ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ |
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2002年04月11日(木) | ピンクというのは君が思ってるほどかわいい色じゃないんだ |
休み時間、肯定のすみで倖子と喋っていた。 沈黙が訪れた。 AからZまで、アルファベットを順にすぐ、言えるかい? と、倖子がまるで歌のように恰好をつけて訊いた。 わたしはABCDEFG、で始まる歌を歌わないとアルファベットを全部はいえない。 歌っちゃダメ?と、訊くと、ダメ、という。倖子はしょうがないなあ、とため息をついてから鶯の舌でも移植したのではないかと思うようなほど美しい声で明朗にアルファベットをあげていった。 「ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ」 アメリカ人もイギリス人もオーストラリア人も多分かなわないであろうその発音。 一音一音きっぱりとしていながら一筋の流れとなって、鼓膜をなぜるように震わせる。わたしは時々倖子の声を聞いてどこかに逃げたくなる。でもずっとそこにいたくなる。厚ぼったい耳たぶよりもっとずっとわたしの脳―これは、心といってもいいのだろうか―のそばに在る鼓膜を、衝いて欲しい。温めたミルクに浮かぶ薄い膜を舌で破るみたいに。そうされたら、わたしは泣くだろうか。よくわからない。泣かないかもしれない。うれし泣きかもしれない。 それぐらい、倖子の声は美しい。 美しい、という言葉を日本一の書道家が一生の思いを込めて書いたものさえ陳腐に見えるだろう。わたしは美しい、なんてバカみたいに連呼していてなんだか自分が嫌になる。脳ないに倖子の声がクリヤー^に浮かび上がるくらいに美しい比喩、なんて在ったらいいだろうな。 倖子が、ポリシーをもってけして短くしない制服のスカートを、開花の悦びをはじめて憶えたチューリップのように翻して、はやく教室もどんないと、次英語、外人の先生くる時間だよ、と告げた。 外人の先生はリサといった。ハーイ、といったその顔はこの間みた映画に出てきたエルフの皇女に良く似ていた。胸に着けたローマ字の名札をつけて生徒を当て、次々と質問していく。 倖子をアメリカ式に指して、ミズスチュワートは尋ねた。わたしにはそれは単なる、アルファベット、あるいはもっと単純に考えればカタカナの連なりにしか思えない。 「ハーイ、サチコ!ウェアドゥユウリブ?」 そんなものだ。 倖子が答えた。 「アイリブインシブヤ」 それは、[I live in shibuya]と、意味を持って聞こえた。わたしは何度も心の中で、その酷くかんたんな英文を繰り返した。一度、声に出して小さく小さく云ってみた。 アイ、リブ、イン、シブヤ。 おかしいと思ったのか、前の席の紺野が振り向いた。 いや、練習だから、なんてごまかす。 わたしのなかで渋谷に住みたいという願望がピエロの膨らますペンシルバルーンのように膨らんだ。 本当に、わたしの鼓膜を、破って欲しい。 その指で。 その声で。 |
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