだって。生まれたときから詩人なんだよ?それってすごいよ。そんな人、滅多にいない。だから今の詩人はじきにいらなくなる。わかるだろう?詩人は他のものになるのをきらうからね。あいつらは自分たちが一番だっていつだって思ってるんだ」 「そうかぁ、でも、大丈夫かなぁ?」 「そうだよ。だってわたしこの間詩人の作った詩を読んだんだけどね、詩のほぼ全部が「死にたい」っていうような内容だったよ」 「そうかなぁ、だって詩人の書く死の詩は全部絵空事じゃないか。かっこつけに過ぎないよ」 「いや、わたしにはそれは本当の詩に見えたよ。素晴らしかった」 「よし、決めた、俺、詩人を殺しに行く。たぶん、一人殺したら、簡単に二人目も殺せるだろうし」 「がんばんな。じゃ、わたしこれから街の掃除に行くから」 「お、なかなか偽善らしいな。じゃぁな。また会おう」 殺人鬼はものすごいスピードで走り出した。わたしはゆっくりと歩いた。 わたしは殺人鬼が果たして無事に初仕事を終えることができるのだろうか、と、自分の事のように胸を高鳴らせて、広場へと急いだ。すると、殺人鬼はやっと自分の仕事の仕方を覚えたらしく、道行く人がすべて血の色に染まり、殺人鬼は狂ったような声をあげて左手のナイフを振り回していた。 「おい、殺人鬼!あんまり調子に乗ると、狂人になってしまうから、気をつけなよ」 そうわたしが叫ぶと殺人鬼はサンキュー、と言ってまた人を殺した。 「あーあ、これじゃ、街が汚れちゃうよ」 そういうとわたしはやりたくはないのだけれど、良いかっこをしようとして、わざとそうつぶやき、血まみれの噴水をデッキブラシで掃除し始めた。 そろそろ殺人鬼が、わたしを殺すに違いない。 わたしは殺人鬼を心のそこから褒め称えた。 わたしは偽善者ではなくなったようだ。あぁ、これは死ぬのだ、とわたしは静かに悟り、後ろを振り返った。 血まみれのナイフを振りかざす殺人鬼が、そこに、いた。 |
Design by shie*Delicate Erotic
thanks for HTML→HP WAZA ! thanks for photo→K/K ![]() |