ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ |
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2002年04月09日(火) | 比喩サーカス |
わたしはランニングさせられていた。 どこだかよくわからないグラウンド。わたしはジーンズにティーシャツという、いかにも運動中といったようなシンプルな恰好をしていた。走るたびにだらしなく伸びた髪が頬に当たる。邪魔だなあ、なんて思って、何か縛るものはないかとポケットの中をごそごそと探る。半透明のピンクのラメをまぶしたビニルでできた簡単なゴムが見つかった。それで髪を一つにまとめる。もちろん走りながら。反対、左のポケットもみる。冷たい感触。そっと取り出す。ナイフだった。多分バタフライナイフという奴。わたしはキャンプなどにも行かないし、人を殺したいほど憎んだことも無い。いや、そういえば、大きな病院に友人を見舞いに行って、そのとき林檎をむいた、記憶がある。そのときも同じジーンズを穿いていた気がする。だから、入ってるんだな、と、わたしは自分を納得させる。 自分の周りを見渡す。他にも同じような年格好の男女が走っており、みな一様に妙に元気だ。そういうわたしも何週もしているはずなのに、何故か疲れていない。もっと走りたい、もっと速く、という欲求が腹の底から湧き上がる。まったく健全だ。昨日まで不健全な中学生だった、はず。うん。確かそうだ。あれ?わたしの名前は?確か、ミキ。どんな字だか、忘れた。 グラウンドを一周した。 黒い帽子を目深に被った男、多分男、が、手を上げた。 「あと、二十七パーセント!」 無感情に、まるで軍隊の人間のように叫ぶ。二十七パーセント、何が。と、わたしは思う。男のそばに何人か、わたしより少し幼いぐらいの女子がならんでしゃがんでいて、あと少しよー、などという。何がどうあと少しなのだろう。 と、また男のいる地点についた。おかしい。十秒ぐらいしか走ってないはずなのに。いや、確かに一周した。 「あと、九パーセント!」 男がまた叫ぶ。きゃーがんばって、あと少しー!と、女子たちが叫ぶ。あと少し、あと少し、と、野球の応援のように妙なリズムと抑揚をつけて、女子たちがはしゃぐ。よくわからない。 とにかくあと少しなんだな、と、わたしは走りつづける。 右、左、みぎ、ひだり、と、足を交互に出し腕も交互に振る。ちょうど左手を後ろに持っていったとき。 誰かがわたしの手首をつかんだ。その手は異様に冷たかった。 誰?と、後ろを振り向く。そこにいたのは五歳ぐらいの少年だった。わたしと同様に、走っているのだが、走っていられるのが奇跡のような細い肢体。 「待って、待ってよ!」 か細い、けれど叫び声で少年が呼びかける。 けれどわたしは走らなければならない。わたしの足は止まらない。 「ねぇ、何で僕をおいて行っちゃうの?酷いよ」 酷い、と云われてもわたしはあんたなんか知らないから、と、わたしは突き放してまた走りつづける。少年はまたわたしの左手首をつかむ。 何よ、止めて、なんていっても少年の力は増すばかり。 「僕は、こんなにつらいのに。どうして僕を置いていくの?僕はこんなに悩んでいるのに。君のせいで僕がどんなに傷ついたか、知っているの?」 少年はだらだらと喋りつづける。 「僕は、君と違って、繊細なんだ、壊れやすいんだ、儚いんだ、弱いんだ。どうしてそんなことも忘れてしまうの?」 そんなこといわれても、と、わたしは走るスピードを速める。 「君のそのずぼんのポケットにナイフが入っているだろう。僕は知っているんだ。それは僕を殺すためなんだ。君は僕に嫉妬しているんだ。僕は繊細で美しいから」 何を言ってるんだろうねー、などと誰に言うとでもなく問い掛けて、わたしは走りつづける。 また男のいるポイントについた。 「あと、一パーセント!」 男が叫ぶ。それはわたしのことなのだろうか、わたしに付きまとうこいつのことなのだろうか。それとも二人のことなのだろうか。応援していた女子たちはいつのまにかいなくなっていた。 「ねぇ、殺してよ。僕を殺してよ。そのナイフでさぁあ。判るだろう?僕の、首を、すっぱりと、切っておくれよ」 五月蝿いうるさいウルサイ。 少年がわたしの左ポケットのあたりを探りだした。 やめてよ、気持ち悪い、と、言うと、少年は絶望的な声で言った。 「気持ち悪い?僕が?そんなわけない。そんなわけないでしょう?」 気持ち悪いから、あっち行ってと、わたしはまたスピードを上げる。 冷たく乾いた風を切る。 少年はそんな、そんな、といいながら、どろどろに融けていった。土の上に水溜りができる。 わたしは気にも留めず走りつづけた。水溜りにナイフを投げ入れて。 と、液体化していた少年がふいに固体状、ようするに人間の姿に戻り、ナイフを持って追いかけてきた。けれどわたしは逃げきれる、という確信を抱いて走りつづけた。 何秒走っただろうか。 男のいるポイントまできた。 「終わり!」 と男が云った。不意に世界の色が変わった。少年はもういなかった。 世界はマーブル模様に瞬き、空はどろどろに溶けている。マシュマロのようだ。 わたしは呼吸を整えるためにゆっくりと歩き出した。 男がわたしにタオルを投げる。 その重みに耐えかねて、わたし、トーストの齧られた部分のように沈み込み。 ★☆★ ここを読んでる人、一言でもメールするとかメッセで話し掛けるとかしてくれると嬉しいでーす。 この間好きなサイトの管理人さんにメール送ったらかなり丁寧な返事が来て嬉しかったです。 |
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